涙のラフレシア
短編第………4談かな?
この話しは『伝説不思議系物語』のお話しと、『甘辛く』という短編に関連しています。
そちらも読んでくださると嬉しいです。
それではどうぞ。
私は、彼のことが好きだった。
屈託無い笑顔が好きだった。青空のように澄み渡る彼の目が好きだった。彼の純粋な心がどこまでも美しいと、憧れた。
彼は、みんなが好きだった。クラスのみんなが大好きで、他のクラスにいる1人の男子のことを親友と呼んでいて、彼は、美しい向日葵のように、太陽を見上げていた。
私には、高嶺の花。
彼はよく、屋上で親友と呼ぶ男子と二人で話しをしていた。自分のクラスメートと接する時よりも声は弾んでいて、親友くんも嬉しそうに話していた。
「なあ、親友」
「なんだよ、親友」
「明日もまた此処で話したいな」
「話すさ。お前が来ないと僕は話し相手がいなくて寂しい」
「年中ここにいるみたいな言い方だなあ」
「年中はいないけど、まあ放課後はここにいるかな」
「僕もついついいるけどなあ」
「ま、親友の僕と語り合いたいということで」
「勝手に決めるな」
「違うのか?」
親友くんは少し微笑みながら、寂しさを見せる。彼はその顔をみて、少し言葉に詰まりながら顔を逸らし、小さな声で違わないと言った。
親友くんはニヤニヤしながらイジワルく彼に追撃する。
「聞こえないぞ~?」
「わ、分かっていることを聞くのは君の悪い癖だぞ!」
「なはは」
彼と親友くんは、とてもとても仲が良くて。すごくすごく、羨ましい。
私も、あの二人の中に入りたい気持ちでいっぱいになる。
いつもそうだ。彼ら二人は必ずここに集まって話をして、満足そうにしている。充実した時間というのだろうか。私にはなかなか味わえない…………いや、まあ憧れている彼と同じクラスかつ席が近いというのは恵まれてるのかと思うと嬉しいもので充実感がないといえば嘘になると思うかもしれないけれど。
それでも、彼ら二人のこの放課後の時間にはかなわない気がする。
「それじゃあ、また明日」
「ああ。また明日な」
私はドアの後ろに隠れて二人をやり過ごす。
酷く、悲しくもあった。
次の日、彼へのイジメが始まった。
理由は『面白そう』という興味だけらしい。
「あなたもやりましょうよ」
「え、で、でも…………」
「何、いやなの?」
「…………」
「いいわ。別にやらなくてもね」
私は、少しだけクラスから阻害された。
でも、これで良かったとも思う。あこがれを傷つけるなんて行為をしたくなどなかったから。
みんなが冷たくなろうと、私は、ずっと。
「おはよう」
彼、宮永君が入ってくる。
さわやかな青空に合う、きれいな笑顔だ。
『…………』
誰も、答えない。昨日まで答えてた彼らは、全く答えなどしなかった。
「……どうしたの?」
『…………』
「…………?」
彼は純粋に疑問符を浮かべるだけ。私はそれに、黙り込むしかなかった。
ずっと、ずっと続くそんな冷たい視線の時間。私はそれに顔を背けて黙り込む。
彼も、いつもの明るさなどなく黙り込むしかなかった。
その日。私達のイジメは始まった。
日に日に酷くなっていく。
初日はただ無視をするだけだったのに対し、次の日は上靴を隠す。その次の日は体操服を隠す。また次の日は持ってきた鞄を隠した。
教師もそんなことをする生徒に怒りを隠せない。毎朝のHRで皆に呼びかける。それでも止まらない。火に油を注いでいるようなものだった。
彼の顔がどんどん表情をなくす。いまは、もう笑うだけ。あのときほどの澄み切ったさわやかさもなく、笑っている仮面をつけているようだった。
「…………」
何をされても何が起きても何も言わない。ただただ笑っているだけ。
皆が宮永君の悪口を大声で騒ぎ立てても何も言わない。物を隠されても何も言わず、捜索して発見しているだけ。
体操服を引き裂かれても彼は何も言わず、見学していた。
「…………」
彼は、何をしたいのだろう。日に日に不気味になっていく。
親友と呼ぶ彼との屋上話は継続していた。その時間だけ、彼は表情を取り戻している。
「…………」
