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Twist And Break  作者: 弥月
19/20

019

 俺はしばらく、動かなくなったその影を無言で見つめていた。何もしないのではなく、何も出来ないかのように。


 先にアクションを起こしたのは、リシェルの方だった。


「ねぇ、いい加減話聞いてくれない? 私が理解するまでちゃんと説明してもらうわよって何度言わせるつもり?」

「えっ……?」


 どうやら、ボーッとしてる間に、何度かリシェルに話しかけられていたらしい。起こしたというより、起こしていたと言うのが正しいようだ。顔色をうかがうと、若干いつもより不機嫌そうである。


 どう言い訳しても誤魔化せそうにはない。先程言い切ってしまったのが災いした。


 一度大きく溜息をついてから、俺は口を開いた。


「とりあえず、どっかの喫茶店にでも行こう。道端で話すのもなんだ」

「そうね。立ったまま長話をするのは私も嫌だわ」


 長話という単語だけで、問い詰める気満々らしいのが分かってしまうリシェルはほっといて、俺は思い浮かぶ喫茶店の中で、比較的人が少なくて静かな場所を考える。


「少し歩くけど、いいよな」

「構わないわ」


 彼女も、そういうことはあっさりと言うので、正直確認しなくてもいいのだが、言わずに長く移動すると何を言われるか分かったもんじゃない。まぁ、ほとんど癖で言っているようなものだ。


「んじゃ、行こう」


 そう言って、その喫茶店へと歩きだした。





 喫茶店で席に着くと、ウェイターの少女が注文を受けに来た。

 俺はコーヒーを、リシェルは紅茶とミルフィーユを注文した。メニューのケーキの中で一番高いミルフィーユを注文した時点で、会計が俺持ちになるのを理解した。


 そして、注文したものが運ばれてくるまでは心の余裕が出来るかと思えばそうではなく、ウェイターが去ったのを確認するなり、リシェルは俺を睨むように見つめた後に早速話を切り出した。


「さて、何から教えてくれるのかしら?」

「むしろ何から聞かれるんだろうか。説明しようにも何から話せばいいやら」

「そうね。とりあえず――さっきのアレは何?」


 《アレ》――つまりは、先程リシェルが相手にしていた、影で出来た生命体のことだ。


「さっき言った通りだよ。……たぶん」

「たぶんってどういう事よ? それじゃあ分からないわ」

「正直、俺もアレについては詳しくはないんだ。ティアに聞けばもっと細かく分かるかもしれないけど」

「ならどうしてあんなに自信満々に言い切ったのよ」

「よく分からん。けど、言った事は絶対に確かなんだ」

「確証の無い事を信じろって言うの?」

「悪いけど、そうなる」

「あっきれた……」


 リシェルががっくりとうなだれていると、さっきとは違うウェイターが、注文した物を持ってきた。


「ごゆっくりどうぞー」


 お決まりのセリフを口にしてウェイターが去ると、リシェルはあからさまに溜息をついた。


「そんなにでかい溜息しなくても……」

「誰のせいよまったく」


 反論出来ない為にその言葉はそっと胸に仕舞っておくことにしよう。


 俺が反論しない為、リシェルはこちらをちらりと一瞥してから舌打ちし、運ばれてきた紅茶に口をつけた。それを見てから俺もコーヒーに口をつける。


 俺が砂糖の入れ忘れに気付く間もないくらいで、それは起こった。


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 耳を劈くかのような、とにかく誰かに危機を知らせる為だけに発せられた悲鳴。


 それが聞こえたのは、俺達がさっきまで居たのと反対側の方角からだった。俺とリシェルはもちろんのこと、店に居た他の客や店員も、皆同時にそちらの方角を向いた。


「…………リシェル……嫌な予感がする」

「ホント嫌だけど同感」

「行こう」


 そう言ってから立ち上がる。ポケットから小銭を取り出して、注文した物のお代の分丁度をテーブルに置いてから駆け出した。


 しばらく走ると、記憶には無いが覚えの有る、ねっとりとした嫌な感じが体を包んだ。


 その感覚に、先程の予感が一層高まったが、悲鳴の方を優先すべきと考え走り続け、すぐの角を曲がったところで、走っていた足を止めた。当たり前ながら、後ろから付いて来ていたリシェルがぶつかったが、俺は彼女を振り返らずに言った。


