第五十三話 元亀二年、変革の刻
この作品は、歴史的な史実とは別次元の物語です。
妄想的で非常識、そして変態的な展開ではありますが、
今後ともよろしくお願いいたします。
衛星が通信の不具合を解消した。一番喜んでいるのは小太郎(六代目)だろう。情報は風魔にとって武器だからな。北条家は諜報部を正式に立ち上げ、その身分を武士とした。
これは、幻庵(高橋是清)が作り上げた、内政、外交、そして裏方の諜報という三部門を育てた結果だ。部門間での地位の格差はなくしたわけだ。裏では「幻庵組」と呼ばれているらしい。俺は幻庵組の幹部と思われている。
それと、「氏康組」(石原莞爾)もある。これは軍事のイロハを教える特別なクラスで、今は陸と海部門があり、空は陸海に付属している。
今後、陸海空の三編成で、統合幕僚長は氏康が継続して務める予定だ。死んでからになるが、宇宙軍の資料も用意している。
最近は横須賀造船所で核融合空母「早雲」が完成した。護衛艦「早雲」「氏綱」をレールガン搭載と核融合動力に改造して、名前も護衛艦「相模」「武蔵」に変えた。さらに新造艦の護衛艦「伊豆」「下総」の四隻が護衛し、試験運行を行った。
そして海中では、核融合潜水艦「風間」が同行した。F2戦闘機とC-2輸送機、UH-60Jヘリの試験飛行を兼ねて伊豆大島へ向かう。風魔の落下傘部隊の訓練も兼ねての訓練だ。
この年、レパントの海戦でオスマン艦隊がスペイン連合艦隊に大敗したというニュースが世界を騒がせた。当然、北条にも情報は伝わり、俺は知っていた。しかし、ユダヤ人のジョアンが訪ねて来るのを待っていた。数ヶ月後、青い顔をしたジョアンがやってきた。正確な情報を収集していたのだろう。
「直道は預言者か?……」
俺は、情報を分析して一番可能性が高い答えがこれだと伝えた。加えて、
「これから大帝国が数百年かけて衰退していくよ」
ジョアンは頷いて、安住の地の話をした。フロリダはスペインからフランスに変わり、居住地を追われた現地民が助けを求めて来ていて不安定だ。一方、タスマニア島は安定しているという。
「タスマニア島に同胞たちを移民させるのに協力してくれないか?」
「もちろん、移動に関しては問題ない。望むなら、インフラも協力する」
こうして移民計画が実施された。ジョアンは世界各国にいる同胞に声をかけ、我々は河川工事と宅地の整備を、メルボルンの平塚組が地元民を雇用してタスマニア島でインフラ整備を行うことになった。ホバートに港を作り、大きな事務所の建設と仮設住宅などを造ることから始めた。移民は数年先になるのか、先遣隊が今年中なのかは不明だが、バックアップはするつもりだ。
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元亀三年頃の反織田信長戦線は、本願寺を軸に北の朝倉・浅井両氏、南の松永・三好両氏、さらに本願寺との姻戚関係などによって、織田信長の大包囲網が形成されていた。本来、武田家が加わるはずだったが、今川侵略の際、北条家との戦によって主が不在の状態で、残った少ない家臣が維持しているものの、崩壊寸前だった。
北条家は、ここ十年で急激に近代化が進んでいる。領内の河川工事、農地整備、鉄道の延長が進み、建築会社は休む暇がないほど予定が埋まっている。江戸城を皇居に作り替えるにあたって、間取りなどを二条家を中心に打ち合わせし、素晴らしい皇居ができるはずだ。世の中が安定したら、京の御所も建て替える予定でいる。
江戸に滑走路を作り、飛行機で移動することを考えている。長距離移動のため、ハワイとロサンゼルスに滑走路を作る予定だ。今は、江戸から大島での運行訓練を兼ねて計画中だ。領内のパイロットの職業はエリート層で、人気の職種である。
天正元年七月、足利義昭は、御所を三淵藤英に守らせ、自らは槙島城に立て籠もり再び挙兵するが、七月に室町幕府は滅亡した。八月、信長は浅井長政討伐に向かう。浅井氏救援のため進出してきた朝倉義景と激戦を繰り返したが、撃退した。義景は山田庄賢松寺で自刃した。
翌月、小谷城が落城する。浅井氏が滅亡し、その旧領は木下秀吉に与えられた。長政室の小谷の方(恭の方)と子の三姉妹は、落城直前に救出された。
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北米では、ヒューストンから三機の通信衛星を打ち上げ、北米との連絡を取れるようにした。ハワイを経由せずに連絡が可能になり、日本から北米へ直接通信が可能になったのだ。
サンフランシスコ周辺では、トングヴァ族が中心となり自治国を作り建国した。ロサンゼルスかサンディエゴの海岸から内陸までを北条領とした。
ホピ族は自治国を作らず、フェニックスとツーソンで領土の共存の道を選んだ。
プエブロ族はシウダーフアレスに自治国を作り、川を挟んでエル・パソと姉妹都市として共存していく道を選んだ。
サンアントニオは、カランカワ族から河川工事と農地整備を条件で共同自治となり、隣のヒューストンもタカパン族が河川工事と農地整備を条件で共同自治となり、都市間の道路を作り始めた。
天正二年、氏政は八月に氏直に家督を譲って隠居する。
道路が遠江、上野、下野、常陸と、端まで伸び、越後へトンネル工事も始まった。越後では関川の河川工事が完成し、信濃川の河川工事と、高田から村上までを結ぶ道路も順調に進んでいる。
天正三年(1575年)、長篠の戦いで勝利した信長は、信忠の活躍に対して岐阜城を与える。以前、今川攻めの時に武田家の二人は人質として北条家で預かっている。主要な武将が戦死していることを信長は知っていて、武田家は信長に任せることで話がついている。こっちは、相模を中心に西は遠江、東は関東全域、北は越後、南は伊豆と広範囲だし、内政を中心に活動している北条家は忙しいのだ。
天下は信長に任せる。
幼稚で語彙力が乏しいことは自覚しておりますので、
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