EP 4
迷宮の首都高と、下町もんじゃのコテ捌き
箱根の温泉で一泊し、心身ともにリフレッシュした佐藤家。
エスティマは東名高速道路を快調に飛ばし、いよいよ日本の首都・東京へと足を踏み入れた。
ビル群が壁のようにそびえ立ち、空を幾重にも覆い隠すコンクリートの道。
ジャパンカップのコースの中でも屈指の難易度を誇る迷宮——『首都高速道路』である。
「うわぁ……道がごちゃごちゃしてて、わけわかんねえ!」
後部座席でナビの画面を覗き込んだ信長が、目を回したように声を上げた。
右から合流してきたかと思えば、すぐに左の急カーブ。分岐に次ぐ分岐。おまけに、短い合流車線にはトラックやタクシーがひしめき合っている。
他県から参加しているラリーのライバルたちも、この特殊な交通事情には大苦戦していた。
『クソッ! 次はどっちだ!? 右か!?』
『おい、あのタクシー急ブレーキ踏みやがったぞ!』
何台もの派手なスポーツカーやラリーカーが、分岐を間違えてあらぬ方向へ飛ばされたり、車線変更のタイミングを掴めず渋滞に飲み込まれたりしていく。
馬力や最高速など、ここでは何の役にも立たないのだ。
「こりゃあ酷えな。母さん、大丈夫か? ナビ見てやろうか?」
助手席の鷹人が心配そうに声をかけるが、ハンドルを握る恵の表情は、驚くほど涼しげだった。
「大丈夫よ。特売日のスーパーの駐車場に比べたら、みんな規則正しく走ってくれてるわ」
恵の目は、前方の車列だけでなく、隣の車線、さらにはミラー越しに後方の動きまでを完全に捉えていた。
「あのプロボックス、営業マンが急いでるから次で車線変えるわね。……ほらね。で、あのトラックは荷物が重いからブレーキが早いはず。だから今のうちに右へ……と」
スィーッ、と。
エスティマは、まるで渋滞の波を縫うように、滑らかに車線を変更していく。
恵の脳内には、飛び出してくる自転車や、予測不能な動きをする下校中の小学生を20年間避け続けてきた『オカン・センサー(超絶危険予測能力)』が備わっているのだ。
「すげえ……周りの車が、母ちゃんに道を譲ってるみたいだ」
信長は、窓の外をスルスルと後方へ流れていく大渋滞を見ながら、ただただ感心するしかなかった。
首都高の複雑な合流も、恵にかかれば「給食の配膳待ちの列を整理する」のと同じである。エスティマは、渋滞でイライラしているガチ勢たちを尻目に、あっという間に都心を抜け出した。
「はい、浅草に到着〜!」
エスティマが向かったのは、第3のチェックポイントである浅草の雷門周辺だ。
下町情緒あふれる街並みを少し歩き、路地裏にある年季の入ったお好み焼き・もんじゃ焼きの店へとのれんをくぐる。
ジュワァァァァァッ!
店内に足を踏み入れた瞬間、ソースの焦げる香ばしい匂いが鼻腔を強烈に刺激した。
「うおおおおっ! 腹減ったああ!」
「はいはい、信長は落ち着いて。すみませーん、明太子もちチーズもんじゃと、この特大豚玉、あと海鮮ミックスもお願いします!」
鉄板の前に陣取った佐藤家。
運ばれてきたボウル一杯の具材を見ると、鷹人と信長の目の色が変わった。
「おう信長。もんじゃってのはな、土手を作るのが肝心なんだ。基礎工事と同じだぞ」
鷹人は、小さなコテ(はがし)を左官職人のような手つきでクルクルと回した。
「左官職人のコテ捌き、見せてやる。完璧な円形の土手を作って、一滴の汁も逃さねえ!」
「親父、それじゃ遅いって! 俺のリストの強さを見せてやる!」
信長は、キャベツの入ったボウルを両手で持ち、凄まじいスナップで鉄板の上に具材をぶちまけ、猛然とコテで刻み始めた。カチャカチャカチャ! と、鉄板から甲高い音が鳴り響く。
四番打者のリストの強さが、まさかのキャベツの千切りで火を噴いていた。
「ちょっとあんたたち、遊んでないで早く焼きなさいよ。千姫がお腹空かせてるでしょ」
恵は呆れたように言いながら、隣のスペースで手早く豚玉をひっくり返した。給食で鍛えられたフライ返し技術により、お好み焼きは芸術的な弧を描いて裏返る。
「ちーちゃん、あちち、たべるー!」
「はい、千姫ちゃんはこっちの甘いソースのお好み焼きね。フーフーしてあげるからね」
ほどなくして、鉄板の上ではアツアツの明太子もちチーズもんじゃがグツグツと煮立ち始めた。
焦げたソースとチーズの匂いがたまらない。
「よっしゃ、完成だ! いただくぜ!」
信長が小さなコテで熱々のもんじゃをすくい、ハフハフと口に運ぶ。
「美味えっ!! トロトロのチーズに、明太子のピリ辛が最高だ! キャベツも甘え!」
「ガッハッハ! おこげのカリカリした所は親方の特権だぞ!」
鷹人と信長が、鉄板の上でコテをカンカンとぶつけ合いながら、熱々のもんじゃを奪い合うように食べていく。
その圧倒的な食べるスピードは、周りのテーブルの客が思わず二度見するほどだった。
「もう、火傷しないようにね。……すみません、豚肉入り焼きそば、特盛りで追加!」
恵の追加注文の声が店内に響く。
大都会のど真ん中で迷子になるラリー参加者たちをよそに、佐藤家は下町の鉄板を完璧に制圧していた。
都会のコンクリートジャングルも、この家族の食欲とチームワークの前では、ただの通過点に過ぎない。
ジャパンカップ・第3チェックポイント、東京都。
佐藤家、ソースの匂いを漂わせながら、無事クリア!