 否。正しくは《振り返らなかった》んじゃない。そもそも《動けなかった》んだ。


 目の前のその光景に、情けないながらも、畏怖していて動けずにいたという事も有るが、その時、俺の背中で俺より前を見ることが出来ないリシェルが、俺が振り返る事によって、俺が今見ている光景を見てしまうという事を防ぐ為、俺は《動くことが出来なかった》んだ。


「嘘……だろ…………」


 辛うじて口から零れた言葉は、たったそれだけだった。我ながら頼りない声だったと思う。しかし、それしか言うことが出来なかった。


「何してるのよ。進まないならどいてくれない?」

「ダメだリシェル。ちょっと……いや、かなりまずいかもしれない……」

「今更何を言ってるのよ。早くどきなさい」

「見るな!」


 俺の叫びも虚しく、リシェルは動けない俺を避けてその向こうを見てしまう。


 そして彼女も俺と同じように絶句する。同じように、言葉を漏らす。


「……人を…………人を……食べてる…………」


 それは思わず顔をしかめてしまう光景だった。


 先程まで戦闘をしていた影、もしくはそれと同じ形の影が、人を襲い、食らっていた。襲われた人は、血液の1滴さえ零れ落ちる事無く、まるで吸収されるが如く、恐らくは抵抗すら出来ぬままに、その命を失っていた。


「いや…………いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 気付いたら俺はリシェル視界を遮るように彼女を抱きしめていた。彼女はそれに身を委ねるように気を失った。


 リシェルの悲痛な叫びは、数メートル離れている相手にも聞こえたらしい。先方の視線が背中に刺さる。


 先に動き始めたのは、向こうだ。


 じわりじわりと、こちらとの距離を少しずつ、確実に詰める。


 リシェルだけでも守らなければならない。俺の頭はそれだけでいっぱいだった。守る力が無いことも理解しながら。


 あぁ、やっぱり、自分では駄目なんだ。そう諦めかけた時――


「諦めちゃ駄目だよ。その子を守る力を、君はちゃんと持ってるんだから」


 その声に、俺は思わず顔を上げた。声の主を探すように。


 しかし、それらしい人は見当たらない。それどころか、人影らしい人影は、この場に着いた時から無かった。

 ついでに、こちらに迫って来ていた影も動きを止めていた。


 姿の無い声は、そんな自分の姿を知ってか知らずしてか、更に続けた。


「君の心に直接話しかけてるからね。そこからだと、姿は見えないはずだ。君が抱いてるその子にも聞こえてないよ。それよりも……急がないと、彼が来るかもしれない」

「彼?」


 その時だった。


「おや? 見ない顔だネ。あとさっきナンバー6を追い回してくれたのだ。少年、それを渡してくれないかな?」


 また違うところから別の声がした。今度は、聴覚に刺激として感じられる、音声としての声。


 その人物は、すぐに見つかった。


 歳は、自分と変わらないかやや上くらいだろう。顔立ちは、長すぎるくらいの前髪と、目深に被ったぶかぶかのパーカーのフードのせいで、窺うことが出来ない。すらっとした体躯は誰かを思い起こしそうだったが、今はそんなことに気を払っている余裕は正直、無い。俺達を襲った影のすぐ傍に居てそれに襲われないこと、それ――リシェルの身柄の引き渡しを望むことから、こいつとは確実に友好的な関係ではないのだ。


 逃げなくては。リシェルを連れて、今すぐに。


 それは分かっているが、足が動かない。


 そうして固まっていると、また先程の声がした。


「悠麻、聞いて。もし、君が俺が探してる人物で合っていて、君が望むならば、君の中に眠る力が目覚める手助けをしよう」

「俺の中の……力……?」

「そう。一度は君も使ったよね。あれと同じ並びのものさ」


 そう言われて思い浮かべたのは、以前マティアスに言われたことだ。


 ――《消失点》、もしくは《エルナ》という言葉に心当たりは無いかい?


