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番外短編  作者: 黒藤紫音
2/12

コスプレ!【後半】

後半です!

一周年記念!


「いらっしゃいませお客様! どうぞ楽しんでくださいね!」

「……よろしくお願いいたします、お嬢様方」


 「シアン」の出入り口。

 詩歩は楽しそうに、涼護は不機嫌さをにじませながら客を出迎えた。

 涼護の態度は接客業として決して褒められたものではないが、店長曰く「そっちのほうが合ってる!」らしく、さして注意はされなかった。

 事実その言葉通り、涼護の態度を見た客は面白がって集まってきている。


「コスプレかぁ……」

「人相の悪い執事ー。不良執事だ」

「でもむしろああいうのもいいかも」

「隣のバニーさん胸でか!」

「エッロ!」


 胸しか見るとこないのかと思わないでもない涼護だったが、詩歩は気にしているようでもないので何も言わないことにする。

 涼護が視線を店内に向けると、そちらでは和服ペアが配膳と接客をしていた。


「こちらにどうぞ」

「可愛い巫女さんだな」

「髪綺麗―」

「足元お気をつけて」

「すごい美人……」

「いや、あれ男でしょ?」


 未央は喫茶店の看板娘、深理もバイトで慣れているからか、接客の仕方が板についている。

 接客だけは安心して見ていられる。

 ただ時折、未央を見る男性客に対して深理が黒いオーラを発しているのが少々心配だ。

 今度は視線を別のほうに向ける。


「さあ、興味をもたれた方はこちらにどうぞ?」

「うおおお、めっちゃ美人!」

「踏んでください女王様……!」

「ほら、こっちだぜ?」

「不良警官だ……」

「逮捕されたい……!」


 なんか特殊趣味の輩が混じっている気がする。

 うわぁと呻き、涼護は視線を逸らした。


「不良執事さん、こっち向いてー」

「一緒に写真撮ってください!」

「あー、ああ。俺でよけりゃ構わねェよ、お嬢様方?」


 ヤケクソ気味に気取った言い方をすると、女性客はきゃっきゃっとはしゃいでいた。

 何がいいのかまったくもってわからないが、楽しんでいるようなのでよしとする。

 ジトッとした視線を感じる気がするが、気のせいだろう。



「……だあ、疲れた」


 午前の部が終わり、ようやく休憩時間になると、涼護はそうぼやきつつ控室の机に突っ伏した。

 そんな涼護の様子に苦笑いを浮かべている辺り、未央や深理も口には出さないが同じ意見らしい。


「涼護は特にこういうのには慣れてなさそうだしな」

「接客業に慣れてる私や枝崎君でもちょっと疲れてるんだし、涼護は尚更だよね」


 サクラとして働き通しだった涼護たちは皆疲れ切っていた。

 例外は詩歩くらいで、一般高校生よりも体力のある涼護らやこの手の仕事には慣れている汐那でも表情に疲労の色があった。


「……楽しい、すげぇ楽しいんだけど疲れるわこれ……」

「身体よりも精神的に疲れるよなこれ」


 夏木のぼやきに涼護が同意した。

 そんな涼護に、汐那が嫌味っぽい口調で言う。


「乙梨君は尚更だよね。女の子のお客さんと写真撮ったりしてさぁ?」

「おいなんか言葉に棘あるぞ。つか待て色々と」

「あ、それ私も思った。涼護、鼻の下伸ばし過ぎ」

「伸ばしてないです。そして頭に乳を乗せるなというかのしかかるな重い!」


 汐那のジト目と詩歩ののしかかりのコンボで、涼護の精神ががりがりと削られていく。

 夏木が羨ましそうな、不憫そうな目で涼護を見ていた。


「……そこ代われと言いたいような遠慮したいような」

「代わってほしけりゃ代わってやんぞ」


 半目で夏木を睨む涼護だが、今の状態で睨んでも滑稽でしかない。

 けたけたと指差して笑っている夏木に、涼護が口の端をひくつかせた。


「お前後で覚えてろよ……」

「それでも詩歩さんを力ずくでどかさない辺り、紳士的だよなお前は。顔に似合わず」

