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Twist And Break  作者: 弥月
18/20

018

「言うことを聞けよ……」


 今日もまた演習場にある、お馴染みの術符部屋にいる。今回は俺ひとりで、ここ三日はずっと通い詰めている。

 もちろん、マナを扱った魔術を習得するというマティアスからの課題をするためである。魔力を扱わない時点で、魔術と呼んでいいのか微妙だけれど、他に呼び方もない。便宜上そのままにする。

 そして、その成果であるが、意外なことに上手くいった。俺の前にはもう見慣れてしまった赤獅子が、身体を丸め、頭を埋めて気持ち良さそう寝ている。

 そう、召喚は出来たのだ。こいつだけに限るなら、だけど。

 三日をそれだけに限ってやっていただけあって、もう自滅はすることはなくなった。その代わり、俺の命令をことごとく無視するのだ。

 かれこれ三時間くらいだろうか。最初は部屋の中を縦横無尽に走り回り、いまは勝手に寝入っている。さっきなんとか起こそうとしたら、思い切り唸られた。とんだじゃじゃ馬だ。


「なぁ、時間が限られてんだけど、いっぺん戻ってくれないか?」


 赤獅子がスーッと目を開けた。顔を少し持ち上げ、しばらく俺と目が合う。数秒もたっぷりと時間をとると、そっぽを向くようにまた首を丸めやがった。


 こ、このやろう…………。


「魔力切れ……いや、マナか。マナ切れが起きるまで、また待たないと無理そうか」


 使用時間が迫っていると言ったが実は嘘で、時間は結構ある。それを見透かされたのかもしれないが、まぁどの道、俺のいうことを聞くかは疑問でしかない。

 とは言っても、目下の目標はやはり言うことを聞かせる、つまり服従させるわけだが、それはいまは絶望に近しい。今度マティアスに聞いてみる必要があるな。

 マティアスも、おそらく召喚魔術を使って小鳥を操っていた。聞けば教えてくれるだろう。

 よって、この赤獅子はとりあえず置いておくとする。

 だがそうなると、今度はなんの鍛練をしようか。


「……そうだな、属性付与でも練習してみるか」


 魔術はイメージだ。行程という作業を、その先にある完成へ向けてイメージを重ねてゆく。

 まずは、マナ。

 大気に溢れているマナ。それが自分の中に入り込むイメージ。そしてそれは、身体でたしかに感じられる。このときの感覚は中々必然しがたい。イメージという曖昧で叶うことのないものが、自分の手元にくるこの感じ。

 マナは身体を瞬時に巡り、それを手に集め、別のものに変えるイメージ。そのイメージは、すべてのもと、だ。形を変え、そして色も変わる自由自在な素。まるで粘土のようなものだ。