「ごめんね、君の記憶を弄ったのは俺だ」

「ティアも……たしかそんなことを……」

「そう。彼にはやっぱりバレたかな。

……こうなったら仕方ないよね。ホントは、君には隠したままにしておきたかったけど、これは俺の責任だ。君の記憶を戻そう。そして教えてあげよう、それらの使い方を」


 彼がそう言うや否や、頭の奥で指鳴らしのようなパチンと言う音がした。すると、頭の中に広がっていた靄が晴れたような感覚になる。


 それと同時に、脳裏に浮かぶ嫌な記憶。記憶が無い状態から始まったこの世界での生活で、嫌な記憶というのはまだ少ない。この時浮かんだ風景は、数日前。完全な役立たずだった、あの日の記憶だ。


 あの日の自分は、何も出来ずに気を失った。しかし、今思い出した記憶はそれだけではなく、殺される直前に、魔術とは根本から異なる別種の力を行使し、自らを襲ってきた影を消失させていた。


「これが……《消失点》の力……」


 消失点。消失証明。第壱関数。第参物質。

 自分が無意識にそれらの言葉を紡げば、敵対していた奴らは崩れて壊れた。


 そうだ思い出した。覚えてる。全く意味の分からないその単語達も、その時はわけの分からないままに使用したんだ。


 ティアが言っていた《消失点》と《エルナ》は同じものだというのも、なんとなくだが分かった。


 しかし――


「分かったからってどうすれば……」

「ネェ、さっきから何ボソボソ言ってるの? 早くその子くれないとこの子がキミを敵としてみなしちゃうヨ? それとも、アレンみたいにボクのターゲットになりたいの?」


 彼は傍らの影を撫でながら妖艶な笑みを不気味に浮かべる。


「っ……」

「ねぇ悠麻。今だけでいい、その体を貸してくれないか?」

「体を、貸す……?」

「あぁ。俺としても、彼には借りが有るんだよね。ついでに力の使い方も見せてあげよう」


 あぁ、まったく。ここに来てからというもの、起こることは俺の常識の範疇を遥かに凌駕するものばかりだ。


 しかし、自分もそれに慣れてきたらしい。


 体を貸す、なんて、普通に考えれば出来るわけなんてないのに、それのやり方がなんとなく分かってしまう。


「見せるだけじゃなくて、教えてくれると尚良いんだけどね」

「そのうちね。君はとにかくこの状況を抜け出したいみたいだから」

「まぁその通りだな」


 ティアといい、この声の主といい。何故自分の思うところが分かるのか。


 だが今はそれどころじゃない。


「んじゃ、後は任せるからな」

「任せて」

「その前に一つ……」

「何?」


 こいつはナチュラルに、名乗ってもいない俺の名前を知っていたが、残念ながら俺はそんなことは出来ない。


「名前、聞かせて」

「レイ、で頼むよ。本当の名ではないけど、今はそっちじゃ名乗れない」

「そうか。分かった」


 じゃあ頼んだ、と、もう一度レイに言ってから、俺は体から力を抜いた。


 目覚めたら、この状況が終わっていて、リシェルが無事である姿を確認できるように。


 それから、俺の意識に別の意識が重なってきて、俺は眠るように気を失った。




◆◇◆◇◆◇




 ゆっくりと、目を開く。


 この年齢の体は久々――というか、普通は過去の体格に戻ることは無いんだから久々も何も無いんだけどね。思い起こせばこの年齢も10年前だ。リーチやその他は無意識や体が覚えているようだ。戦闘になっても問題無さそうである。


