010
「あ、そうそう。悠麻」
「ん? なんだ?」
回復魔術を扱えるようになって数日。
俺が異世界から来たことは、隠すことが出来れば生活に困らないことを実感し(食事の好みや、時間の感覚などだ)、一先ずは基礎の基礎を、ひたすら反復練習している。
そんな中、マティアスが俺に言ってきたこととは……。
「今の悠麻が外に出たら、ほぼ確実に、それも短時間で肉の塊になって戻ることになるから」
「……マジ?」
「出てみる? 特別に風の飛行魔法を見せてあげるけど?」
笑ってない笑顔で言われては、ぐぅの音すら出なかった。
飛行魔法には、興味が尽きないのだが……。
「でも訓練用のライビングは、難無く倒せるけど?
たしか、強さはそこまで変わらないんだろ?」
今使っている、魔力の塊をぶつけるだけでも、充分に対処は出来ている。
しかし、マティアスは重い溜息を吐いた。
「確かに、強さは変わらないよ。でもね、あれくらいの強さのライビングは群れを作る。
どういうことか解るよね?」
理解。一匹でも、やっとの俺に、太刀打ち出来るわけがないと。
回復魔術も宛には出来ないしな。
回復魔術で出来るのは、疲労の回復と、自己治癒能力を高めること。肉塊を再生は出来ない。
上手く扱えることが出来れば、身体能力の上昇にも繋がるらしいが、残念ながらそれはまだ出来ない。
「というわけで、属性付与についての講習だ」
「やっとか……」
「と、言いたいところだけど」
意気込みの出鼻をくじかれるとは……。
「まずは確認だ」
「確認って……今更なんのだよ」
「まぁまぁ。そんなに不機嫌にならないで。重要な事だからさ 悠麻、今は魔力を扱うときに異物感はどれくらい感じる?」
「今なら大分、慣れたかな。感じなくなった、って言うよりは、それが当たり前になったって感じ」
「それなら……大丈夫かな?」
「なにか心配なことでもあるのか?」
「まぁね。零式は初めて見るから、やっぱり勝手が僕でも分からないんだ」
零式。最近の悩みは実にこれしかない。
生活になれてはきたが、慣れない魔力というものを扱うことで、多少なりとも疲れがある。
そんな調子だから、いきなり何かしらの異常がないとも言えないらしい。
「一応は大丈夫そうだね」
「まぁ、うん」
返事をしつつ、手の平の周りのマナを魔力に換え、留める。
それを側にある樹木へとぶつける。
それだけで、幹に拳大の穴がぽっかりとあいた。
「こんなもん、かな」
「まずまずだね。純粋な魔力だけでこの威力は、さすが零式と言ったところかな?」
「たしかに、制限なく自分の好きなように魔力を使えるのはありがたいな」
「でも、無理は絶対に禁物だ。恐らくだけど、零式のやり方は僕らが使うものとは、体力の減りが違う。
過信して、無闇に使うと、魔力切れはなくても体力切れになりかねないからね」
「それは……まぁ確かに嫌だよな」
しばらくは自分の扱える魔力と体力のバランスを掴むように言われた。
そして、なるべく効率よくしろ、とも。
そんな会話を区切りに、今日の鍛練は終了した。
マティアスがその場で手をかざし、あの白い光を燈す。
すると、どこからか扉が現れ、俺たちのいる場所と通路を繋げた。
受付で礼を言い、使用後の手続きをする。
今日はそのまま帰ろうと思ったのだが、受付にいたエーファに呼び止められる。
「申し訳ありませんが、魔力登録の方をして頂けますか?」
どうやら、最新にマティアスがした手続きの他にもしないといけないものはあるらしい。
魔力登録の概要聞くと、個人として利用するときに必要なことらしい。
そもそも、魔力は各個人で微細ながら違う部分があり、それにより個人を判別することが出来るらしい。
ここでは、安全や個人情報を守るために、その特性を使うことで、ブースを一時的に個人専用にすることが出来るらしい。
その役目を担っているのが、扉。
マティアスが毎回毎回、扉に向かって光を燈すのは、彼の魔力を認識させているらしい。
マティアス自身の説明もあり、なんとなくは理解出来た。
魔力自体は扱えるようになったので、問題はないだろうと言うマティアスを信じ、魔力登録をすることにした。
普通の人とは違う魔力の感じが違うことに疑問を持たれ、冷や汗をかきはしたが、そこは以前にも使ったあまりない文化園ってことで納得して貰った。
ちなみに、今の俺の髪はマティアスの薦めで染めてある。
染色剤が一色しか見つからず茶色だ。本当はもう少し試したったんだけどな。
「この後はどうするんだ?」
「そうだね……僕は少し用事があるから、悠麻、少し街を見てきたらどう?」
「一人で、か? 金もないのにどうしようもないぞ?」
「お金くらいなら、僕が出すさ。あんまり多くは無理だけどね」
そう言って渡してきたのは、小袋いっぱいの銀貨だった。
「……充分過ぎないか?」
「え? そう? 遊んでたら、それくらいすぐに飛んでいくよ?」
こいつ……微妙に感覚がズレてやがる。
この世界での通貨は、鉄、銅、銀、金、水晶、の五種類で統一されているらしい。
また、それぞれの硬貨が百枚単位ごとに一つ上のランクと同じ価値になる。
つまり、金貨一枚は、銀貨百枚分。
そして一人が生活する上で、贅沢をなるべくしない生活ならば、一日なら鉄鋼貨三十枚もあれば充分らしい。
多少の娯楽に興じるとしても、銅貨一枚あればお釣りがくる。
これで分かるが、俺の手元にあるのは莫大な金額だ。
明らかに不相応。
「今は銅貨はないのか?」
「ん? 銀貨しかないけど?」
それがどうかした?
そんな顔で見てくるマティアス。
そんな彼を見て思わずため息が出た。
しかし、せっかくなので礼を言い、俺は街へと行くために演習場から出るのだった。