Final Lesson ピアノ男子とマイペース女子の男女交際 2
話はまた5年前に戻る。
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1月はそのまま会わなかったけれど、2月に卒業旅行に行ったおみやげをもらった。後藤くんと、南米はチリに行ったらしい。バンジージャンプしたんだって。見せてもらった写真はどれも楽しそうだった。
ちなみに私の卒業旅行は鬼怒川温泉。アユと葉子ちゃんに付き合ってもらいました。彼女たちは他にサークル仲間とニューヨークなんか行っちゃってたけどね。I LOVE NYのTシャツをおみやげにもらったので寝間着にさせていただいている。
そうして3月、無事卒業式を迎えた。
当日は、アユや葉子ちゃん、学科の仲間といっぱい写真を撮って、五十嵐くんや後藤くん、小野さん栗原さんとも落ち合ってみんなでまた写真を撮った。
私以外のみんなはそれぞれサークルのコンパがあったので大学で別れて、私は例によって家族3人(今回は母も)が来ていたので、そのまま実家へ帰った。
なんだかんだと4年間、楽しかったな。入学したてはいっぱいいっぱいだったけれど、アユや葉子ちゃんと仲良くなってそんなに人付き合いしない私にも知り合いが結構できて、たまにサークルの手伝いに誘ってもらって。
4年では思いがけず学科を超えた友達もできた。苦痛に思っていたピアノが楽しく思えるようになって。
頭の中を、五十嵐くんのピアノが流れる。私の中をピアノ曲が流れるとき、演奏者は必ず五十嵐くんだ。
そんなふうにしみじみ思っていた深夜、コンパ帰りと思われる五十嵐くんからメールが来て
“これからも、たまに会えるとうれしい”
と書かれていたので、私も“うん、よろしく”と返した。
ようし、これで今後もますます順調な男女交際の継続だ!
社会人となっての日々はそれこそ戦場だ。新しい環境、つまり新しい職場に新しい人間関係。それに加え私は大勢の子供たちとも関わっていく。新規採用でも、あっという間に担任もちだ。しかも1年生。ぴっかぴかの1年生。どっきどきどん1年生だ。
「私も先生1年生です。1年生同士、仲良く過ごしましょうね!」
などとベタなセリフを吐いて、私の小学校教師生活がスタートした。
4月はとにかく環境に慣れることに必死で、友人らに会う気力はない。せいぜいメールで(あくまでメールであってラインではない)アユや葉子ちゃんと、お互いどうよ、というやり取りをするぐらい。
五十嵐くんにも、「1年生の担任になった」「1年生かわいい」「今日児童の1人が、私のことを間違って『おかあさん』と呼んだ。みんなは笑ってその子は赤くなってたけどすごいかわいかった」ぐらいのメールを送る程度。彼の新たな生活時間を把握していないため、電話はしていない。
五十嵐くんは新人研修中らしく、配属先が決まるまではいろいろ部署をまわるらしい。彼からは仕事の内容というよりは、「社食が充実してる」とか「後藤に似たやつが同期にいるww」「新人歓迎会でほぼオールで付き合わされた。ねみぃ」などというメールが送られてくる。
そういうやり取りをしつつ、GWにはひと月ぶりに会って、食事をして映画を観に行った。
5月の終わりには、フットサルの集まりに誘われて、後藤くんらにも会った。ちなみに初めてフットサルを体験。「ことりん結構できるじゃん!」と後藤くんにホメられた。フットサル同好会では『ことりん』という呼び名がすっかり定着している。五十嵐くんだけは相変わらず『四谷さん』なんだけど。
6月。雨の中、五十嵐くんと鎌倉に紫陽花を見に行った。すっごい混んでいて、「寺に入るのに順番待ちってなに」と彼は衝撃を受けていた。でも綺麗なんだよね、紫陽花。
7月。初めて五十嵐くんの家に遊びに行く。「親父と兄貴は留守だから。いや、留守だからって特に意味はなくて気楽にってことだから。えーと、グランドピアノ、弾いてみる?」とわたわたする五十嵐くん。彼氏のおうちに家の人がいない間にお邪魔するって感じ悪くないのかな。まあいっか。久しぶりに五十嵐くんのピアノが聞けて大満足。私はピアノのおけいこが終わってからというもの、まったく上達していない。むしろ退化している。でもこんなに上手い人が身近にいるんだから別に自分が弾けなくったっていいのだ。
8月。後藤くんらにキャンプに誘われた。キャンプなんて初めてー! 夜、テントで小野さんと栗原さんに「潤とはうまくいってるの? 潤に聞いても何も教えてくれない」と訊かれたので、「まあ仲良くやってると思います」と答えておく。それよりも、栗原さんに職場で彼氏ができたらしく、その話で盛り上がった。小野さんが「いいなー! いいなー! うがー!」と吠えていたのが印象的。
栗原さんの話を聞いていて、ふと思う。そういえば、男女交際といえば普通スキンシップがあったりするもんじゃないのか?