私は、黙っているだけだ。何もしていないし、何も言わない。
その日。彼は放課後にクラスの男子に取り囲まれていた。
屋上へと続く階段に集団で座り込み、妨害する。
「おいおい、どこに行くって言うんだよ」
「ごめん、そこどいてよ」
「なんだよ、そう嫌悪するなよ」
「していないよ。ただ、僕はそこを通りたいだけさ」
「はっ。屋上に何かあるのかよ」
「風に当たるだけだよ」
私は、その現場を目撃した。階段の陰に隠れ、見ているしかできなかった。
「いいじゃねーか。俺らにつきあえよ」
「ごめんね。そんな気分じゃないんだ」
「おまえの言い分なんか知るかよ」
そう言い終わると、何かが殴られる音がした。そして、何かが階段から転げ落ちてくる音が響き渡る。
「いいじゃねーか、なぁ」
「…………」
「おい、なんか言えよ」
「…………」
私は、そのときの彼の顔を忘れはしないだろう。
憎しみで歪みきった、仮面の下の素顔を。
「おい。何してる」
一人の女性が、私がいる場所とは反対方向から聞こえてきた。
「ん? おまえ」
「…………」
「おい、これやったの誰だ?」
「なんだよおまえ」
「ああ、もうわかったよ」
彼女は昇る。階段を悠然と上っていく。
「 」
私の位置では聞こえないが、何かを言った。そして、宮永君を殴った男子、北条君は宮永君と同じように、階段を転げ落ちた。
「ふん」
気色悪そうに彼女は鼻を鳴らす。それは、一仕事終えた時のようだった。
「おまえらも、じゃまだな」
淡々と、彼女は男子集団を殴り飛ばし、階段から転げ落とす。
その姿はまるで正義の味方で、悪の味方。何が何であろうと彼女は自分の信じた行いを遂行する、常識人の塊だった。
「おい、おまえ」
「…………?」
「おまえ、名前は?」
「宮永」
「宮永か。私は竜宮という。これからもよろしく」
「うん」
握手。彼女は彼と握手を交わし、手を引っ張って階段を下りていく。
「え、あの……」
「保健室だ。手当てするぞ」
「……はい」
渋々。彼は竜宮さんに引っ張られていく。
その日は、屋上に行かなかった。
「…………」
「おっす」
翌日。一人の男子生徒が宮永君を訪ねてくる。
「あれ」
「よう。昨日はどうした?」
「えっと、ちょっといろいろあって」
「そうか。まぁ、おまえにも用事はあるしな。僕の配慮が足りなかった」
「いやいや、僕が伝え損ねたんだ。ごめんね」
「いいさ」
宮永君は、嬉しそうだった。
親友の彼はずっと話す。休み時間になると必ず訪ねてきて、話をする。
彼は、そうすることで宮永君を守っているようだった。
「(…………すごいなぁ)」
私は、親友と賞される彼のことを見つめ、驚くことしかできなかった。
そしてその日、彼は教師に見捨てられる。もう、学校の教師すら、頼れる存在ではなくなったのだった。
「僕の悪いところを上げてください。改善できるようにしてきます」
彼は朝、そう言った。
まじめに、笑わず、しっかりと言い放った。
クラスのみんなはそれに応じられない。当たり前だ。何せ、おもしろそうという理由から始まったのだ。ほかのことなどあるわけがない。
私はそう思いながら、親友と話をする宮永君の笑顔を思い出した。
何をされても、どんなことをされても、笑っていられるなど私からしたら正気の沙汰ではない。
私は、ついにその疑問を解決したくて口を開いた。
「その嘘くさい笑顔は、なんなのよ」
どうして、そんな笑っていられるの。
その言葉で、私は彼を傷つけてしまう。
私の言葉に、皆が穴を見つけたみたいに口を開く。彼の心をえぐり続ける。
私は、その時の彼の顔を忘れない。憎しみに歪んだあの顔よりも鮮烈で、私の行いを示す、あの顔を。
彼の顔は、死人のように、何も浮かべることはなく。目も、死んでいた。
「……ありがとう、ございました」
その日。彼は、行方をくらませた。
屋上には当然、行かない。
彼は、一日をまたいで学校にきた。
その顔は悩みなどなく、澄み切っていた。
彼が一日学校に来なかったことを、皆が責め立てる。私は、相も変わらず黙り込む。
