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Twist And Break  作者: 弥月
16/20

016

「野菜は買ったな。肉はまだあったし、今日はこんなもんか」


 まだ日が上りきっておらず、朝の気持ち良い陽気の中を、生活の中で足りなくなったものを買い求めて歩いていた。

 歩いているのは街一番の大通り。通りの先には演習場にフェイブル魔術学院、さらに奥へ行き、城壁の門近くにはギルド連名がある。そこを目指して歩く魔術師は、朝と言っても少なくはない。

 それ加えて、俺と同じように買い物を目的にこの通りを利用する人も多くいる。視界は人だらけだ。

 この世界で目覚めて、もう二十日は過ごしている。慣れとは恐ろしいもので、初めて朝にここに来た驚きはもうない。あの時は人の波に飲まれるだけだったが、いまでは考えごとをしながらでも人の間を縫って移動することくらい造作もない。

 ぶつからないように、けれど適度に早く足を進める。今日は久しぶりにマティアスが魔術を教えてくれるらしいから、少し急ぎたい。

 マティアスもなにかと忙しいらしく、なかなか時間が取れないらしい。以前、また俺をあの変な路地裏に連れたったのも、依頼で害虫駆除がどうたらと言っていた。害虫駆除……要するにマティアスが言うキチガイな魔術師共のことだろう。変に実力を付けていて、面倒なやつもいると嘆いていた。一昨日のあの時、何もできなかったことを思いだす。

 もっとも、マティアスが言うにはあの影たちは予想外だったらしいけど。最初に俺とマティアスが遭遇したときの影共より、格が違うと言っていた。

 俺が最初に出会ったあの影は、新しい生命を作ろうとし、それに失敗した成れの果て。どんな魔術かは教えてくれなかったが、あいつらは魔術の基礎を学んでいるのなら、たとえ子供でも対処出来ると言っていた。つまり、俺の魔力の塊で充分。

 だからこそ、マティアスは軽い実戦のつもりで俺を連れたったのだとか。ゆえに、あの時起きた分裂に、マティアスは心底驚いたらしい。

 挙げ句には自分の読みが甘かったせいでと言って俺に謝ってきた。それと、やけに過剰だと思わなくもない心配も。

 俺がそれに対して大丈夫と伝えると、彼がその魔術師を全力で潰すと言って出掛けて、一日ほどしてケロリとした表情で帰ってきた。

 ちょっと荒業を使ったと言っていたが……マティアスのことだ。何かしら融通がかなり効く、反則的魔術があってもおかしくはないだろう。できればそんなものは経験せずに生きたい。

 まぁケロリとはしていても、かなり疲れてはいるらしく、買い物はさすがに無理と言っていた(どちらかと言えば人混みが嫌なんだろうけど)。

 というわけで、彼の弟子である俺の出番だったわけだ。


 しかし……それはそうとして、だ。

 最近、いろいろなことを中途半端なままにしている気がしている。


(まずは……結局は魔術について、だよな。ティアが教えてくれているのは技術。でも、リシェルとの会話からして、知識が足りてない。

 よく考えれば、魔術について知っていることと言えば、体内にあるマナを、魔力として使うこと。俺は体内にマナはなく、体外から取り入れる必要がある。これが零式。

 そして、魔術には攻撃魔術と回復魔術があること。リシェルは二つとも使えるのはおかしいって言ってたよな。

 攻撃魔術は属性付与。これは多分、見たもので言えばマティアスの光の玉と、リシェルの氷か。どれくらいの種類があるんだろうな。……これは今日ティアに聞いてみるか。

 で、回復魔術は疲労感回復・自己治癒能力の上昇と、傷の治療か。疲労感とかがとれても、体力の回復は無理、と。自己治癒能力で普通より回復しやすくなるくらいが限界らしいしな。傷の治療はまだ体験したこともないし、なんとも言えないけど、ティアがこれも体力の回復はないって言ってたか)


