2-2
靴箱の曲がり角でぶつかった相手は、これまた予想外に桜さんだった。てっきりそのまま靴を履いて校庭に行ったのかと思いきや、まさかの逆走だ。五秒で任務が破綻した。
「えっ!?ええーーっ!!」
「ご、ごめん!」
言葉を発したのは同時だが、逃げるように走り去っていったのは桜さんのほうだった。そのまま通路の端まで全力で突っ切ると、猫が逃げるように階段へと姿を消してしまう。何故戻ってきたのかはまったくの謎だが、成さねばならぬことのある俺にとってはかえって好都合だ。
「どこだ!ホシはどこにいる!」
左上から順に、男女お構いなしに俺は靴箱の扉をめくるように開いていく。その人智を超えた速度は名人芸とも称せるし、後世を振り返った際には破廉恥と言葉が置き換わるかもしれない。
ア行でもない、カ行でもない、ナもマも違う。そんな俺の手を止めて思考回路を停止させたのは残すところ最後となるロッカーだった。取っ手を引いてお尋ね者を見つけた俺は、現実に対する訝しげのあまり、回路がフリーズしてしまった。
「……う、そ」
思わず反射的に扉を閉めた俺は、すーすー、はっはーと三度ほど深呼吸を繰り返して開けた靴箱をじっと見つめる。そこは確かに俺の靴箱であり、現実と虚構を取り違えそうな光景が目の前にある。
―生きるべきか死ぬべきか。それが問題だ―
ハムレットのお言葉を脳裏に刻みつつ、あごに手をつけ「んーんー」と思案の声を出して俺は苦悶に浸り入った。