 そこに形を作る。今回は放出するイメージ。手からそれらは放たれ、宙をかける。そんな幻想的なイメージだ。

 ここまでの作業を瞬時に終える。反復練習の成果だ。

 そしてまだそれをためつづけ、少し深呼吸する。

 属性付与ではここからが大事だ。それなりの規模のものを扱うのだとしたら、より明確で正確なイメージが必要になる。

 作った魔力にさらにイメージを重ねる。

 求めるのは雷光だ。なによりも速く、瞬時に瞬く光。


 前に突き出した右手に魔力が走る。それは馴染みのものとは少し違った感覚だ。

 すぐさまそれは手の平に集まり、そこから宙に飛び出す。バチンッという音と共にそれは現れた。

 青白い光は、目測五十センチメートルほどの伸びをみせた。


「まずまず、ってところか」


 体感時間でざっと五秒程度。実戦では使えるとは言えない精度、時間だが(威力はわからない)、鍛練してそう日が経ってない身としては充分だ。


 その後もとにかくひたすら繰り返す。

 魔術で反復作業が有効なのはすでに体感済みだ。目標がなくダラダラと続けるのとは違って、少しずつ速くなっていくような感覚もあれば飽きることもない。

 隣に眠る赤獅子を携えながら、俺はしばらくひたすら魔術の鍛練に勤しんだ。




 しばらくして、使用時間の限界が迫ってきた。

 成果としては一秒ほど発動までの時間が縮まり、また見た感じの派手さが増した。

 まだ鍛練を続けたい気持ちはあるが、継続するのにも一度出てカウンターで手続きをしなければならないため、どのみち出るほかない。


「おーい。さすがにもう時間だ。もう出たいから戻ってくれ」


 結局ずっと寝続けた赤獅子に、もう一度声をかける。さすがにわかったのか、ゆっくりと身体を持ち上げる。

 そして、また呼べと言うかのように、俺に向かって一声鳴いて消滅した。


「……ふぅ。ようやくか」


 なんだかいつもよりどっと疲れる鍛練だったのは、言うまでもなかった。




 帰り道、家のすぐそばにまで来て買い物をしてなかったことを思いだし、もう一度商店街に繰り出す。買うものは魔術に必要な魔導具なので、いつも使う馴染みの店に向かう。

 大通りから少し外れた小道の奥、人通りの少なさそうなところにその店はある。

 煉瓦の壁の中にぽつりと重厚で華美な装飾のない趣ある扉があり、その上には年月を思わせる木の板で作られた『コートネイア』と書かれた看板がある。マティアスはどうも魔術関連のものに関しては、こういう少し探しにくいところだったり、人並み外れた場所にあるところを好むらしい。

 魔術は秘匿こそされていないが、手の内はおおっぴらにするものではないと考えているようだ。事実として、彼は大衆の前で魔法を使ったことは片手の指で数えるに足りる程度。それも大したものを使っていないらしい。

 マティアスの基準で、というところは無視にして、とにかくマティアスは魔術に関しての心得は徹底している。だからこそ、俺のことをいまだに知れたものは一人としていない。

 この店でも、一応マティアスの弟子とは知らされているが、それ以上は何も言わなかった。ひとりしかいない店員兼店主も、特に詮索はしなかったのもあるだろう。マティアスが利用する店だけあって、同じ考え方があるのかもしれない。

 とりあえず中に入ろう。

 目の前の扉を押して開ける。ギィッという、少し不安になるような音を立てるのはどうにもなれない。

 他に客はいないらしい。すこしは気が楽に買い物が出来る。

 人がいないとは言え、なるべく音を出さないように扉を閉める。

 扉を閉めてしまうと、もうそこは一種の魔術空間のようだった。回りにあるものは全て魔術に関連するもの。

 ひとつひとつが扱いに注意を要する危険物のみの空間だ。

 外からの明かりはないため、天井にある魔術で燈した光が、広い店内を淡い黄色に染めている。場所をゆったりと取るように扉から奥に向かって陳列棚が並べられ、壁の一角にはいくつもの杖が飾られている。たしか主に儀礼要に用いられるものだったか。

 陳列棚にある魔導具から感じる魔力に、何もしなければ何も起きないと分かってはいても、俺の緊張が高まる。

 とりあえず進んでカウンターまで行く。ちょうど良いことに店主が店の奥から出てきた。


「いらっしゃい。……ほぅ、マティアスのとこの弟子か」


 俺の師であり、自他共に認める希代の魔術師であるマティアスを呼び捨てにする人物は少ない。というか、俺の他にこの人くらいしかしらない。

 俺はマティアスがどんな人物であるか、知らないうちにそう呼ぶように言われたから特に違和感はないが、他の人からしたらかなり珍しい。マティアスも敬われることはそんなに嫌ではなさそうだが、それでもここの店主のようにそんなことを無視するとこには来やすいのかもしれない。


