コスプレ!【前半】
一周年記念短編です。
前後半に分かれています。
*注意*
*この作品は本編と直接関係はありません*
*全力でふざけ倒しているので御覚悟を*
「……なんでこんな格好を」
「涼護、似合ってないわねー」
「やかましい」
楽しそうに笑っている詩歩と対照的に、嫌そうに顔を歪めている涼護が言った。
これだけならこの師弟にはありがちの光景なのだが、今回はいつもとは違った。
涼護は執事服、詩歩はバニーガールの格好をしていたのだ。
「いやー、この依頼面白いわね」
「その結果アンタ、バニーガールなんて格好になってんですがいいんですか?」
「問題なし。むしろ楽しいわよこういう格好」
「あ、そ」
呆れている涼護とは違い、詩歩は心底楽しそうだった。
二人が何故こんな恰好しているのかというと、いつもの『Solve』の依頼である。
陽羽市にある「シアン」という店は、いわゆる「コスプレ喫茶」である。
この手の店は色眼鏡で見られがちだが、「シアン」は料理の味も悪くなく、良心的な値段設定もあって店員目当て以外の客もそれなりに来店してくれている。
というかぶっちゃけた話、店員がコスプレしてるのは純然たる店長の趣味である。
そんな「シアン」は、さらなる顧客を増やすためにあるイベントを企画した。
「……“あなたもコスプレを楽しんでみませんか?”って……趣味全開のイベントですね」
「いいんじゃない? 私は楽しいもの」
「確かに詩歩さんはこういうの好きそうですもんね」
涼護の言った通り、企画したのは参加型のイベントだ。
しかし企画したのはいいが、どうしてもこの手のイベントは参加するのに勇気がいる。
そこで少しでも客の心情的なハードルを下げようと、『Solve』にサクラの依頼が来たのだ。
「にしても詩歩さん、そういう妙にエロい格好似合いますね」
「褒めてるのかどうなのかわからない褒め言葉ありがと。ただこれ胸きついのよね」
「わかったから胸の部分いじんな!」
サイズが身体に合っていないようで、詩歩の爆乳レベルのその豊満な胸がバニー服によってより強調されてしまっている。いつはちきれてもおかしくない。
「もっと大きいサイズ着ればよかったじゃないですか」
「これ用意されてたサイズの中で一番大きいのなんだけど」
「どんだけでかいんですかアンタの乳」
呆れたように眉間を揉みながら涼護がそう言うと、詩歩は楽しそうな笑顔をにやりという笑顔に変えた。
その笑みを見て、涼護は全力で警戒体勢を取った。
「……知りたい?」
「結構です俺他の連中の様子見に行くんでそれじゃあ」
そう言い残し、逃げるように涼護は部屋から飛び出した。
○
控室を飛び出した涼護は、そのまま他の参加者もいるはずの更衣室へ向かった。
サクラとして参加するのは涼護と詩歩だけではない。面白がった詩歩がいつもの面子を巻き込んだのだ。
「深理、夏木。着替え終わったか?」
「ああ」
「一応な」
返答と共に更衣室から出てきたのは、着流しを着た深理と警官の制服を着た夏木だった。
さすが美形というべきか、深理の着流し姿は似合っていたし、何やら妙な色気すら漂っている気がする。
夏木のほうは普段のチャラい風貌とイメージのせいで不良警官っぽくなっているが、間違いなく似合っている。
この二人を見ていると、自分の執事服姿が滑稽に思えてくる。
「涼護執事かよ、似合ってねー!」
「黙れ自覚あるわ殴るぞ不良警官」
「俺が不良警官ならお前は悪人執事だろが」
「落ち着けお前ら。借り物の衣装なんだから暴れて壊すと面倒だ」
「「うるせえフェロモン垂れ流し野郎」」
「……どういう意味だそれは」
と、いつもの漫才を繰り広げている三馬鹿。
そんなことをしていると、隣の女子更衣室の扉が開いた。
「何してるの?」
出てきたのは、巫女服姿の未央だった。
普段ツインテールにしている黒髪をほどき、一つに纏めている。
肌も白く、黒髪の未央には巫女服は似合っていた。
「未央?」
「涼護、何かあったの?」
「なんにもねえよ。ぐだぐだとバカ話してただけだから気にするな」
「ならいいけど。涼護すぐにトラブルに首突っ込むし」
「わかったわかった」
ぽんぽん、と頭を撫でて未央を宥める。
されるがままに宥められた未央は呆れたように息を吐くと、涼護を見た。
「何かあったら言うこと。いい?」
「へいへい。了解しましたよ」
何やら深理が黒いオーラを発しているのを気付かないフリでやり過ごし、涼護は女子更衣室の前に立った。
残っているだろう最後の一人に呼びかける。
「蜜都、まだか?」
「乙梨君? あー、ごめん。まだちょっとかかるから先に行ってて」
扉の向こうからそう声が返ってくる。
その声を聞いて少し考え込んだ涼護がちらりと三人に目配せすると、意図に気付いた三人は頷き、涼護を置いて歩き始めた。
その後ろ姿を見送り、涼護は壁にもたれて欠伸を一つ噛み殺した。
○
数分後、更衣室の扉が開いた。
「できたのか?」
「うん、なんとか……って、乙梨君なんでいるの?」
「いちゃ悪いか」
壁から離れた涼護の目に入ったのは赤色だった。
それも赤々しい赤でなく、夕陽のように柔らかい赤。
その赤と、汐那の蒼い髪はよく似合っていた。
「……チャイナドレス、か?」
「うん。乙梨君は……執事服?」
お互いの衣装を確認し合う。
しばらくして、汐那が吹き出した。
「乙梨君、似合ってないにもほどがある……!」
「うっせェ。夏木にも言われたし自覚もあらァ。黙ってろ」
唇を尖らせそう言い放ち、涼護はそっぽを向いた。
なんというか、こうも笑われると着ていることがいけないことのように思えてくる。
「ごめんごめん。まあ、ネタ枠としてはありじゃない?」
「フォローになってねェぞ真性悪魔」
「うるさい不良顔。それはそれとして、どう?」
言いつつ、汐那が見せつけるかのようにポーズを取った。
涼護が半目になりつつ、口を開いた。
「……何が」
「この衣装、似合うと思わない?」
「まあ、お前身長もあるしスタイルも良いから見栄えはすると思うが?」
「もっとはっきり言ってよ。どう?」
「あー、似合ってる似合ってる」
「おざなりー」
涼護を咎めるような口調だが、顔は笑っている辺りさほど気にはしていないらしい。
軽く舌打ちした涼護が踵を返して歩き始めると、汐那もその隣に並んだ。
しばし、無言で歩く。
「……真面目な話、似合ってると思うぞ」
「そっか。……君も似合ってると思うよ」
「フォローにしちゃずいぶん遅いな」
「フォローじゃなくて、間違いなく本音だよ? ……できることなら、誰にも見せたくないくらい」
「……あっそ」
*後半へ*
後半に続きます。