 とりあえず、まだ抱えていた少女を、自分の目の届く範囲で比較的安全な所に座らせた。


 そこまでの動作の間で彼も気が付いたらしい。


「……《中身》が代わったネ?」

「流石だね」

「でもキミもその娘を渡す気は無いようだネ」

「それがこの子の望みだからね。それに俺は今、ちょっち体を借りてるだけだし」

「何をしようって?」

「君にこの場から立ち去ってほしいだけだよ、ルーチェ」

「……ボクのこと、しかもその呼び方を知ってるんだネ。ってことはこれからターゲッティングする必要は無いんだ」

「俺にはね。でもこの子は君を知らない」

「でもボクを知ってるキミのコトは知ってる」

「知らないよ、俺のことなんて、コイツは。俺ら関係で知ってるのはアレンのことだけさ」

「ふぅん? まぁ一緒にされたくないけどネ。ボクもキミを知らないし」

「それはどうだろうね? とりま――」


 後は、向こうも理解してくれたらしい。自然と互いに構えの体勢に入る。


「一応借り物だからこれに傷付けたくないんだけどなぁ……」

「力任せはボクもキライだヨ」

「そうは見えないけどな」

「ならそう思っときなヨ」


 そう言ってすぐに、ルーチェの魔力が膨れ上がる。恐らくは先程までセーブしていたか、別のことに使っていたか。気付けば彼の傍らに居たのも消えている。


「ずっと使ってないから鈍ってそうだなぁ」

「飄々としてられるのも今のうちだヨ!」


 すると俺の周囲の影が具現化する。近距離に現れたのが、具現してすぐこちらに飛び掛かる。それを軽くいなしたら、避けた先を見計らったようにもう1体。頭と思しき部位を蹴って上空へ。そこに居たのを滞空の為にも蹴り落として、とりあえず下方の様子を窺う。


 今軽く相手をしたのの他にあと2体がルーチェを守るように待機していて、合計5体。俺が上空に居て手出し出来ないにも関わらず少女を攫ったりしそうにないのは、俺を片付けてから行くつもりか。


 今のところやるべきは、邪魔な2体をどうにかすることか。


 流石に自然の摂理に逆らう程滞空時間も長くない。それなりに滞空して、安全そうな所に着地した。


「戦う気有る?」

「有るよ。でもその前に戦況を把握して何か悪いことでも有るかな?」

「………………」

「ま、肉弾戦でもいけそうだけど……力を見せるって言っちゃった手前、最低どっちかは使わんとね」


 影。闇。黒。

 それらの真逆として連想するもの。


「ただ今より《発生点》の使用を開始。よって、現在より《対極発生》による創造を行う。

母なる流れを汲み、零式《第弐関数》に仇なす、《第参物質》より成る者に対抗する術を求む。創り上げるは《白き光》の《第壱物質》。恵みの力を得、今ここに力を貸したまえ」


 目の前に、小さな光の球が現れ、次第に大きく膨らんでいく。その光が形作られて、淡く光を帯びた一角獣(モノケロース)が現れた。その背を何回か撫でてやる。


go(行け)


 その言葉を合図に、モノケロースが一気に駆け出す。


 モノケロースが行く先に、ルーチェの守護をしていない3体が立ち塞がる。


 だがそんなもの、《発生点》で創り上げられた獣には何の意味も無い。


attack(攻撃せよ)


 行く手を遮る3体の内の1体にモノケロースが突っ込む。額にある長い角がそれの体を易々と貫く。相手には実体が無いのか、攻撃はそのまま通過する。しかしそれに構わず、次、また次と、3体全てに立て続けに1撃ずつ食らわせた。


explosion(爆発)


 一言、それだけ言った刹那。モノケロースが角を突き刺した所から膨大な光が言葉通り爆発するように弾け出る。


 3体は例外無くその光に飲み込まれて消えた。


「ぐっ……」

「どうする? 俺は今立ち去っておくのが得策だと思うけどね」

「……いつか殺すけどネ」

「そうだね、一応覚えとこう。バイバイ、ルーチェ――ドルチェリア=ルチナ=グルーシア。また会おう」

「その時が命日だと覚悟しときなヨ」


 吐き捨てるようにそう言って、ルーチェは闇に溶けるように姿を消した。彼が消えてから、彼の傍らを守っていた2体も昇華するように居なくなった。


 流石に疲れた。思ったよりも、時間も使ってしまったようだ。それは自分が鈍ったからなのか、単にこの体の体力が無いのか。


「やっば……倒れそうなんだけど……」


 倒れるわけにはいかないんだけれど。せめて眠っているあの少女を送り届けるまでは。しかしこの疲労感では、今悠麻に体を返すと恐らくそのまま倒れるだろう。だからといって、自分がいつまでもつかも知れたもんじゃない。