「どうも。ティアからお使いを頼まれたんだよ。いまはなんだかんだで忙しいから、暇を見付けて行ってくれってさ」

「はぁーん、それで弟子をこき使うわけだ。あんなに師匠はガラじゃないって言ってのに、作ってみりゃやりたい放題だな」


 俺はそれには返事をせず、さっさと注文をすることにする。向こうもそういったことは気にしないのが、俺もここを気に入っている理由のひとつでもある。

 ポケットからメモを取り出し、そのまま渡す。俺が見たところでわけがわからないから渡した方がいい。


「これを全部。数量も書いてあるはずだから」

「はいよ。ちょっと待ってな」


 そのまま店の奥に消えていく。棚に置いてあるのは大した魔導具ではなく、マティアスが買いたいものは扱いが難しいため店の奥に仕舞われている。

 戻ってくるまでしばらく店の中を眺めてみるか。

 この店は店主の趣味なのか、一般的に流通してるものから、ユーモアあるお楽しみグッズ――もちろん魔力が原動力の魔導具――まで置いてある。

 手にとっても危ないものはないらしいので、俺でも気軽に周ることが出来る。

 とはいっても時間があるわけではないので、ゆっくりと眺めているだけで店主に呼ばれる。


「おーい、マティアスのとこの……ユウマだったか? 終わったぞ」

「いま行く」


 手にもっていた魔力を通すと箱の中から髑髏が飛び出て来るという、あまり実用性のない悪趣味なだけのビックリ箱を置いて向かう。

 カウンターには、持ち帰るのがすこし面倒なくらいの量の箱が詰まれていた。箱なのは魔導具を安全運ぶためではあるが、量が多くなればやはり面倒ではある。


「えっと、まずはこれが……」


 店主の確認作業に従い、ひとつづつ中身を見ていく。とは言っても、なにがなんだかわからないので、本当にただ見るだけだったが。


「これで全部だ。帰ってから問題が見付かったら、また現物を持ってこい。場合にもよるが変えてやるよ」

「わかった。まったく分かってないのがバレバレだな」

「あったり前だ。ひよっ子に解るほど、この魔導具は安いもんじゃねぇんだからな」

「その通りだな」


 返す言葉がない。

 メモを受け取り、自分の目で一応確認する。すると、一カ所だけ、用意済みのチェックが入っていないところがあった。


「それか。それについては謝っておいてくれ。ついこの間、在庫を全部買われちまってすっからかんだ」

「全部が?」

「あぁ。発注元はフェイブル魔術学院。おそらく他の店にも注文は行っているから、どこにもないと思っていい」


 魔術学院……リシェルの通っているとこか。


「なんでかは分かるのか?」

「気になるのか?」

「勉強だよ」

「……ふん。興味だけでは正しい判断は出来ないぞ」


 そう言いつつも、詳細を語り出した。


「学院が買ったのは魔結石、術符が主なところだな」

「魔結石に術符……」

「知らないのか?」

「名前をすこし聞いたことくらいしか」


 魔術を使う時に使うものだろうか。術符はもう鍛練の度に見慣れたものだが、魔結石という単語は耳に新しい。


「まぁマティアスはあの辺を使うことはないからな。無理もないか。

 魔結石と術符は、もちろん魔導具だ。でなきゃここで扱っているわけがないんだが、こいつらは今の魔術では必須アイテムだ」

「必須アイテム? でもマティアスは使わないって……」

「言ったろ、今のってな。魔術師の数はもう数え切れないほど世界にはいるが、数の増加率が年々急上昇していったせいだろうな。最初は少数の人物にじっくりと魔術を伝えることで、その質を維持、向上させていった。

