012
見知らぬ住宅街の中を、リシェルにしばらく着いていくと僅かながらも知る通りへと出た。
なんで迷子になったのかという耳に痛い質問を聞かれたが、最近になってここに来たと答えておいた。
とりあえずは納得して貰えたみたいだ。
「ここはどこなんだ?」
しかしながら、未だここの地理に疎い俺は彼女に確認をとる。
「ここ? この都市で一番大きな大通りよ。生活日用品から魔術に関するもの、たいていのこれらはすぐに見付けれるわよ」
彼女の説明を聞き、辺りを見渡す。確かに、そういった類の店が多い。
だからだろうか、この通りを行き交う人が視界の殆どを埋め尽くしている。
かろうじて隙間から店舗が見える程度だ。
「それにしても、人が多いな」
いつの間にか愚痴のように零していた。
「当然よ。さっき言ったように、ここで買い物をする人は多くいるし、今日は休日だから私たちが向かうように演習場に行く人もいるのよ」
「演習場もここの近くに?」
「そうよ。このままずっと真っ直ぐに行った先。魔術学院も……一応は隣に」
イマイチ歯切れが悪い。
一応、というのが気になり、それとなく聞いてみた。
すると、彼女は少し困った顔をして、
「見ればわかるわ」
そういった。
大して歩くわけでもなく、ものの十分ほどで大通りの端に着いた。
呆気に取られたが、俺が迷子になった時間を考えると、妥当かもしれない。
さすがに途中からは、マティアスに連れられていたこともあり、大体の場所は分かった。次は忘れることがないように、と心に決め、リシェルの後を追う。
「そういえば」
ふと思い出したかのように、リシェルは俺にそう切り出してきた。
「ユウマ、あなたは魔術は扱えるのかしら?」
これはまた。危ない話題だな。
とにかく、零式であることは隠したい。悟られるのもダメだろう。
「まぁ一応ってところかな。属性の付与なんかは全然なんだけど、魔力の扱いくらいなら」
「ふーん。それじゃ、その魔力を使って出来るのはどんなことなの?」
……これは。
どう答えようか。
俺はまだマティアスのものしか魔術を目にしてない。だから基準が分からないのだ。
初心者なら何が出来て、何が出来ないのか。下手をしたら、面倒なことに巻き込まれかねない。
「そうだな……魔力に指向性を与えて、簡単な攻撃と回復が出来るくらいかな」
「え?」
リシェルが呆けた顔をした。
なにか俺は悪いことでもしたのか……?
「攻撃と回復の両方!?
どういうことよ、説明しなさい!」
「い、いきなりなんだよ。説明しろっで言われてもな。こんなの普通じゃないのか?」
「そんなわけがないでしょ! あなた、そんな常識的なことすら知らないわけ?」
「えっと……俺の師匠も使えるんだけど。両方」
それもかなり熟練されたものだ。
「なによそれ、どんな師匠よ!」
希代の魔術師様です。はい。
とはさすがに言えないな。
「そもそも魔術は二つの要素に別れるの。攻撃と回復よ」
それくらいは知っている。
「それぞれを突き詰めれば、もう少し細かく分けられるんだけど……いまはいいわ。ねぇ、本当にあなたは両方使えるの?」
「まぁ、一応は使えるよ」
証明しようと思い、道端に落ちていた小石を拾う。
そして、それを宙に投げる。
瞬時に俺は、手を前へ突き出し、マナを探し、魔力へと変換。
留めることも程々に、狙いを定めて魔力の塊を小石へ放つ。
狙いは違わず、小石を正確に捕らえた。破裂音のようなものが、辺りへ響き、再び目を向けると小石はカケラへとなっていた。
続いて回復魔術。といっても基礎の基礎だが。
先ほどと同じ要領でマナを集め、今度は癒しの意味を与える。
今度はそれをリシェルに向かって流し込む。彼女は黙ったまま動いていない。
魔力の流し込みが終わり、しばらくすると、リシェルは渋々といった感じではあったが納得したようだった。
「……確かに、両方扱えているわね」
「だろ? ……でも、なんでそれがおかしいんだ?」
「はぁ……良いかしら、確かに魔術には攻撃と回復の二つがあるとは言ったけれど、それらを両方扱える魔術師なんて、まず居ないのよ」
……へ?
もしかして、やっちゃった?
「えっと……もしかして、俺は普通じゃないってこと?」
「ええ、そういうことね」
(ティ、ティアァァァァァァ!)
俺は心の中で師匠に文句を言うことしか出来なかった。なんで常識すら、教えてくれてないんだ、と。
「まぁいいわ。確かに珍しいけど、才能がある人は大抵使えるのだし。とにかく、まずは演習場へ行くわよ」
◆◇◆◇◆◇
「さて、着いた着いた!」
演習場に着いた途端、リシェルはまた元気になっていた。
「で、魔術学院はどこにあるんだ?」
着いたは良いが、パッと見て魔術学院らしき建物はない。
彼女が先ほど困ったような顔をしていたが、それと関係があるのか。
「こっちよ。……ほら、早く来なさい!」
「えっ、あ……うん」
リシェルに着いていく前に、ざっと周りを見てマティアスが居ないかを確認するが、いない。
まだ用事とやらは終わっていないらしい。
そこでやっと俺は、腰にぶら下げた小袋の中に大金があることを思い出した。
そして昼飯すらまだだということも。
この後、どうしようか。
空腹を感じながら、俺はリシェルを追い掛けた。