013
そう感じはしたものの、こういう時にこっちからそういう話をしてもいいのだろうか。
リシェルのあとを追いながら、俺はそう思った。
しばらくそのまま考えた後、結局俺は、彼女を昼飯に誘ってみる事にした。ぶっちゃけ駄目元だ。
「なぁ、リシェル……」
「何?」
「腹、減らない? 何か奢るけど」
リシェルは足を止めて振り向いた。
「誘い方がなってないわ。女の子を食事に誘う時はね、お腹が空いてるかなんて尋ねては駄目なのよ」
「じゃあ要らないんだな?」
「要るわ」
どっちなんだよ……。
どっちにしろリシェルの方も、帰宅するところで俺の道案内になってしまったので、当たり前だけど昼飯はまだ。結局昼飯は、演習場内のファーストフードで済ませることになった。
「ところで」
手近な位置に合ったファーストフード店に入り、2人分の昼飯を買って席に着いたところで、リシェルが唐突に話しかけてきた。
「あんたって一体どこの出身? その聞き取りづらいアクセント、私は語学の授業でも習った事が無いわ」
なぜこの娘は答えにくい事ばかり尋ねてくるのだろうか。
「えっと……具体的には説明しづらいんだけど…………」
「構わないわ」
引き下がってはくれないようだ。
この質問にも無難に答えなくてはいけない。しかし、何と答えるか。
生憎、俺はまだこの世界に詳しくない。下手に答えてしまえば、さっきみたいな事に成り兼ねない。そして仕方ないなく搾り出した答えが、
「……実は俺、すっげえ方向音痴で、ほとんど迷子状態でここまで来たから、どこから来たって言われてもイマイチピンとこないんだよ」
なんていうものだから少しどうかと思う。
まぁ、我ながらそこそこの答え方だと思う。勿論口から出まかせである。ちょっとこじつけっぽいのはこの際リシェルが気付かなければ大丈夫だろう。
「ふぅーん……。じゃあ、あんたの師匠とやらとはどこで出会ったのよ」
「この街に着いてから」
これはホント。だから即答。
リシェルは納得しかねるような表情をしつつも、とりあえず次の質問が来ないのを確認して、先程買った少し遅めの昼飯――某大手ハンバーガーショップのと酷似したハンバーガー――にかぶりつく。
それを見て、リシェルも怖ず怖ずとハンバーガーにかぶりついた。
「…………もしかして、こういうの食った事無い?」
「う、五月蝿いわねぇ!! 悪かったわね、育ちが良いのよ!!」
「別に悪かねぇと思うんだけど」
顔を真っ赤にしながら反論するリシェルが少し可笑しくて、俺は思わず少しだけ笑った。
彼女はそれにむすっとしたが、何も言いはしなかった。
ずっとそんな調子で食事が続いて、2人共が食べ終えるタイミングを見計らっていたかのように、俺達の席のところの窓に1羽の鳥が留まった。
マティアスの髪の色に似た、綺麗な金色の鳥。
その鳥の翼が少し振動して――
「悠麻、聞こえる?」
「うわぁっ!?」
聞こえてきたのはマティアスの声。
でも何だ? 鳥が喋った? マティアスの声で?
「何を驚いてるのよ……。伝声鳥も知らないの?」
「で……伝声鳥?」
「名前の通り、遠くに居る人の声を伝える鳥の召喚獣よ」
「召喚獣!?」
なんか一気にファンタジックになったなオイ。
「おや……魔術関係に詳しそうな子が居るね? しかも声からして女の子のようだ。もしかして悠麻、ナンパした?」
「お前じゃないんだ、誰がナンパなんかするか」
ついつい声が低くなる。それに対してマティアスの声は明るい。
「あははっ、冗談だよ。場所と時間からして、お昼は食べちゃったかな? 用事は済んだから、そっちに向かおうか?」
「そうしてくれる助かる。そっちの場所が分からないからな」
「オーケイ♪ じゃあ、店の前で待っててくれるかい?」
「了解」
俺がそう言うと、伝声鳥はどこかに飛び去って行った。
「…………ちょっと」
「何だ?」
「今のも、あんたの師匠?」
「あぁ」
そう言うと、信じられないとでも言いたそうに、リシェルは大きく溜息をついた。
「何だよ」
「いや……あんたの師匠の存在が怪しく思えてきただけよ。もしくは、だいぶ断定されてきた、かね」
「あいつは充分怪しいぞ」
「それ自分の師匠に言う言葉?」
「おう」
2人で視線を合わせてから笑い合う。
「さて、店を出ましょう。師匠に言われたでしょう?」
「そうだな」
かたんと音をたてて席を立つ。トレイを片付けて、とりあえずは店を出た。