 だが、ここ数十年になって魔術師の数は激増した。同じぐらいの時期から、ライビングたちの活動も活発になりだしているが、むしろこれが原因だな。

 命の危機を感じた者、ライビングの討伐組織のギルドで稼ごうと考えた者。理由はいろいろあったみたいだが、原因はライビングだろうな。

 あいつらの人間に対する執心は凄い。簡単に無視は出来なくなってきた。だからある国では国を上げて魔術師の育成を始めたらしい。

 結果として魔術師は増えた。だが、それに伴って問題も生まれた。なにかわかるか?」

「………………魔術師が増加したことで、今までの少数に対する魔術の伝え方じゃ足りなくなった。それで魔術の質が落ちている」

「その通りだ。最初はまだよかったが、その傾向は年々増加している。最近になって学院制度が出来たおかげで、いまは維持程度は出来ているがな」

「だけど、落ちた質は戻りにくいのか」

「全体のな。まだ個人では充分の力を持っている魔術師はいる。マティアスが良い例だ。

 それで、話はそれちまったが魔結石や術符の用途ってのは……ふん、わかったか」

「まぁな」


 全体の質の低下した魔術師社会では必須。だが個人的には、マティアスのような質の高い魔術師は必要としないもの。

 情報から考えて、間違えてなければ――……


「魔術を発動するのに必ずしも要るものではなく、だがその質を高めるために使う補助具」

「そういうことだ。だからマティアスには必要ないし、使うことはねぇ。むしろ、余分な行程のせいで発動速度も精度も落ちる、って言ってたな」

「でも今回はマティアスはそれが欲しいって言ってたんだろ? なんでなんだ?」

「魔術も時代を経てるってことだ」

「……どういうことなんだ?」

「魔結石や術符を扱ううちに、それらを必須とする魔術式が生まれた。結界とかに多いな。マティアスが欲しがっているのは、結界の張り直しのためだろうよ」


 そういえば、家での合言葉を変えるって言っていた。合言葉の変更に張り直しが必要だとしたら、たしかに納得できる理由ではある。

 だが俺にはそこでまた別の疑問が湧いた。


「じゃぁ学院が必要としているのも結界の張り直しのためか?」


 学院とやらの規模は知らないが、少なくともそれほど小さいわけではないだろう。

 大量に仕入れるのも頷ける。

 だが、店主は笑みを浮かべて否定した。


「俺は違うと睨んでいる」

「理由は?」

「こいつも聞きたいか?」

「勉強だ」

「くくくっ……熱心なことで。魔術師には悪いことじゃないけどな」

「そりゃどうも」


 これでも希代の魔術師の弟子である。零式だろうが、学ぶことは世間を知る上でも重要だ。


「理由はいくつかあるが、端的に言えば、ライビングの活動がかなり活発、かつ厄介になっていることだ」


 ライビング、か。まだ訓練用に用意されたものしか見ていないが、どんなものなのだろうか。


「ライビングについて知っているのはどれくらいだ、ユウマ」


 俺が知っていることと言ったら……

 街の外でしか生活をしていない。

 人間への敵意が異常に高いこと。

 ぐらいだろうか。


「それだけで一般人なら充分だ。ギルドを目指すならもうすこし知っておくべきだが、今は別にいい。さて、今お前が言ったのは常識だ。だからこそ、今回のことは厄介なんだよ」

「厄介? 学院が魔結石とか術符を買い集める理由が?」

「さっきお前が答えたそいつらの用途を言ってみろ」

「魔術を扱うための補助具、だよな?」


 ……あ。もしかして。

 それだけたくさんの数がいるほど、補助具として魔結石や術符を使って魔術を扱う必要がある?

 俺が知っている魔術は、総じて攻撃的なものが多い。それを扱うということは、つまりそれを当てる対象がいるわけで……。


「厄介なことってのは、ライビングたちが街中に現れるようになったことだ」

「本当、なのか?」

「いまはまだ噂程度のはずだ。だが、現時点でギルドではここ最近で行方不明者が二桁に上る調査の結果を出した。そして、実際にライビングを街中で確認を三回している。これは紛れもない事実だ。どれもいまは討伐されているが、恐らくもっと増えるという見解だ」


 俺もそう考えていると店主はいう。勘らしいが、どこまで本気なのか。


「このことはギルド上層部と登録ランク上位魔術師、及びフェイブル魔術学院の上層部と一部の成績最優秀生徒に知らされている。

 そして、ギルドと学院は精鋭をもって街の監視とライビング討伐、出現の原因を探ることになった」

「どれだけ重要なことなのか分からないんだけど……」

「国のトップが秘密裏に動いたってことだ」


 学院とギルドは国のトップに入るのか。これは覚えておいた方がいいな。

 だがこの情報は、かなり入手困難なものだろう。俺としてはそれを知っている、ここの店主の素性を知りたいものだが、向こうがあまりこちらに踏み込んでこない以上、やはりやめるべきだろう。マティアスが贔屓にしているところだから、としておく。


