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戦国鍛冶屋のスローライフ!?  作者: 山田村


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第四十三話 天文十二年、馬と開拓



この作品は、歴史的な史実とは別次元の物語です。

妄想的で非常識、そして変態的な展開ではありますが、

今後ともよろしくお願いいたします。






 京から、食えない下家や、ここ数年で半家・名家・羽林家の子息の皆さんも年々増えている。流石に摂家や清華家、大臣家に関しては別枠で対応している。天文十二年は近衛、飛鳥井、山科の面々で北米ツアーを予定している。外の領土が気になる様だ。


 帰りはオワフ島の基地で補給の間、リゾートを楽しんでもらう予定だ。パールハーバー周辺のみ領地の許可をもらい、周囲の住民に無償でサトウキビ畑やゴムの木の栽培を整備して、住民と互いの利益を共有し、良い関係を築いている。


 天文十三年十月、機関車が開通した。今更だけど蒸気を飛び越してディーゼル車だ。横浜から小田原、横須賀への路線だ。立ち乗りで二百人、五両で千人移動できる。

 座席車両も用意した。こちらは百人でお偉いさん専用だ。有事の時は車両を増やし運行する予定だ。今後江戸まで繋げる予定だ。

 機関車は北米の移動にも使う事が決定している。北米には鉄鉱石鉱山が沢山ある。近場のユタの鉱山、アイアン・マウンテン・ディストリクトからと、近場のカリフォルニアの鉱山も検討中だ。

 北条とニューメキシコのプエブロ族がユタのプエブロ族と交渉して鉱山から鉄鉱石を掘る許可をもらい、次に高炉を作り、鉄を生産販売する会社を共同管理した。ユタのプエブロ族は土地の使用と労働力を、北条は鉱山や高炉に関する建設を担当した。ここも間もなく自治国になる。

 この時代の北米は、領土への意識が薄いカリフォルニアの現地民に交渉すれば、パーマネンテ採石場の石灰石をはじめ、さまざまな地下資源も、許可さえあれば掘り放題だった。そして、それは互いの利益が合致する関係でもあった。


 この頃はスペイン人フランシスコ・バスケス・デ・コロナドが黄金の七都市の神話を探してうろついている。見かけたら通報してもらい北条で対処する予定だ。こいつらは地元民をだまして金を探しに来てる奴らだから、こちらが先客だという事を分からせなければいけない。


______


 天文十四年、七月、今川義元は両上杉氏と連携し、氏康(石原莞爾)に対し挙兵した。義元は、氏綱さんに奪われていた東駿河を奪還すべく攻勢をかけた。駿河に急行するものの、両上杉氏が大軍で河越城を包囲したという知らせが届き、東駿河の河東地域を義元に割譲することで和睦する。


 一方、古河公方・足利晴氏が連合軍と密約を結び、河越城の包囲に加わった。八万の連合軍に包囲された河越城は籠城戦に耐えるものの、北条本軍は劣勢の様に見せた。


 氏康(石原莞爾)は両上杉・足利陣に「これまで奪った領土はお返しする」との手紙を送り、油断を誘った。そして翌天文十五年、連合軍に対して夜襲をかける。


 この夜襲で上杉朝定は戦死し、扇谷上杉氏は滅亡し、上杉憲政は上野国平井に、足利晴氏は下総国に遁走し、河越夜戦を勝利した。氏康(石原莞爾)は夜襲をかけなくても勝てたが、史実どおりに動いた。

 注意人物の小田政治・太田資正・小幡憲重・長野業正は、夜戦の始めの合図として四名をスナイパーライフルで射殺した。


______


 去年から北米ユタから留学生が卒業して地元に帰って行く。一年で半数は帰り、ユタで自治国の基礎を作るはずだ。ニューメキシコのプエブロ族では、二度目の留学生も出てきた。学び足りない人、音楽や芸術を目指す者、武道を目指す者、そして学問、医療や工学といった専門分野や教育など、多岐にわたる。


 前世では虐殺され、インディアンと白人に名称された民族だから、文化や技能と武力が略奪者と同等以上であれば、あの歴史を繰り返さないだろう。


 北米の現地人は初め、馬?何?と言う状態で、西部劇の裸馬を颯爽と乗りこなすイメージが崩れた。現地民は馬に乗る文化が無いのだ。多分、馬が居たとしても狩りの獲物という認識だろう。


 馬に乗る事がなかったので北条で乗馬を覚え、地元で普及していった。これが地元で人気になり、一部の有力者のステータスだ。北条でも馬はそうだが、大分敷居が下がってきている。


 アラブや、のちのムスタングの原種やフランスのペルシュロン種やブルトン種をアウミールから仕入れ、飼育繁殖された馬を輸出している状態だ。足の早い馬をかけ合わせ、より早い馬に、力強い馬も同じで、巨大な力強い馬が出来上がっていく。


 馬は恩賞として与えたり、噂を聞いた他国の商人が買い求めたり、贈り物としたり献上したりと、相模馬のブランドは日ノ本に知れ渡ってきている。ただし、領外には出さない様にしているので、特定の人物(国主クラス)限定のプラチナブランドとなる。


 今年の運動会の締めはリレーではなく、北条競馬を単勝のみ販売で開催した。チェスター競馬場より五年後の開催になるが、日本では初開催だ。


 直線からゴール直前になると領民の怒涛の声援と歓声が鳴り響き、一等の馬を当てた人の歓声と落胆の声がこだました。因みに馬券は金のある人は誰でも買える。大変盛り上がり、氏綱さんも満足していた。


 翌天文十六年、引退して半年前にオワフ島で静養していた氏綱さんが、ハワイの城で死去した。六十歳。史実より五年長生きした。




幼稚で語彙力が乏しいことは自覚しておりますので、

誤字のご指摘は大歓迎です!

最後までお読みいただき、ありがとうございます



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