009
あの後、随分長く眠ってしまっていたらしい。目が覚めた時には、すっかり陽が昇りきっていた。
「あ、起きたんだ」
「ん……」
目を擦りながら起き上がる。今居るのは、どこかの宿なのか、見知らぬ部屋だった。
「ここは……?」
「僕の家。あ、君の登録は僕が代わりにやっといたから」
「サンキュ……」
まだ疲れが抜けていないのか、全身に倦怠感が有る。思い返せば、ずっと全力ダッシュで影達から逃げた後で立て続けにあの訓練なのだ。疲れが残っていても仕方ないだろうとも思う。
「うー…………」
「眠い?」
「眠くない訳無い」
「じゃあ、今日は回復魔術の練習にしようか」
やらないという選択肢は無いらしい。
回復魔術……つまりは疲労を取り除く術、か。たしかに現状にはぴったりかもしれない。けど。
「魔術はこれからだ、って言ってたよな?」
「言ったけど、回復魔術は攻撃魔術よりは修得するのが楽だからね。それに、回復魔術で疲労をごまかしてるだけにもかかわらず訓練に必死になっちゃう誰かさんはそっちを先に覚えておいても損は無いだろう?」
うん、反論が出来ない。どうしてコイツは的確に弱い所を狙ってくるのだろう。毎回毎回反論出来ないのは結構悔しい。
「さーてと、行くとしようか」
「また昨日の?」
「誰も居ない方が君の正体がバレる事を気にせずに出来るだろう?」
まぁたしかにそうだ。
マティアスが部屋を出るのに続いて、俺も部屋を出た。
◆◇◆◇◆◇
今日は昨日と違う場所――普通の部屋を借りた。
コンクリート打ちっぱなしの床に、何やら所々に怪しげな札が貼ってある壁。マティアス曰く、壁の札は破壊防止と魔力漏れ防止の為の魔術符だとか何とか。中の魔力が外に漏れ出さない為の加工がされているこの部屋なら、魔力が無い者が活動してもバレにくいだろうとのマティアスの配慮だ。
「昨日の復習、してみようか。立ったままで、留める段階までいいよ」
「分かった」
その場に立ったまま意識を集中させる。もう何度もやり、既にコツを掴んだ事だ。なんとなくで出来るようになっていた。
「そう、そのままキープ」
「き、キープって……この後何すれば……」
「そのままで自分がリラックスする事を考えて。それで、魔力を向ける先を自分に」
魔力を側にキープしたまま、リラックスする事を考える。それはつまり、魔力に持たせる意味を、破壊ではなく回復にするという事。それを自分に向ける。
昨日練習前にマティアスにマナを入れられた時以下、彼に回復魔術を使ってもらう時以上、というくらいの異物感が体に広がる。
「うぇぇ……」
「あ、出来た? 気持ち悪い原因は異物感かな? そうならなんとなく修得完了だ。ホントに飲み込み早いねー」
「え、終わり!?」
そりゃあさっきよりはなんとなく疲労が抜けたような気がしなくもないけど……って、それって成功したって事か?
「数こなして慣れていけば、異物感もだんだんに減っていくと思うよ。ほら、マナに対してだって少しずつ異物感は減っただろう?」
「そうだけど……」
「大丈夫、君ならすぐに出来るようになるさ。何事も慣れだよ」
何事も慣れ、ね。