「とにかく、学院が魔結石や術符を揃えた理由はそれだ。非常自体に出し惜しみはしないってことだろうな」

「だいたいわかった。サンキュー」

「サンキュー?」


 あぁ、英語は通じないのか。マティアスのおかげで名称は伝わるのに、こういうところが通じないと異世界にいるということを思い出す。


「えーっと、ありがとうってことだ」

「ほーう。ときどき思うがお前の言葉は興味深いものがあるな。今回の授業料は、お前の故郷の話でも聞かせてもらおうか?」

「詮索はやめてくれ。ろくに良い話も出来そうにないしな」

「言えることだけで良いさ。それにいまじゃなくてもいい」


 いつかは教えろってことか。話題を選べばさほど問題にはならないだろうが、もし話すとしたら、やはり注意はすべきだろう。

 とにかく、買い物は終わったので、もうそろそろ家に帰ろう。


「毎度。外に出るときは気をつけな。特に路地裏はな」


 そんな見送りの言葉をうけて、俺は店を後にした。




◆◇◆◇




「あれは……リシェルか?」


 今度こそ家に帰ろうと路地を歩いていたら、リシェルを発見した。彼女の水色の髪は、カラフルな髪が彩る通路でも比較的見つけやすい。

 どうやらこちらに気付いていないらしい。無視はどうかと思うし、声をかけようとしたが、リシェルは周りに視線をさ迷わせている。

 誰かを探しているのか。だったら声はかけない方がいいのかもしれない……と、思ったが、リシェルが急に走り出したものだから、俺も思わずそちらへ目を向けてしまう。

 彼女が向かった先は……路地裏。

 頭の中で『コートネイア』の店主の注意が反芻される。


 ――外に出る時は気をつけな。


 ――特に路地裏はな。


 俺が走り出したのは使命感か、それとも興味からだったのか。どちらでもあるかもしれないな。

 とにかく、俺は走り続け、そしてその場を発見した。


「くっ……! この! なんなの、こいつは!」


 数分走り続けた先で、リシェルがなにかと戦っていた。

 人型だ。

 だが、黒い。明らかに人間ではない。

 無機質という言葉を連想させるようなせれは、たしかに人間ではないのだが、シルエットはどうみても女性、だ。長い髪に身体的特徴からして、間違ってはいないだろう。

 リシェルがそいつに向かって、人間の腕くらいはありそうな氷柱を様々な角度から生み出し発射した。

 黒いソレは飛翔してくるそれらに同様をせず、身体を踊らせて躱す。人間にできるのか疑問になる動き方だ。

 氷柱が打ち終わった。だが、発射している間に作られた一際大きな氷柱がソレの上に射出される。

 止まった瞬間を狙った氷柱は、ソレの頭に当たる、と思った時、急にしゃがんだソレが地面に指を走らせる。

 円を描いた、と思った瞬間、石畳が持ち上げられ、瞬時にソレを囲うように守る。

 氷柱は石畳、というよりはその下から持ち上げられた土によって阻まれた。


「魔術、か?」


 もしそうなら、人ではないものが魔術を扱うことになる。……有り得るのか?


 盛り上げられた土を冷気が襲う。すぐに霜が出来たが、それらは瞬くまにジュッといい音を立てて消え、土が崩壊する。黒い人影は、ない。


「どこにいったってのよ……。誤算ね。まさか魔術を使うだなんて……」


 なにやらぶつくさ言っているようだが、声をかけた方が良いだろう。集中しているのか俺にまったく気付かない。


「おい、リシェ……リシェル!」


 声をかけた瞬間に異変を感じ、リシェルを呼ぶ声が叫びに変わってしまった。だが、いまは構っていられない。


「へっ!? あ、ユ、ユウマ!?」


 リシェルは俺に驚いてまだ気付いていない。


「上だ! いまのやつがいる!」

「なっ、なによいきなり! ていうか、どうしてあんたがこんなところに!」

「チッ……邪魔!」

「きゃっ……ちょっと! 押さないでよ!」


 構っていられるか!

