エンドオブザワールド
※若干のBL臭
出会い頭に拳を突き込まれて、藤澤頼親はひどく驚いた。が、細い双眸がわずか開いただけで、その襲撃は頼親の表情を動かすほどではなかった。すいと一歩退いて躱したとき、小さく舌打ちが聞こえた。
「なんで此処にいるンですか、アンタ」
いきなり殴りかかってきた曲者の正体は保科正俊だった。剣呑な面持ちで正俊は言う。
「なんで此処で息してンですか、アンタは」
「…………」
「狡いでしょうよ、そんなの。アンタ、まさかあの人たちを捨てたンですか?」
「…………」
「おれがしたように、強い奴に頭下げて媚売って、アンタそうしてまで生きたいンですか? 望んで鎖に絡まった癖に、今更こんな所へ逃げて来て、アンタそれで満足ですか? 諏訪は? 小笠原は? アンタ全部放ッぽり出して、晴れて自由の身にでもなったつもりですか? 柵から抜け出して、今度は自分で成り上がろうなンて思ってンですか?」
頼親は返事を切り出せず、まくし立てる正俊の言葉を浴びた。やはり生来無口であるゆえに話の契機をつかめないのか、と頼親は頭の片隅で溜め息を吐く。しかし、それはどうでもよかった。
「……保科」
「ふざけンな、アンタそんな人間じゃねェはずだ、そんな詰まンねェ人間じゃねェって言ってくれよ、藤澤サン」
「保科、俺は」
言いかけて、頼親は躊躇った。
俺は、何だと言うのだ。正俊が言ったとおり、強い者に敗れ、頭を下げて媚を売って生き延びた。そこまでして生きたかった理由は、果たして何だったか。それは、果たして正俊に告げてよい事だったか。
「…………いや、いい」
結局頼親は言葉を濁した。
正俊に語るべき事は多くはなかった。頼親が何を思い、何を意図して屈服したか、そんな事は頼親一人の胸の内に留めておけばよいことだった。
「……やッぱ、アンタ狡いですよ。そうやって何もかも呑み込んで、どうして独りで生きてンですか」
軋むような正俊の言葉に、頼親は解悟の溜息を吐いた。正俊は頼親の現実を見ていない。影灯篭を見るように、正俊は頼親に何かの影を重ねて映して、それを本物だと思い込んでいるのだ。
けれど、そう指摘する理由も、訂正する必要も無かった。正俊と頼親は違う。同じ道に立たなくても構わないのだ。
「俺はそれでいい」
「強がってンなら崩れて下さいよ、みっともなく、無様に。でねェと、おれは」
「保科」
頼親はようやく気が付いた。正俊が頼親にだけ親密な態度を見せるのは、正俊が頼親に依存していたからだ、と。だから正俊は頼親を正しく理解できなかったし、理解しようともしなかった、そのいびつな世界に、正俊は棲んでいたのだ。頼親の影絵を中途半端に取り込んだまま。
ひとつ息を吸い、頼親は言った。
「此れが、俺だ」
それが正俊の世界を突き崩す言葉と信じて。
藤澤頼親と保科正俊
もしも武田家に降った後で再会したら。