 とりあえず、魔術についてざっと考えを並べてみたが、これだけだ。ただ、なんとなく知ってる。そんな不安な感情が漂う。

 俺の師匠であり、また希代の魔術師と謳われる(これはもう揺らぎようのない事実らしい)マティアスは「焦るな」と言うけれど、その割にはこの前みたいに影共の中へ放り込んだりと、課してくるものは唐突で、難題だ。

 他にも気になることと言えば、始まりの三人だったり、他ならぬ零式のことだったり。まだ本格的には相対していない、ライビングと呼ばれる生き物。

 それらにしても、まだ知らないことは山ほどあるだろう。


「本当に……この世界は不思議だな」


 そういえば、最近、ここでない世界……元いた世界についての興味というものがない。というより、気が回っていない。

 記憶がないから思い入れもなく、戻りたい、というような気持ちにもあまりなれない。

 親は居た。兄弟も居た。高校に通っていた。ゲームとかもあったな。こちらにはない便利な道具も多くあった。

 でも、それらは知識だけだ。

 家族が居たことは知っていても、一緒に過ごした記憶がない。

 学んだ知識はあっても、いつ、どこで学んだかなんてわからない。

 最近は思い出そうとすると、鈍痛のようなものが生まれることもある。


「なんのために、俺は生きてるんだろうな……」


 ぽつりと漏れたその言葉は、不可思議で解らないことばかりのこの世界のことや、俺が育ってきた元の世界のことだとかを全て引っくるめて、不安を募らせる。


「今日の練習はストレス発散になるといいな」


 魔術じゃ無理という思考を殴り捨て、淡い期待を持ってみる。

 ただ魔力を作るだけなら今ではそれほど苦ではない。しかし、それがストレスの発散になるのかと言うとそえでもないのだ。

 魔術は基本的に体力と精神力を使う。これは零式である俺にも変わりはなく……いや、むしろ零式であるがために体外からマナを取り込む作業が挟むため、かなり神経を使う。

 魔力を素早く生み出すことができるのは、ようするに高い集中力を一瞬で作り、かつ留めるために継続することができるということだ。

 しかし、それは疲労が軽くなるわけではなく、その密度が変わるだけ。負担があることにはなんら変わりはないのだ。

 毎回のことだが、魔力を扱った後には、わずかではあるが妙な倦怠感が身体に残る。もっとも、それも慣れ次第で感じにくくなるらしい。

 やろうと思えば、苦もなく魔力を集めるれる俺も、少しは慣れの証だろうか。


 いろいろなことをぼやぼやと考えているうちに、通りを抜ける。ここまでくると人はまばらだ。

 通りを抜けたと言っても、住宅街が左右に広がる通路であるだけで、道自体は続いたままだ。

 実はここからが少し面倒だったりする。

 さて、我が師であるマティアス=ハフグレン=ディンケラは希代と魔術師と言われるほどの有名人。

 それも日々を安心して過ごすことが出来ると言い切れないタイプの、だ。そのことは彼自身も理解しているらしく、自分の住居には細心の注意を払っている。

 もっとも、魔術師という生き物は、自分の住家に魔道具やそれに準ずるものを保管しているらしく、誰であっても家には結界ぐらいは張るそうだ。


 だが、マティアスの警戒はやはり過剰すぎる。

 結界だけでも侵入を拒絶・迎撃するものはもちろんのこと、そもそも視覚・魔術的に感知をされないようにして発見すらままならいようにしている。

 それに、家に辿り着くには住宅街ある狭い通路に入り、そこから三百七十一歩前進し、振り返って二十七歩戻り、そこで右を向き、目の前に右手をかざし、合言葉を唱える必要がある。