 どうやって行ったのかは分からないが、建物の屋上から見下ろしていた黒いソレが落下してくる。もうすでに魔術を発動しているため、土と煉瓦の大量のつぶて付きだ。

 俺も魔術でなんとかしようと、魔力を瞬時に練り上げる。

 魔力塊じゃ到底対処できない。いま必要なことは、視界に広がるものを押し退ける物量。


「押し流せ!」


 頭に浮かんだイメージだけを頼りに、一気に魔術を放つ。

 俺の手から風が吹き荒れ、いくつかの塊を飛ばしたがまだ足りない。


(まだだ! もっと、速く、強靭な風を!)


 なりふり構っていられなかった。ただイメージ“だけ”を頼りに、魔術を放つ。

 魔力とか、構成とか、そんなものは関係なかった。


 ただ、俺の望みイメージに世界が答えた。


「吹き、荒れろ!」


 俺の身体を、暴風が叩いた。

 身体を支え切れずに飛ばされ、壁にぶつかる。遅れて、ガタガタと、なにかが小さなもの落ちる音がいくつも聞こえ、ひとつ大きな落下音が聞こえた。

 なんとか目を開けて起き上がると、反対側の壁に石や土と共に黒い影が倒れていた。リシェルは俺の横に倒れている。怪我はないみたいだ。


「おい、リシェル? 起きてるか?」


 顔を少しつついてやりながら声をかけると、案外簡単に起きた。

 しばらく俺の顔を見ていると、急にバッと立ち上がり後退する。後ろは壁なので大して移動はしていないが。


「ユ、ユウマ! なっ、なっ、なっ、なんで!?」

「起きたな。いいから落ち着けって。まずはあっちだろ」


 俺は黒いソレを指した。まだ起き上がりそうにない。


「え、ええ。そうね」


 黒いソレに近寄る。だが、なにが起きてもいいように気を張ることは忘れない。

 よく見てみると、どこか見たことがあるような気がする。しばらく見ていると、急に女性の声が響いた。


『リシェル! 無事だよね!?』

「うぉ!? なんだ!?」

「私への通信ね」


 驚いたのは俺だけで、リシェルは平然としながら懐から石を出した。青みがかった丸い石だ。


「交戦はしたけど、特に怪我はないわ」

『やっぱりライビングは居たんだ?』

「いたわ。ただ……」

『なに? なにかあったの?』


 ライビングだって?

 これが?

 リシェルはそう言っているが、こいつらはむしろ……


「……女性の人型、だった。それになにより核がない。色も普通のライビングたちより濃い黒だった」

『新種ってこと……?』

「たぶん。なにより、魔術を使ってきたわ。土の系統で、強かったわ」

『そんな……ことって……』

「事実よ。わたしだって信じたくなんかないけど……」

『……今は情報の収集が先だよ。ほかに特徴は?』

「えっと……何も感じなかったわ。ライビングたちにも感じる、生きているっていう感じすら。まるで……まるで影みたいだったわ」


 影。その言葉に記憶が呼びさまされる。


 ――アレってのは新たな生命を生み出そうとした成れの果て。でも、中途半端に命のある奴らなのさ。


 ――だから、こうして人間の身体を得ようと襲って来る。


 マティアスに出会った時、俺を襲ってくる影に彼が言った言葉だ。


「違うぜ、リシェル。こいつはライビングじゃない。『影』だ。正真正銘、人の、な」

「えっ? どういうことよ?」

『リシェル? 誰かそこにいるの?』


 いまは俯いたままの『影』。まるで無機質のようなソレから、俺は誰かの叫びが聞こえてくるような気がした。


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