003
という訳で深弦の二回目です。
すぐ目の前の角を曲がってそこに居たのは、長躯で一瞬飄々とした印象を受ける青年。ぱっと見、20代の前半といった所か。
「お困りのようだねぇ、少年」
青年は、第一印象と変わらぬ飄々とした雰囲気の口調でそう言った。
「誰だ……」
「ほう、希代の魔術師の名前を知らないなんてね。もしかして記憶喪失とかかい?」
「………………」
俺は言葉を失った。
それは“希代の”とまで言う彼のナルシストさにでも、ほんの一言で俺が記憶喪失だと見抜いた事にでもなく。
“魔術師”という、その単語に。
すると青年は、俺の方――延いては俺の背後を見遣った。
「ほうほう。へー。成る程ね。そういう訳か」
「へ?」
もう彼は俺の事なんて見ていない。だから俺も、背後を振り返った。
「!」
やはりというか、当たり前なのだが、背後にはもう例の人型の影が目前まで迫って来ていた。
逃げろ、と青年に言おうと青年の方を向いたが、彼は臆する事無く変わらず飄々としているどころか、薄く笑みを浮かべていた。
彼が体の前に手を翳すと、その指先に光が灯った。
「…………なっ!?」
青年はするすると円形を基本とした簡単な図形と見た事も無い文字を、何も無い空間にその光で書いていく。光は青年が書いたその場に留まり、やがて一つの魔法陣のような図形が出来上がった。
青年はそれが書き上げ、ぴたりと指を動かすのを止めた瞬間。
「ッ!?」
突然とんでもないくらいの光量が俺を、そして後ろの影達を襲った。
俺は咄嗟に目を閉じた。しかし、後ろの影達はそうはいかない。
奴らは所詮“影”なのだ。
それは即ち。
「膨大な光の前には影共は無力、ってね♪」
青年が口笛混じりにそう言った。
まったく、その通りである。
膨大な光量では、影は存在する事が出来ない。それどころか、下手をすれば普通の生物さえも焼け死んでしまう。
当然ながら、背後の影達は跡形も無く消え去っていた。
俺が青年に会ってから彼が影達を消し去ったのはごく短時間。一分にも満たない、本当に短い時間であった。
「何者…なんだ……」
「だから言ったでしょ、“希代の魔術師”だって」
にやり、と青年は不敵な笑みを浮かべた。
「そういえば少年、魔術も使わず奴らから“逃げて”いたね。しかもその様子じゃ、有利な状況に持ち込んで反撃する予定でもなかったようだ」
「………………」
まったく、ぐうの音も出ない。おまけに、コイツは何を目論んでいるのかが掴めなすぎる。
「そこで、だ」
青年がパンと手を叩く。まるで何かを思い付いた時のような仕種で。何かを企んでいるとしか思えないような笑顔で。
「親切なおにーさんはキミに魔術のイロハを教えてあげようと思う!」
「………………は?」
自分でも情けなくなるくらい拍子抜けした声が出てしまった。
目の前の青年は今何と言った? 俺が必死こいて逃げるしか無かった影を、いとも簡単に撃退してしまったこの青年は。
信じられない。その感情は、しっかり表に出ていたのであろう。青年がつまらなそうな顔をして言った。
「そんな渋い顔しないでよーつまらないなー」
「いや…信じろって方が……」
「無茶な話だって?」
恐る恐る俺は頷いた。
すると青年は、なぜだか大声で笑いだした。
「な…………」
「いやー、悪いねぇ。うん、気に入ったよ。キミを正式に弟子にしてあげよう!」
「…………はぁ!? ちょっと待て!! 俺に選択肢は無ぇのかよ!?」
「弟子になるか魔術を教わるか魔術の扱い方を習うか、かな☆」
「結局全部同じじゃねーか!!」
「ニュアンスが違うのさ!!」
駄目だ。反論出来る気がしない。どう言った所であっちの良いように丸め込まれてしまう。
本当に何のつもりなのだ、この男は……。
ちょこ〜っとだけ話を進展させてみましたよ!
さーて、どうなるんでしょう、この後。