 で、そういう時に限って現れるのが――


「悠麻ッ!!」

「やっぱ来た! やっぱお前が来たよアレン! つかでかッ!! めっちゃ身長伸びとるし!! 昔は俺よりチビだったくせに!!」


 ヤバい。今の状況、すっげえ笑える。


 大笑いしてる俺を見てぽかーんとしてるアレン。そりゃそうだろうとも。愛弟子のピンチに駆け付けたら中身の奴が違うんだから。


「でかい魔術の反応が有ったと思って来てみれば……お前の仕業か――」

「おっと俺の名前言うなよ? こん中で《悠麻》が聞いてるとも知れん。な、マティアス?」

「お前からそう呼ばれると寒気がする」


 頬が引き付けてるらへん、マジなんだろう。


 そういう男だ、アレン――マティアス=ハフグレン=ディンケラは。


 胸の辺りを軽く叩いてみる。実際、中で眠ってるだろうからその心配はほとんど無いのだが。


「…………悠麻に名乗ってないのか」

「《レイ》って言ってある」

「ネーミングが安直というかお前らしいというか……」

「そりゃどーも。それよりも、悠麻、ルーチェに接触したぞ」

「なっ!」

「ちなみにお前が言ったでかい魔術反応もあいつね」

「それを早く言え!!」


 いきなり怒鳴られて思わずのけ反る。そのまま倒れそうになるのを、アレンがすんでのところで支えてくれた。


「そんなになるまで力使ったのか」

「《発生点》で3体ほど葬っただけなんだけどね。悠麻にもうちょい体力付けさせといてよ。じゃなきゃあの子でルーチェの相手はとてもじゃないけど出来ない。前に《消失点》一発でオチたんだろ?」

「言っとく」

「よろしく。それはいいけど、俺そろそろ時間無いのよね」

「まだ学生なのか?」

「今は教える側だよ。それじゃね、アレン。また近いうちに会うと思うけど」


 また後始末かよ、というアレンの悪態をちゃっかり聞いてから、俺は悠麻に体の主導権を返した。どうせそのまま眠り込むから、ほとんど意味は無かったけれど。




◆◇◆◇◆◇




「……い…………ルー? ……ろハルー。…………起きろってば、ハル!!」


 幼さのほとんど抜けた女子の声。耳にツンと来るほど高い声でもなく、聞き心地の良いこの声では、大きな声で起こされても不快にならないから不思議である。


「……おはよ」

「おはよじゃないわアホハル。何回起こしたと思ってん――」

「うんうん、ありがとありがと」

「ちゃんと聞けぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「何だよ、もう放課してたんだからいいでしょ」


 子供のように口を尖らせて反抗してみた。彼女はただ呆れていたが。


「その昼寝グセ何とかしなさいよいい大人が……」

「俺も色々と大変なのっ。あとはあの子達次第だけどね」


 外は日が暮れかけで、夕日の一番朱い時間帯だった。


「あっちの《悠麻》も俺らみたいになって欲しいもんだね」

「何の話?」

「こっち――いや、あっちの話だよ」

「わけわからん」


 そう言ってそっぽを向いた彼女に、俺は向こうの少女の面影を重ねた。


「重ねるまでもなく、だったかなぁ」


 同じ顔、同じ雰囲気の2人。向こうとの確かなつながりがここにある。


 日がだいぶ傾いてきた。俺はただ、たまに手出ししながらでも、彼らの健闘を祈るとしよう。




◆◇◆◇◆◇




「おはよう、悠麻」

「……何日寝てた?」

「1日半くらいだね。この前よりは短いよ」


 そこはあまり問題ではないんだが、まあいいか。


 窓の外を覗くと、もう夕方と言っていい時間だ。


「何者なんだろ……」

「どっちが?」

「え……? ティア、知ってるのか?」

「たぶんね。君が言いたいのはレイのことかな?」

「そだけど……ティア、あの場に居たのか?」

「居たというか、事が済んだ後に着いたっていうかな。ちなみにアレはただのおせっかい焼きだよ。あんまりきにしなくて大丈夫。そのうち自分から正体明かしてくるさ」

「そうか……」


 ティアとレイが知り合いであったこと、彼らの関係なんかに多少なりと考える所が有ったが、ティアの目の色を見るとそれを考えてる隙も、やはり無いらしい。


「とりあえず、体力つけなきゃだね」

「ですよね…………」


 俺は思った通りのその言葉に、ガックリとうなだれたのであった。


 後に、リシェルは無事で、ちゃんと彼女の家まで送り届けてくれたらしいというのを聞いて、とても安心したのは言うまでもない。


 レイは約束を守ってくれた。俺は彼にはなれないけれど、彼に信頼してもらって、全てを任せてもらえるようになるのが、彼に対するせめてもの恩返しだろうと思った。

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