私たち、まったくないけど。
いつも会っても、お昼前に待ち合わせて、夕方か、遅くても19時から20時には解散。19時をすぎると陽菜からメール、20時すぎると翼から電話ががんがん鳴るので、それを目安にしているぐらいだ。
こういうもんなのかしら。
何気にアユに聞いてみたところ、アユは付き合い出してから恋人と深い関係になったのは2年以上経ってからだったとのこと。なーんだ。じゃあいいんだ別に。
8月の終わりに、「兄貴に車借りたんだ」と初めてドライブに行った。
最後別れ際に車の中でキスされた。すっっっごいびっくりした。五十嵐くんは「ごめん」と謝ってきたんだけど、なぜ謝る。これって順調な男女交際でしょ?
9月。五十嵐くんが実家を出て横浜に部屋を借りることになった。彼の勤務地は大崎なので、横浜だと通勤にドアツードアで40分以内なのだそうだ。横浜は私の勤務地でもあるので、なんとなく会いやすくなった。いつも解散してから彼の方がどうしても帰るまでに時間がかかっていたから私もそれを負担に思っていたんだよね。けれど、引っ越してきてからというもの、今度は私の最寄駅まで送ってきてくれるもんだから、またしても彼の方が帰宅が遅くなってしまうんだけれど。
そんなこんなで12月。忘年会シーズンである。私の職場も例にもれず金曜の夜に忘年会が開催された。
「四谷先生、お疲れさま~。4月から頑張ったねえ」
同僚の20代後半の男性教師がビールジョッキを片手に隣に座った。
「いやもう無我夢中であっという間でした」と私はサワーをぐいっと煽る。そのまま雑談をしていたのだけれど、突如「四谷先生、彼氏はいるの?」と訊かれた。
「はい。大学の同級生で。ピアノがすっごい上手いんですよ~」と、普段なら訊かれてもいないことは喋らないのにつるっと言ってしまった。酔っているのかな。
同僚先生は「そっかー残念!」と明るく笑い、まあ飲め飲め、と更にサワーを勧められた。はー、仕事あがりの酒はウマい!
そして、ほろ酔い気分で同僚先生方と駅に向かって歩いていたところ、駅の目前の信号待ちで、偶然、本当に偶然に五十嵐くんに出くわした。
「五十嵐くん」
時刻は20時すぎ。仕事帰りだろう、当たり前だがスーツ姿にビジネスバッグ。仕事帰りに会うのは9月に彼が一人暮らしを始めてから何度かはあったから、スーツ姿を見るのは初めてではないが、やはりまだ見慣れない。こうやって見ると、もう学生ではないんだな、と実感する。
私の声色でそれと察したらしい先ほどの同僚先生が「もしかして四谷先生の彼氏?」と私に訊いた。
私は「そうですよ~」と答え、そのまま彼らとは別れることにした。そして五十嵐くんとコーヒーショップに入る。
私は確か今日は忘年会と彼にメールをしていたと思うけれど、「ほんと偶然だったね。今日は職場の忘年会でね、」とカフェラテを飲みながら言いかけたところで、表情のない五十嵐くんに遮られた。
「“彼氏”って言って牽制しなきゃならないような相手なわけ? さっきのヤツ」
「え?」
「だから、俺のことを“彼氏”なんて嘘言ってまで退けなきゃいけないぐらい言い寄られてるわけ? あの男に」
「嘘?」
五十嵐くんの顔はなんだか怖い。こっちの酔いも少し醒めそう。それにしても、嘘とか言い寄られてるとか、何のことだ。
なので率直に言う。
「五十嵐くんは彼氏でしょう?」
「は?」
「だから、五十嵐くんは私の彼氏でしょ?」
「え?」
「だって私たちって付き合ってるでしょ?」
「…………え? ……ええっ!!?」
なんで驚かれるの?
つづく!




