魔眼の姫と堅物近衛
その双眸は魔を帯びる。紅の宝石に見つめられれば、男女を問わず心を奪われる。
王城の中庭で、煌びやかな装飾品を纏った少女が悩ましげなため息を吐いた。口元へと近付けた琥珀色の水面が吐息に揺れる。
「ねえ、こんなにも熱い視線を送っているというのに。少しはこちらを見ても良いんじゃない?」
桃色の唇を尖らせ少女が拗ねたように甘く囁く。対面する近衛騎士は立ったまま、にこりともせずに被りを振った。
「これでも身辺の護衛中です」
「じゃあ命令。座って。美味しいお茶を飲んで、あたしの目を見て、それからあたしに恋をして」
「受諾できません。王の命に背くことになります」
「つっまんない男」
そう言って少女が勢いよく茶を飲み干す。ソーサーをテーブルに置くと自然な所作でおかわりを注がれた。
先日の、とポットを置く前に男は切り出した。
「隣国からの使者の男は?」
「いつも通りよ。可愛く微笑んだらあたしを好きになったから、そのまま内通者として国に帰ってもらったわ」
「それは王の指示で?」
「それ以外に何があるのよ。あんな嫌な男に好意を向けられてあたしに何か利益がある? あんた知ってる? うちの兵を馬鹿にしたのよあいつ」
苛立たしそうにそう言って少女がまたカップを大きく傾ける。注ぎ直されたばかりの茶に焼かれ、赤くなった舌を突き出した。
「あっついわよ馬鹿、火傷したじゃない」
「それは大変な無礼を」
「馬鹿じゃないのかって顔に書いてあるわよ」
男に差し出されたハンカチで口元を抑え少女が悪態を吐いた。ふと、鼻に嗅ぎ慣れた匂いが届く。少女は嫌な顔をして男にハンカチを突き返した。
「返すわ。血の匂いがする。あんたまた怪我してるでしょ」
懲りない男、と少女がまたため息を吐いた。
「あたしを護って殊勝なことね。近衛の鑑だわ。今度は何? あたしに焦がれた商人が城に忍び込んだ? あたしを下賜してくれってお父様に迫った兵がいた? それとも、さっき言った使いを斬ったわけ?」
「王より口外が許可されていません」
「はい出た。何でもお父様の言いなりになって、馬鹿みたい」
「……貴女様こそ、本当は力を使われることを望んでいないのでは?」
「不敬。面倒だけどしょうがないでしょ。うちみたいな小国がやっていけてるのは、あたしのおかげなんだから」
あーあ、と空を仰いでから少女は椅子を鳴らして立ち上がった。倒れかけた椅子を近衛騎士がさりげなく支える。
少女が無言で手を差し出す。恭しい動きでそれを取った男は、姫君を中庭の入り口へと先導した。
「いつか必ずあたしに惚れさせてやるんだから」
そうして手など振り払って何処へなりとも逃げてしまえと、いつかきっとこの騎士にそう命じてやるのだと、未だ幼い妖艶な笑みの下で少女は考えた。




