融合使いと波動使い
半径1kmは森。
その付近には、小さな湖。これなら・・!
「水よ、我を守れ!」
ザバザバザバッ!!
湖から水が立ち上った。
身体に薄い魔力の膜をはり、それ全体を強固な水で覆う。
傍から見れば、人が中に入ったシャボン玉のようなものに見えるはずだ。
ヒュッッーー!
目の前が水で覆われてすぐに、槍が襲ってきた。
チャポンッッ・・・カランカランッ
槍の矛先が水に触れた途端、槍の勢いが消え
私に届く前に地面に落ちた。
「・・・。」
私は、水越しに立ちすくむ青年を見た。
槍を投げた青年は静かに槍と私を交互に見る。
彼は、何も言わなかった。
表情もない。けれどじっと見るその眼差しにゾクゾクした。
彼は、触れたくなるような少しクセのある黒髪をしていて
エメラルドのような深緑の瞳は切れ長で、目が合えばその鋭さに瞬殺される。
そして褐色に近い浅黒い肌・・一目見れば、彼がまたとない美青年だと認識するだろう。
それらをかねそなえた風貌は、孤高の雰囲気を纏った
どこかの国の王様のようだった。
そんな王様のような彼に、いまだかつて一度も勝利したことがない。
今日こそはゼッタイに勝つんだから!!
私はぎゅっとこぶしを握った。
勝ちたいという気持ちが溢れ、どうしても力んでしまう。
「水の要塞か・・考えたな、フィリア。
息が続くのか?」
凛とした低い声がその場に響く。
言葉数が少ない彼は戦闘中も話さないことが多い。
静かに行いすばやく仕留めるのが彼の理想だ。
不思議そうな彼の問いかけは、私を上機嫌にさせた。
「私は融合使いだものっ
酸素と融合したんだから怖いものなしだよっ」
その綺麗な声音にうっとりしたくなるのをぐっとこらえて
そう言い切った。
“融合使い”その名のとおり、物質同士を融合させる使い手なり。
今回 融合したのは、水と酸素である。
水中で息ができるように、酸素をかなり含ませたのである。
チャポ・・ヒュヒュッッーーンッ
水を操り、いくつもの小さな水玉をつくり、
鉄砲のように打ち出して、彼を狙った。
「ーーー」
スッスッと彼は紙一重でかわしていく。
その避け方の華麗さといったらもう、神業だ。
バチッ、バシャンッ
地面に水がぶち当たり、はじける。
水は一見なにも害はないように見えるが、当たれば痛い。
プールで飛込みして腹からバチンッとあったときには、思わず顔をしかめるだろう。
それと同じである。
「水鉄砲も要塞も見事だ。並みの相手にはそれだけでも勝てるだろう。
だが、水の弾も要塞の結合部も
俺には視える」
彼は不敵な笑みを浮かべた。
それもまた珍しく妖艶で見惚れてしまうが、今に限ってぞわっと悪寒がかけめぐった。
「風よ、水を引き裂き、かの者を吹き飛ばせ」
彼の深緑の瞳が空色に変わった。まるで空をみているような透き通った水色。
それと同時に、彼の腕に風がゴウゴウと音を立てて撒きつく。
風が空気を切っているのがはっきり見えるほど、速く威力もあった。
風の手刀だ・・!
風を操るには風の精霊を使役しなければならない。
彼は風の精霊を一瞬で従わせ、使役する。
ザシュッッッ
彼は水鉄砲をすり抜け、私に近づくと、
水を両断するように腕を横凪ぎにした。
風は勢いよく腕から離れ、刃となって簡単に水を切り裂いていく。
「っっなっ!?」
目の前の水の防御壁がやぶられた。
風が私を切り裂く・・・
そう思ったときだった。
ブワッッーーッダンッ
風が私を地面に叩き落した。
「っあ””」
背中に激痛が走る。身体が一瞬地面をはじき、また落ちる。
痛みで意識が暗転する。
間をおかずに、
「フィリア、お前の負けだ」
その声にハッと我にかえり起き上がろうとしたとき、
チャキッと槍の切っ先を首に向けられていた。
上を見上げると、すでに深緑の瞳に戻った彼がそこにいる。
「・・負けました。
ユースは、やっぱり強いね」
苦笑しながら私は負けを認める。
彼に手を差し出され、手を取ると起き上がった。
「まだまだだな。
俺の目に、結合部がみえた」
「まだ融合しきれてなかったんだね・・。
反省します」
物質を混ぜることができなければ融合使いとはいえない。
結合と融合は違うのだ。
しゅん・・と肩を落としてうな垂れた。
「融合使いの名が泣く・・。金にもならない。
もう諦めろ、さっさと波動使いになれ」
彼の名はユース。私より、二つ年上で、旅の経験者。
一週間前、一族の長の命令で彼と旅をすることになった。
ユースは旅をすることで私を強くしようとしてくれる。
けれど、
毎度毎度勝負を挑む私が負けると、彼は融合使いを諦めろというのだ。
それは、彼は融合を嫌悪軽蔑していて、
融合使いと対極にある波動使いだからであった。
「ユースは波動使いは融合使いより強いと思ってるでしょ。
そんなこと、ないんだからね?
私は、ユースにだって負けない融合使いになるんだから!!」
ユースの瞳を見上げて訴える。
だが彼は微動だにしなかった。
「波動は揺らがない。
だが不純物は曖昧すぎる。排除すべきものだ」
ユースは腰に宝玉を幾つも嵌めこんだベルトを巻きつけると、
その宝玉の一つに槍をしまいこんだ。
ベルトの宝玉は、物の出し入れができる道具だ。
そしてベルトを隠すかのようにローブを羽織ると、
そのまま私に背を向けて歩き出した。
「ちょっと待ってよ~」
「・・・」
私の声に彼は歩調を緩めようともしなければ振り向くことも無い。
彼は私を嫌っている。それは態度から察することができる。
私が融合使いを目指しているからだ。
けれど、なんで長は私を、私を嫌う彼を旅の相手にしたのだろうか。
駆け出しながら私はどうして旅をすることになったのか
思い出していた。