「深理お前も後で覚えてろ」


 睨む涼護だが、深理はそんなもの気にしたようでもなく笑っていた。

 それにつられ、未央も笑う。


「おい待て未央まで笑うな。助けろ」

「いいじゃない、そのままで。休んでなさいよ」


 言いつつ、未央はドアに手をかけた。

 その行動に涼護が首を傾げようとするが、詩歩がのしかかっているので傾げなかった。


「飲み物買ってくるけど、皆何がいい?」

「じゃあ俺スポドリ系頼むわ笹月ちゃん」

「私、カフェオレ」

「私オレンジジュース」

「俺コーラな。てかいい加減どいてください詩歩さん」

「六人分は多いだろう? 俺も行こう」

「ありがと」


 未央と深理が連れ立って出て行った。

 姿が見えなくなってから、夏木も立ち上がった。


「トイレー」

「いちいち言わんでいい」


 警官姿のまま夏木も出て行った。

 そうしていると、突然のしかかっていた詩歩がどいた。


「あ、そうだ。私店長さんとちょっと話すことがあるから」

「依頼のことでですか?」

「うん。それと衣装のサイズ、もう少し大きいのないかなーって」

「……あっそ」


 到底あるとは思えないが、ここで言ったらまたのしかかりを食らいそうなのでやめておく。

 バニー服姿のまま出て行った詩歩を苦笑いしながら見送ると、涼護と汐那の二人きりになった。

 汐那はいまだに涼護へのジト目をやめていない。


「……蜜都さんよ。何だ?」

「何が?」


 涼護が何を言いたいかわかっているだろうに、汐那は知らん顔でとぼけた。

 首を軽く回してほぐしつつ、涼護は言う。


「何がじゃなくてな。言いたいことあるなら言えや」

「じゃあ遠慮なく。女の子に囲まれていい御身分だね?」

「皮肉やめろ。言い方も。てか拗ねてんのかお前?」

「うん」


 汐那があまりにも素直に認めたので、拍子抜けしてしまった。

 そんな涼護に向けて、汐那が続ける。


「だってさ、気になってる男の子が他の女の子に囲まれてたらいい気しないでしょ?」

「同意を求めんな、俺にわかるかんなもん」

「女の子のことわかってなーい」

「うるさい。俺にはそんなもん必要ない」


 涼護は苛立たしそうにそう言い切った。

 涼護の様子に、汐那がジト目をやめて真剣な目つきになった。


「……どうして?」

「あん?」

「どうして、必要ないの?」


 汐那の真剣なまなざしから、涼護は目を背けた。

 今はまだ、話せない。


「……乙梨君?」

「……悪い。まだ話す度胸がない。忘れてくれ」


 汐那は黙って、ただまっすぐに涼護を見つめている。

 その視線に応えられない気まずさから、涼護はずっと目を背けている。


「いつか、話してくれる?」

「……ああ。いつかきっと」


 いつになるかはわからない。

 けれど、そのいつかが来たら必ず話すと、涼護は約束した。


「ならいいよ。今は約束だけで」

「……助かる」


 汐那の視線が柔和なものになる。

 知らず気を張っていた涼護の身体から、力が抜けた。


「ただいまー、リクエスト通りの物買ってきたよー」

「笹月さん、おかえりなさい」

「ほら、コーラだ」

「サンキュ深理。……おい投げんな!」


 ちょうど戻ってきた未央と深理のおかげで、完全に空気が変わった。

 先ほどまでの緊迫した雰囲気は、もうない。



「だからさ、サイズ小さいって。何これ」

「ぱっつんぱっつんじゃないですか詩歩さん……」

「……こうして見ると、詩歩さんのスタイルって本当圧倒的だよね……」


 ナース服姿の詩歩がぼやき、海賊姿の涼護が呆れたように呟き、メイド姿の未央が感想を述べた。

 「シアン」コスプレイベント、午後の部開始である。

 それに伴い、サクラの六人は衣装を変えることになったのだが。


「やばい、胸の部分がちぎれそう」

「おい未央、お前今から仕立て直せ。布やら針やらの費用は必要経費として依頼人に回すから」