クラスから浴びせられる罵倒。死ねという言葉。
その言葉を待っていたかのように、彼は笑顔で「わかった」と答えた。
その顔は、本当に澄み切っていて。純粋な表情しかなく、何もかもを、無くした顔だった。何もない、無垢な顔。
彼は悠々と階段を上る。何もせず、ただ昇るという作業をこなしていく。
屋上は風が吹き荒れていて、彼を引き留めるかのように私達へと吹き抜ける。
「…………」
屋上のフェンスを越え、彼は校舎の崖に立った。
私の引き留める声も聞かない。みんながあざけ笑う。私の声は届かない。
「なにやってるの!!」
担任の声が聞こえた。その言葉に、皆が驚く。
「やめなさい! そんなこと!!」
クラスのみんなが宮永くんが巫山戯ているだけと笑うが、担任はそれに対し、誰も見たことがない激しい怒りの言葉で皆を黙らせる。
その時間を、私は利用した。
「お願い! やめて! 私が、私が悪かったから!! だから!!」
「それは、君だけの願いだろ?」
「え……?」
「わかったんだよ。質より、量なんだ」
「お、お願い、やめて……」
「そうよ、やめてよ……。私は君に、ちゃんと謝れていないの」
「先生、昨日は嬉しかったです」
でも、さようなら。
彼は屋上から、消えた。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
私の声が、学校中に響き渡った。
「……あは」
宮永君のところへ向かうと、一人の少年が手を握っていた。
親友君。
彼は私に気がつくと、こちらを振り返り笑いながら尋ねてくる。
「君は?」
「わ、私は」
「ああ、言わなくていい。親友の心を壊したのは君か」
「ど、どうして……!?」
純粋な恐怖。彼は、恐ろしいほど笑っている。親友が死んだのに、笑っていたのが、とても怖かった。
「僕の親友を壊した人物を、忘れるわけがないだろ」
「あ……」
私は口を閉じて自分のスカートのすそをぎゅっと握るしかできない。
そして彼は宮永君に向き直り、泣きそうな表情で、言った。
「どうだい、宮永。甘い僕は、死んだ君も受け入れてあげられるよ」
赤い手を見つめ、彼は泣きそうな声で言う。死体を抱きしめることをいとわない、慈愛に満ちた顔。
私は、彼の行動に、涙を流すことしかできなかった。
「み、宮永くん……!」
「…………」
「…………」
「……き、君は……?」
「おい、お前」
竜宮さんは、親友君に声をかける。睨み殺さんばかりの気迫と、視線。
「お前、こいつをどうした?」
「……?」
「とぼけるなよ。お前がこいつをここまで追い込んだのか」
違う。彼は、救っていたの。あなたと、違う方法で、あなたよりも優しく、甘く。
でも、口が開かない。真一文字に結んだ口が解けずにいた。
「……ああ、なるほどね。君が宮永の言っていた彼女か」
「……私を知らなかったのか」
彼女は驚いた表情で彼を見る。そして、彼はにやりと口元を吊り上げて笑った。
「まぁね。なるほど、喧嘩っ早い。まさに常識人だ」
「…………」
彼の言わんとしていることが、少しだけ分かった気がする。
「み、宮永、くん」
先生が、宮永君にすがりつくように一歩を踏み出す。
「ま、あきらめたほうがいい。これも、あなた達の結果だ」
それを、親友君は拒むかのように突き放した。
「「!!」」
「これが受け入れられないのは自分の不手際だからだよ。当たり前だろ?」
その言葉に、胸を押さえ、涙をこぼす。
私達は、彼の言うとおり、間違えたのだから。
「おい、その言い方は何だよ」
「君こそ怖い考えだな。まさか、庇うのか」
竜宮さんの弁護に、彼は異議を申し立てる。それどころか、苛むかのように嘲け笑った。
「違う。事情を聞いた人間としては」
「事情? 結果が伴っていないくせに事情を聞いても無駄だろうさ。実際、死んだよ」
「……過程は重要だ」
苦しそうに、うつむいて、彼女は言う。
親友君は、宮永君が眠っている前に立ち、守るかのように、叫び聞かせるように、私達へと向かう。
「残念だな。こうして親友が死んだ以上、僕はこの二人に言うべき言葉はこれだけだ」