 実に面倒くさい。

 ミスをしたらもちろん家に入ることは出来ないし、また狭い路地に入るところからスタートになる。

 この機能のおかげで何度泣いたことか。

 まぁそれにも慣れた今では、まさに面倒なだけだが。

 今日も失敗せずに無事に規定の歩数を歩き終える。ちなみに歩幅はそれほど関係ない。

 一定以上の歩幅があれば、あとは○○歩を歩いた、という魔術的な結果さえ付けばいいらしい。

 イメージ的には、儀式のための準備のようなものだ。

 それの締め括りとして、右手をあげ、合言葉を唱える。


「応用は基礎の上に成り立つもの」


 合言葉としては微妙な気がするが、まだ魔術をさわりくらいにしかやっていなかった時にマティアスが決めたものだ。

 口にする度に意識しろ、ということだろう。

 たしかに間違いではない言葉だろうし、心に留めても損はないはずだ。

 とは言っても、そろそろ合言葉は変えようかとも言っていた。

 もし変えるのだったらきちんと聞いておかなないとな。聞き逃したり、忘れたりして入れませんじゃ話にならない。

 そんなことを考えつつ、目の前に現れた扉を開け、中に入る。


「ただいま」


 もちろん、というのかは微妙だが、玄関で靴を脱ぐ習慣はないらしい。ただ、俺は外靴を履いたままなのは嫌なので、室内用の靴にいつも履き変えている。スリッパは残念ながら無いらしいし。


「おかえり、悠麻。予想より少し早かったね」


 俺が帰ってきたことに気付いたマティアスが、ダイニングから出てきた。


「そうか?

 まぁでも、たしかに少し急がなかったこともないな」

「おや?

 やっぱり今日の訓練は楽しみかい?」

「そりゃ、な。新しいことに挑戦するのは、嫌いじゃないし」

「そうだね。僕も嫌いじゃない。まぁそもそも大抵の魔術師は、身を守る術を学ぶけれど、それに加えて未知のものを探求する意欲は筆舌しがたいしね。……けど、焦りの中で身につくものはないよ」

「…………」


 マティアスからの忠告に、俺はどう答えるべきか迷った。言われるまでもなく、それはわかっていることだ。

 ただ、自分が焦っているという実感があまりない。


「本当に、焦ることはないんだ。こことは違う世界からきた悠麻は、僕でも正直に驚きを隠せない速度でこの世界の法則に適応しつつある。零式だからかな?」


 力を付けることを焦るな、とマティアスは言っている。

 俺が焦っていることは、力を付けることだと思われているのか。

 マティアスは俺の反応を待つことなかった。


「大丈夫だよ。僕は君を見捨てない。例え、悠麻が僕と違う存在だとしても、師匠は弟子を見捨てたりなんかしない」


 どこか、悲壮感のある言葉だった。心配するようで、でも、なにか断固としてある思いが伝わる。

 それが具体的に何なのかは分からないけれど、俺に力を貸してくれるという意思は言われるまでもなく分かった。


「まるで、弟子でもなかったらどうでも良い、みたいだな」

「そんなこはないさ。……と、言いたいけれど、僕と悠麻の出会いはかなり唐突な師弟関係から始まったし、あながち否定も出来ないかもね」


 あぁ、そういえばそうだった。

 笑いながら言うマティアスを見て、もう一昔のようにすら感じるあの日を少し思い出した。


「さて、手荷物を片付けて、朝ごはんにしよう」

「おう。腹が減っては魔術も使えず、だったか?」

「そんな言葉あったっけ? でも間違いじゃないね。良いね、少し気に入った」

「そりゃよかった」


 軽くマティアスと笑い合い、手に持っている食材を、保存庫になっている小部屋の中に適当に整理しながら置く。ちなみに保管庫も魔術によって、あらゆる食材が鮮度をなるべく保てるようになっている。

 保管庫からパンといくつかの野菜を持ち出し、ダイニング兼キッチンへと運ぶ。

 今日の朝食はサンドイッチだ。切って挟むだけのようなものだから、大した手間もかからない。

 マティアスと談笑しつつ、特に何事もなく食事を終える。

 片付けも手早く済ませ、手がける準備をする。


「さて、それじゃ行こうか」


 マティアスが声をかける前には準備は終えている。

 自然と、少し笑みがもれた。


「待ってました」


 属性付与……俺にはどこまで扱えれるものなのか、楽しみだな。


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