004
逸鬼の二回目です。
深弦さんの文体に合わせてはみたつもりです(汗)
俺はどうしたら良いのか。
目の前の青年は自分の事を希代の魔術師と言った。
でも、記憶が無くても“知識はある”俺からしたら、それは信じられないことなのだ。
なぜなら、俺の知識では魔術師は架空の存在、いわゆるお伽話やファンタジーにしか出てこないもののはず。
だから、俺は彼の魔術師という言葉に驚いた。
だが、目の前の青年は俺が知らないことをやけに驚いていた。つまり、この訳が分からない青年の住む世界は魔術師が普通に居る世界、ということだ。
だとしたら、さっきまで俺を追って来ていた影共もその関係するものか?
「なーんだ。見かけに寄らず頭は良いんだね、少年」
(こいつ――俺の思考を読んだ!?)
「正解」
まただ。口には出していないはずの言葉が知られている。
「じゃあ今まで考えてたことも……」
「残念。それは不正解さ。人の頭の中を覗くなんて、趣味の悪い奴らがやることだからね」
今自分のやったことを差し置いてなにを言ってるんだか。
「ならあんたは趣味の悪い奴らと一緒じゃないか」
「嫌だなぁ。一緒にしないでくれよ。今のはちょっとした検査の一環なんだから」
「検査?」
「そうそう。君に素質があるのかっていうね」
素質……魔術を使うためのだろうか。
「って、俺の意見は結局無視なのか!?」
「なんだよー。まだ納得してないの?
仕方ないなぁ……優柔不断な君にとぉっても魅力的な交渉をしてあげよう」
盛大なため息と共に、これまた仕方なさそうに呟いた。
だがさっきのやり取りからしたら、まともな交渉なんて出来るとは思えないのは俺だけだろうか。
「難しい顔なんてしなくて良いって。簡単なことなんだから」
それが俺にとって不安な要素なんだ、とは言えなかった。
「君が弟子になるなら、まずこの世界から出して上げよう」
「この世界?」
「そそ。この路地裏だけの世界さ。ここはね、とある魔術師の作った虚構の世界なんだよ」
これはまた……俺は随分と危なそうな場所に居るらしい。
しかも、彼の言う通りならこの世界を俺が単独で抜け出すことはまだ出来ない。
「魔術師の作った世界……じゃあ、あの影はやっぱり」
「魔術師が造り出したものだね。いや、その失敗作か」
「あれが失敗作?」
確かに言われて見れば、どこか不安定な動きはしていたかもしれない。
なにかを造ろうとして失敗したのなら、個性のない影の形なのも納得が出来る気がした。
「そうさ。アレを造った魔術師は、この世界で新たな生命を生み出そうとしたんだよ。失敗するなんて、言わなくても分かることなのに」
そう言って、目の前の青年は笑った。
「だから、アレってのは新たな生命を生み出そうとした成れの果て。でも、中途半端に命のある奴らなのさ」
不意に青年は腕を振り上げた。人差し指を伸ばし、天を指す。
「だから、こうして人間の身体を得ようと襲って来る」
彼の笑いは、いつの間にか笑みに変わっていた。
刹那。
俺の視界はまたも白い光で塞がれる。
光が収まり、目を開ける。
「なっ!?」
いつの間にか影共が俺達の周りにうじゃうじゃと居た。
話している間に寄ってきたのか、その数は……二十は優に越えている。
「おーおー。随分と沢山いるねぇ」
「ど、どうするんだよ!?」
俺にはこいつらから逃げることしか出来ない。
歯痒いが、頼れるのはこの青年しか居ないのだ。
「慌てない、慌てない。で、弟子になるのは納得してくれた?」
こんな時にまでこの男は何を言っているんだろうか。
俺達は明らかに狙われているというのにこの態度。理解が出来ない。
だが……
「弟子になるなら、なんとかしてくれるんだよな!?」
頼れる人も、この男以外に居ないのだ。
「もちろん。魔術師ってのは、自分の弟子は特に大事にする生き物だからね」
嘘を言っているようには見えなかった。
不安はあるが、腹を括るしかないようだ。
「……分かった。あんたの弟子にでもなんにでもなってやる!
だから、こいつらをなんとかしてくれ!」
「やっと納得してくれたみたいだね。よし、これで合意の上で師弟関係になるわけだ。約束通り。こいつらはすぐに片付けてやるよん♪」
彼の指にまた光が灯る。そしてその指が宙を駆けた。
先ほどより大きな魔法陣のようなものを書き終えた。
「さぁ、暴れなよ!」
彼のその言葉を合図に、いくつもの拳大の光の玉が魔法陣から飛び出てきた。
それらはしばらくの間さまようと、突然、影共に向かって飛翔した。光の玉はやすやすと影共を貫通し、消滅させる。
それは一瞬の出来事で。
黒と白が混ざり合う光景は実に綺麗だった。
「ふぅ……これで終わりっと」
影共が消滅すると共に、また光の玉も消滅した。
「これから、どうするんだ?」
辺りを見渡し、影共が居ないかを確認する。大丈夫、なにもいなかった。
「もちろん出るさ。こんなとこに何時までもいたくないだろ?」
「まぁ……そうだな」
確かに、こんなとこにずっと居るのは嫌だ。いつまた影に襲われるかも分からないのだ。
「それじゃあ帰ろっかな。っとと、まだ聞いてなかったね」
ふと思い出したかのように彼はそう言った。
「少年、名は?」
聞かれて初めて気付いた。俺は目の前の青年の名前も知らないではないか。
「鈴峰悠麻。あんたは?」
「知らないのは悠麻、君だけだと思うけど?」
「記憶喪失なんだから、仕方ねぇだろ。もったいぶるなよ」
記憶喪失もなにも、魔術師自体が知識にないのはご愛嬌で。
「全く……覚えなよ? マティアス=ハフグレン=ディンケラ。それが君の師にして、希代の魔術師である僕の名前だ」
そうして彼――マティアスは実に嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。