私達は、親友君を、宮永くんを、絶望の目で見ることしかできず、次の言葉を待った。
「よくも、僕の親友を殺してくれたな」
忘れはしない。
涙を流しながら、悲しくも苛立ち、辛いこと全てを吐き出すように放たれた宮永君の本当の親友の言葉に、私は、謝り続けることしか出来なかったのだから。
そして、皆は私へと矛先を向ける。
宮永君のときと同じ、罵倒。先生は涙を流し、絶望と自傷が入り混じった瞳で辞職していった。
親友くん、名前は音宮という彼は相変わらず屋上で寝転がっている。
空に手を伸ばし、雲を掴もうと手を伸ばしていた。
竜宮さんは宮永君の陰口をする人たちと喧嘩して、先生に怒られ、少し自宅謹慎となっている。
宮永君は、こんな世界で戦っていたのか。
私は、声を彼にかけられなかった。いや、かけなかった。
見て見ぬ振りをした。イジメに、加わったも同然だ。
私は、彼ほど強くなかった。弱かった。立ち向かう勇気も、見捨てる覚悟もない、半端者。
「(でも、一番の差は……)」
親友くんの、存在なんだろう。
私は、クスッと笑い皆のコールにお答えした。半端者の私は、最後まで人に流される方がお似合いだ。
音宮くん。できれば、会話してみたかったなあ。宮永君が嬉しそうに紹介してくれるのを見てみたかったなあ。
私は、屋上に向かう。
階段を上っていく、これだけの行為に疲れと苛立ちを覚えた。
すると、私と一人の男子がすれ違った。そのとき、一枚の紙が手に当たり、思わず握る。
「…………あの」
「…………メッセージ」
「え?」
「絶対、読んでくれ。じゃあな」
男子は悲しそうに、階段を下っていった。
まもなく、屋上に到着する。
扉を開けると、あの時のように風が吹くこともなく、追い風でもない全くの無風だった。
私に選択権を委ねているつもりなのだろうか。
宮永君と同じ崖に立ち、下を見下ろした後、皆を見る。
「……………やっぱり、彼のようにはなれないよ」
悲しく、呟く。
「なんだよ、ハッタリかよ!」
「…………それは、どうかしら?」
勢い良く私をハッタリ扱いした男子は、いや、安堵したクラスメートは私の言葉に顔を青くする。
「…………」
すれ違った時に渡された紙を読む。一行目で涙を浮かべてしまった。二行目で、私は、ラフレシアの私は涙を流す。
「…………」
胸にその手紙を強く抱きしめ、空を見上げる。
「待って」
先生の声が聞こえた。
厳密に言えば、元先生。
「私も行く」
先生は私の横に立ち、手をしっかりと握る。
飛び降りる前に、私は彼に、宮永君に習って、クラスメートへ言葉を吐き出した。
「私は、みんなのことが大っ嫌い」
臭い臭い、青春の言葉を吐き出して、高嶺の花となった彼に手を伸ばす。
澄み渡った青空に右手を伸ばし、私は、笑顔で散った。
『 茜さんと親友へ
宮永より
まず茜さんへ。僕を見て、心配そうな表情まで浮かべてくれてありがとう。僕の味方はクラスメートの中にもいてくれることがとても嬉しかったです。
でも、何時か君に迷惑をかけてしまう。僕はそれが、嫌なのです。
なので、自ら命を散らそうと思います。好きなクラスメートの希望を叶えるためにも。
音宮、親友の名を書いていないのでここに書いておきます。確か茜さんには紹介していなかったはずなので。
話を戻して。
彼には一番辛い役目を任せてしまいます。それも、この手紙で謝りたりないくらい、辛いであろう役目を。
音宮に甘えることは、これが最後でしょうね。何だか寂しく感じます。
本当に、ごめん。何も言わず、死ぬことを許してください。
ラフレシアな僕は、匂いしか残せず死んで行きます。
大切な友達の願いを踏みにじる、僕を、こんなラフレシアを死んでも好きでいてくれますか?
二人にきらわれても、僕は、二人のことが大好きでした。
こんな僕に、幸せをくれてありがとう。
僕は死んでも、この静かな空で見守っています。
空を見上げて、手を伸ばしてくれたら、きっとその手を握りに行きます。
本当に、ありがとう。』
その手紙は、少女と一緒に焼かれていった。
感想、誤字脱字の指摘など、お願いします。