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「うぅ。」
弥生暁は、今日も朝の通勤ラッシュで揉みくちゃになっていた。
東京に上京してきて三ヶ月。
田舎とは違う生活や雰囲気にも慣れてきたが、これだけは慣きれない。
暑いし、苦しいし、痛い。
ましてや、女の人に触ったら痴漢騒ぎだ。
気をつけないと。
心の中で繰り返し繰り返し呟いた。
あと一駅。
今日の苦痛ももうすぐ終わるはずだった。
「うわッ」
停車と同時に車内が大きく揺れ、なだれた重みがいっきに押し寄せる。
身体は重みに耐え切れずいっそ周りの人と接触した。
「痛ってぇ」
あれ??
背中は痛いけど、前は痛くない??
「・・・あのぉ」
相手の一言で我にかえり頭の中が真っ白になった。
「す、すみません!!こ、こっこれはただのアクシデントです!!すみませんでした!!」
全力で人を掻き分け、ホームへ身を投げ出した。
ついにやってしまった。
しかも、抱き着くだけでなく右手がズボンの中に...
思い出すだけで顔から火がでそうだ。
「今日は一日中上の空だったね。」
幼なじみの流我時雨がニコニコしながら話し掛けてきた。
時雨とは中学からの親友だ。
正門に向かって歩きながら朝の出来事を話すと、予想通り笑われた。
「そんなの気にすることないよ。通勤ラッシュだったんだし、ぶつかるのは日常茶飯事だし。」
「そーだよな。もう時効成り・・・」
「やっと見つけた。」
俺の言葉は正門の横から出てきた男の子に遮られた。
「すごく探したんだけど。」
見覚えのない男の子は俺にむかってそう言った。
「知り合い??」
「・・・いや、知らない。」
「あんなことしといて覚えてないの??」
「はっ!?」
「暁。見損なったよ。彼女と長続きしないからって、こんな子に手を出すなんて。」
「お、おい!!俺はそこまで落ちぶれてねぇ!!」
「会ったのは今日が初めてだよ。朝、電車の車内で。」
「へっ??もしかして、朝車内で俺が・・・」
「そうだよ。だから責任とって。」
「時効は成立しなかったみたいだね、暁。」
時雨が笑いをこらえながら俺の肩を叩いた。
「で、俺にどうしろと??」
「僕の主人をなる契約を結んでほしい。」
「しゅ、主人!?」
その声はファミレスの店内に響き渡った。
何だこの子は!?
新手の詐欺??
それとも恐喝??
突然の要求に冷や汗だけがただ流れた。