015
感じたくない懐かしさを感じる路地裏の中、俺達3人は複数と言っても足りないくらいの数の影達を相手にしていた。
その数はもうざっと数えても恐らく30どころじゃ済まされない。敵の数としてあまりに多いその数字に、俺は違和感を覚えた。
「……増えてないか?」
「今更気づいたって言うの!?」
ほんの少しの呟きに、リシェルは敏感に反応した。
「そ、そんなに言わんでも……」
「せめて誰の所為でこいつらが増殖してるのかその頭で分かってからものを言いなさい!! なんで私がアンタの尻拭いまでしてやってるのよ!!」
リシェルが言い放った言葉が俺は理解出来なかった。
尻拭い? 何故そんな事を言われなくちゃいけない?
その理由は、すぐに理解出来た。むしろ、何故今までそれに気が付いていなかったのかが不思議になるくらいに。
俺がリシェルと話してる――というより俺がリシェルに一方的に怒鳴られてる間も、影達が動きを止めるわけはない。図体の割に機敏な動きで、影達は俺達に攻撃を仕掛けてくる。攻撃を受け流すという事がまだ出来ない俺は、攻撃をしてきた影に直接魔力の塊を投げつける。
そして、気が付いた。
「なっ……」
驚きのあまり、格好悪い声を漏らしてしまった。
俺が投げた魔力の塊は、確かに影の動きを止められていて、最低でも俺が間合いを取る時間を稼ぐ事くらいは出来ていた。時にはその四肢をもぎ取る事さえしていた。
この際問題なのは、後者だった。
「ちぎれた所から分裂してくって……アメーバかよ……」
魔力が当たってもがれた後。本体が残っている方は、そのもがれた所が本体側から生えてきて元に戻っていた。
それより厄介なのが、本体から切り離された小さなパーツ。それは、そのパーツを核にまた本体と何ら変わらない新たな影を生み出していた。それはどんな小さなパーツでも例外は無く、バラバラに弾けようものなら一遍に大量の影を生み出してしまう事になる。
「オイオイ……嘘だろ……」
役立たずや足手まといどころの話ではない。俺がやっていた事は、敵に加担する事になっていたのだ。
ティアとリシェルの戦闘方法を見ると、確かにそうやって分裂される事を防ぐ戦い方だった。
ティアの戦い方は言わずもがな。光球を自在に操って的確に影を貫いていく。
リシェルはというと、無理矢理に直接影を消滅させるという事はせず、影を周囲数十センチごと完全に凍らせている。そうやって動けなくした影は、放置しておけばそのうちティアが始末してくれる。よく見れば、ティアもリシェルが封じた影を優先的に始末しているようだ。
ほぼ初対面でこの連携ぷり。それに対して、自分の無能さ。足手まとい加減。
ショックを受けるという程度のレベルではなかった。
「しょげてる暇が有るんなら属性付加のやり方をせめて模索するくらいすれば!?」
リシェルのそんな助言のような言葉もに耳に入らない。とにかく発覚した事実がショックすぎて、俺は何もせずにただ立ち尽くしていた。
その時。
「悠麻!! 後ろ!!」
今まで1度も聞いた事が無かったティアの叫び声に、俺は緩い動作ながら後ろを振り向いた。
しかし、動きが遅かったのが余計にまずかった。
俺の背後。ほぼ目と鼻の先と言っても過言でないくらい、ギリギリの所に。
今正に攻撃せんと腕を振りかぶった影の姿が有った。
反撃するにしろかわすにしろ、影との距離は近すぎて、時間が無さすぎた。この至近距離では、ティアかリシェルの援護を待つ時間も無い。
あぁ、俺は記憶さえ無いまま、知らない土地で死ぬのか――
そんな事を思い、俯くように少しだけ瞼を閉じる。意識が、ほんの少しだけ遠退く。普通ならこういう場面で走馬灯が見えてもおかしくはないのだが、それが見えないのは単に記憶が無い所為か。
そう、死を覚悟した時。
「…………《消失点》解放……。並びに、《消失証明》の開始……」
失いかけた意識の中、何故か俺はそんな事を呟いた。
刹那。
絶対に避ける事も跳ね返す事も出来ないと思っていた、俺に向かって攻撃をしようとしていた影の腕が、ボロボロと崩れたのだ。
そして、他の影達の動きも止まる。
俺はほとんど為すがままに、脳裏に浮かぶ言葉を口にしていく。
「我、零式《第壱関数》の名において命ずる。《第参物質》より構成されし彼の者達を、我が関数の定義及び法則に則り、《消失点》に危害を為す者と定義する。よって彼の者達へ《消滅》を命ず」
そして、全ての影達が一切の例外無く崩壊を始める。
ある影は人型の脚の部分から。また別の影は腕や頭部から。
ボロボロに。グズグズに。
その実体を持たない虚ろな体躯の端という端から、少しずつ、少しずつ、塵と化して大気へと溶け込んでいく。
「ゆう……ま?」
ティアが目を見開いて俺の方を見ている。
そして、全ての影が消滅したのを視認してから。
俺はゆっくりと、意識を失った。
◆◇◆◇◆◇
目を開くとそこは微妙に見覚えの有る部屋だった。すぐに思い出したそこは、ティアの家だ。
「起きたかい?」
扉を開けて部屋に入ってきたティアは、俺の顔を覗き込むようにしてそう言った。
「ティア……」
「おっと。ずっと眠っていたんだ、まだ起き上がらない方がいい。あんな事をした後なんだ、体にどんな負担がかかったのか、僕でさえ分からない」
起き上がろうとした俺を、ティアがそう言って制止した。
半ば起こしてしまった体をもう一度下ろしてから、ティアに尋ねた。
「ずっと眠ってたって……どのくらいなんだ?」
「たしか、2日半かな」
「そんなに!?」
「仕方ないさ、いきなり慣れない事をしたんだ」
そう言われて今一度、先日の戦闘を思い出す。
「あまり良い顔をしないね」
「そりゃ……あんな役立たずだったんだからな……」
「…………もしかして、悠麻……キミ、覚えてないのかい?」
「覚えてないわけないだろ! あんな役立たずでダメダメな戦闘……敵も倒せず増やすばっかりで、揚句の果てに何もしないまま意識失うなんて……」
「えっ……?」
ティアの表情が硬直した。
その表情はまるで、言われた事と記憶が違うような。
まるで、俺が魔術を初めて見た時のような。
「あんな事をして……何もしないまま意識を失っただって? まさか……記憶が改竄されてるのか? でも、誰が……」
「ティア?」
俯いてぶつぶつと言っているティアに声をかけると、はっと顔を上げてごめんと呟いた。
「悠麻……一応尋ねるけど、《消失点》、もしくは《エルナ》という言葉に心当たりは無いかい?」
「消失点に……エルナ? …………悪い、分からない」
「そうか……それも近い内に説明しないとね。でも、しばらくは気にしなくても大丈夫だろう。今は、属性付加を教えないとね」
「ぐぅ……」
たしかにそこから始めなくては何も始まらない。役立たず脱却に、属性付加の習得は必要不可欠だ。
どうやら、ティアが言った言葉の詳しい事を調べている余裕は無いようである。