「今からじゃ間に合わないよ。というかこれ仕立て直すくらいなら新しいの作ったほうが早いと思う」


 午前のバニーと同じく、詩歩のスタイルにはサイズが小さいらしい。

 ナース服の色んなところが弾けそうになっていた。

 その姿に未央は顔を少々赤くしていたが、涼護は慣れているからか平然としていた。


「着替えたぜー……ってうわ詩歩さん!? 何ですかそれ!?」

「……まあ、予想はできてたが」


 詩歩を見た夏木が顔を真っ赤にしたのと対照的に、深理がはぁと冷静に言った。

 夏木は少々時期外れと思われる吸血鬼、深理は白衣だった。


「深理のそれって医者か?」

「おそらくな。聴診器なんてのもあったが邪魔だから置いてきた」

「勇谷君の吸血鬼は……ちょっと気が早くない?」

「それ俺も思って店長さんに聞いたんだけどさ」


 夏木が身ぶり手ぶりを添えて説明した。

 それによると、どうもコスプレイベントが盛況なおかげで衣装が足らなくなってきているらしく、多少時期外れな吸血鬼コスを引っ張り出してきたらしい。


「だったら午前のでもいいんじゃねェの?」

「そこは譲れないらしい」


 どうやら素人にはわからないこだわりがあるらしい。

 無理に口を挟むこともないかとそこには触れないことにし、涼護は全員を見回した。

 未央のメイド服はよく似合っていた。下ろしている黒髪の上にはカチューシャをつけ、スカートもよくあるミニではなくロングで、雰囲気は本場のメイドのようだった。

 詩歩のナースはもういろんな意味で圧倒的の一言だ。一部分のせいで布地が引っ張られ、スカートの部分がミニになってしまっているが文句なしに似合っている。

 深理の白衣姿は、本人の知的な雰囲気と相まって本職そのもののようだった。黒フレームの眼鏡がまたいい感じに似合っている。

 夏木の吸血鬼姿は長身も相まって似合っているのだが、黒コートとタキシードが暑そうである。

 四人を見回し、涼護は一人足らないことに気付いた。


「蜜都は?」

「着替えてたけど、まだかかってるのかな」

「手伝ってやれよ、それくらい」

「手伝いました。一人じゃ難しそうだったし。仕上げは一人で大丈夫って蜜都さん言ってたし」

「さいで」


 その会話で、既に涼護の行動は決まっていた。

 長年の付き合いでそれを読み取った四人は、手を振りつつ控室から店内に出ていく。

 涼護はそれに軽く手を振り返すと、椅子に座り込んだ。

 そのまましばらく待っていると、控室の扉が開いた。


「ごめん、お待たせ。……あ、乙梨君?」

「……蜜都、か?」


 目を奪われる、とはまさにこのことかと頭の隅で涼護は思う。

 蒼い、シンプルなドレス。

 本物とは作りもできも違うのだろうが、汐那の姿はとても美しく、綺麗だった。


「うん、蜜都汐那です。……なぁに、見惚れたの?」

「……ああ」


 素直に頷いてしまった。それほど綺麗だった。

 涼護の珍しく素直な反応に、汐那も戸惑っていた。


「君が素直だと、なんというか…………君のそれは、海賊?」

「海賊風らしい」


 よくある海賊の帽子をいじりつつ、涼護が言った。

 オプションで眼帯もあったのだが、遠慮しておいた。


「なるほどね。うん、似合ってるよ」

「そりゃどうも。お前も似合ってるよ、認める」

「ありがと」


 褒められて嬉しいのか、汐那の頬が薄く染まっていた。

 一方の涼護も、見惚れてしまったのが悔しいのか頬が薄く染まっていた。


「……さっさと行くぞ」

「うん。……ホント似合ってるなぁ。攫って欲しいくらい」


 汐那がぽつりとそう呟いた。

 それを聞いた涼護は、真剣な顔つきで汐那を見る。


「……攫ってやろうか、本当に」

「……うん。攫って欲しくなったら、攫ってね」

「任せとけよ、お姫様」

「うん、お願いします」



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