007
「いやー、悠麻ってば見た目によらず良い食べっぷりだったね。見ててこっちがすっきりしたよ」
出された物を食べ終えて手を合わせたら、マティアスがそう言った。
「そんなに食ったつもりはねーんだけど……それに俺よりティアの方が食うの早かったんじゃねーか?」
「そこは気にしない。体格の差だろうし」
「ふーん……」
何だこの結局俺が納得しないまま頷かざるを得ない会話。さっきからずっとそうな気がする。
「さてと。やっと本題に入れるかな」
「“零式”か」
「そうだね」
マティアスの目が、いきなり真剣なものに変わる。まるで人が変わったかのように。
「何度も言ったけど、零式は“魔力を使わずに魔術を使える人物”だ」
「でも魔術が使える事に変わりは無いんだろ?」
「うん。んでもね、僕は悠麻、君がもしかして“始まりの3人”なんじゃないかとまで思ってしまう訳だ」
「始まりの3人?」
「詳しくは順を追って説明しよう。長くなる覚悟はしといてね」
「ん、大丈夫」
頷くと、マティアスの表情が緩んだ。こいつはやっぱりこっちの表情をしてる方が落ち着く。なぜか、彼の真剣な表情には畏怖してしまう。
「まず、現存する魔術は例外無く“零式”が元になってる。それ故に、“零式”は“魔術”より構造が厄介なんだ」
「ちと待て。おかしくないか?」
それを聞いてマティアスは首を捻るが、俺は納得いかない。ベースが“零式”なら、そっちの方がシンプルなんじゃないかと思ったからだ。
「おかしいのは君でしょ……“改良されてシンプルになる”事だって有るんだよ?」
「あ、そっか……」
無駄を無くしてよりシンプルで使いやすいものに、ってところなのか。なるほど、そういやそういうパターンも有った。
「そう。で、魔術は己の中に有る魔力を使うのに対して、零式は大気中に有る魔力を使う」
「大気にも魔力って有るのかよ!?」
「万物の源は皆マナなり、って言葉が有るんだけどね。マナっていうのは魔力の元になるもので、つまりは“全てはマナから出来ていますよ。だから魔力が有るんですよ”って事」
「そしたら零式の存在が矛盾する」
「零式だって元と糾せばマナで構築されてるさ。体内でマナを魔力に変換出来ないだけ」
「体内でマナを魔力に変換して、それを源に魔術を使う…?」
確認するようにマティアスに尋ねる。恐る恐るそれを聞くと、彼はにこやかに続けた。
「そう。飲み込み早いね。で、零式は、魔術師が体内で行う事……マナの変換とか、魔力の属性化とかだね。それを全て体外で行うんだ」
「そこが、1番大きな違いなのか?」
「うん。ただ、そこが1番の違いで、1番の難関さ。体内と体外じゃ、コントロールのしやすさが違う」
「そりゃ、体ん中のもん使うか外のもん使うかって言ったら……」
「中が断然楽だね。あとは、“始まりの3人”かな」
俺は黙って頷いた。
“始まりの3人”
何やらややこしい事に関係させられそうな予感のする響きなのだ。こっちはただでさえ“零式”で遮二無二になりそうだってのに、出来ればこれ以上の面倒は御免被りたい。
マティアスはそんな俺の心情を知ってか知らずか、表情も口調も変えずに言った。
「簡単に言えば、“最初の零式”だよ」
「ホントに簡単に言ったな。つかなんでそれが俺って繋がるんだよ」
「否定出来る要素が有るのかい?」
言葉に詰まった。
確かに彼の言う通りなのである。俺はそれを否定出来るだけの理由を持っていない。
「あんまり難しい顔しないの。さぁ、行こうか。どうせ長い説明は嫌いだろう?」
「行くって……どこに」
マティアスはニヤリと口元を歪めて、予想していた中で1番げんなりする、微妙に答えになっていない事を言いやがった。
「実戦練習しに、さ」
とりあえず俺はこの時、マティアスが何か企んでるようにしか見えなかった。