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1-2

 「どしたの、桜?」

 「え?ううん。なんでもないよ。それより―」


 お先真っ暗の俺が密かに視線を向ける先は、女子で固められたグループの隅っこにいる、絶えることのない微笑みの女性だった。


 柔らかくふわりと浮くような薄茶色のセミロングヘア。誰に対しても穏やかに、有事があってもゆっくりと諭すように接する桜さん。口に出さずとも彼女に惹かれている人間はクラスの内外問わず多数潜伏している。


 そこに対しての危機感は目下ボーイミーツガール圏外の俺だって持っている。


 だからこそだ。おはようでいいじゃないか。一言でいいから明日こそ声をかけよう。そう思って機会を逸しては横顔を見るだけの日々を過ごしていた俺は、しかし次の日を境に残酷な現実を受け入れなければならなくなった。


 「桜さん、好きな人がいるらしいぜ」


 高校球児として再起不能の傷を負い、いち一般生徒として進路希望に目を向けることを意識し始めた初秋の昼休み。暗闇どころか常闇の底へ突き落す一言が隣席から発せられた。唐突に話を振ってきたのは奇しくも俺とバッテリーを組んでいたクラスメイトの高沢だ。


 「どこでつかんだ、その情報」

 「ソースはオレ。二か月も彼女の隣の席にいるんだ。見ればわかる」

 「パスボールするのは野球だけにしろ。お前は人の恋路まで自責点を負わせる気か」

 「人をがばがばの抜け穴みたいに言うんじゃねえよ!」


 捕手らしく人を観察していることはしているけれど、肝心なところを見落としてしまい、雰囲気が怪しくなっても自身の筋書を訂正できないのが俺の元相棒・高沢穣一である。


 思い返せば去年の関東大会も打者はインコースしか意識していないと誤認して再三外角ストレートを要求。投じた球を見事バックスクリーンへ運ばれたことはいつまで経っても消すに消せぬ我が校の球史だ。延長十四回裏の失態は初の甲子園出場を願ってやまなかった方々の希望を一撃でねじ伏せた。


 「桜さんの可愛さってば、ドキュンだろ」

 「ド級だ馬鹿野郎。ドレッドノートぐらい知ってろ」

 「それそれ、ド級。でだ、普段の桜さん、女グループでつるんでるよな」

 「まあ、確かにいつも女の子の輪の一員って印象はあるな」


 「一学期までは絶対にそうだった。休憩時間はなんなら自分からグループに混ざったりしてたからな。俺のクラス勢力図日記もそれを示している。見たいか?」


 内容如何では盗撮日記とも受け取れるが、主観で書いたものなどあてになるわけがない。ましてやうっかり八兵衛もドン引きのうっかりを患っている高沢だ。その信憑性たるや信用に足らないどころの話ではない。

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