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プロローグ 1

 序盤シリアスですが、抜ければ基本ラブコメなので……

 最後の一撃を叩き込むため、ラルフと僕は魔王へと駆けていく。下から上への突きを狙うラルフに合わせて、僕は上からの攻撃を試みる。今までの戦いで何度も決め手となった僕らの挟撃。全員ボロボロだ。ラルフは投石により右目を潰され、僕は肩の辺りの神経を撃ち抜かれ、僕は利き手である右手の感覚が全くない。左手に握り変えたはいいものの、どうやって剣を振ればいいかわからない。指を一本動かせているだけでも奇跡、限界だ。再び右手に持ち変えようとも考えたがもう動き出してしまったのだ。今更無駄な動きはできない。左足と右腕を失い、魔王の魔力は枯渇している。だが、魔王はいまだに世界を支配することを狙う、欲を秘めた目を持っていた。


 魔王はラルフの槍を間一髪で躱し、返す刀でカウンターをいれようとしていた。それを何とか剣で制し。正真正銘最後。ラルフの渾身の二撃目が、魔王の眉間に突き刺さった。即死だ。そう思った。魔王は今まで戦った誰よりも強かった。守りを担当するシルバは、初撃を盾で受け止めたものの致命傷を負い、後方でノエルのヒールを受けている。そこからは僕とラルフでヒットアンドアウェイ作戦でじわじわと削り、エルフのエミルのデバフ、ダークエルフのサフィのバフと、世界中から集められたパーティー一丸となってここまで来た。


 僕は油断していた。僕達との最後の攻防の間に魔王の魔力は極々少しだけ回復していたのだ。もともと莫大な魔力を持つ魔王のほんの一厘の魔力で、人を殺めるのには充分だった。戦闘から離れ、油断している二人。魔王のだらんと弛緩したと思われた身体が急に生を取り戻し、その二人を指差した。身体中から絞り出すようにした魔力を指先に集め、光線が放たれる。その軌道上に何とか体を捩じ込む。心臓の辺りを痛みが突き抜ける。僕の体で軌道が変わった光線は二人には当たらなかった。


「見、事よ……。守、り切るか……」


 魔王の賞賛が聞こえた。そこで僕の記憶は終わった。


ノエル


 私はシルバの容体が安定したのを確認して、エランの元へ駆け寄った。魔力の残量的に、回復魔法は使えない。あぁ、もう手がこんなに冷たい。ギリギリまでは応急処置をして、魔力の回復を待つしか無い。


 縫合の準備をしつつ指示を出していく。


「エミル、心臓のとこ抑えて。もう直接握って! とにかく血を止めて」


 エランの心臓は露出していて、ポッカリと穴が空いていた。病的に汚れることが嫌いで、不衛生なものに触ると震えが出てしまうエミルでさえ、何も考えずに心臓を握った。拍動の度に血が吹き出し、エミルの顔にかかり、服を汚した。サフィは身体能力向上のバフと脳内の快楽物質を増やす魔法をかけているが、全く効いているかわからない。


「ねぇ、ノエル、これ効いてるの?」


 サフィのほぼ絶叫に近い声に、私も


「わかんないよ!」


と叫び返した。エミルも私もあんまりにも虚しくなる。


「ラルフ! 私の服破って穴が空いてるところに突っ込んで! とにかく止血しないと!」

「あぁ!」


 ラルフは迷いなく服を引きちぎり、茫然状態のサフィをどかして服を突っ込む。


「ありがとう。もうこのまま縫う」


 早く、早く回復してよ私の魔力!


 できるだけ早く、拍動のない心臓を縫い合わせていく。


 消し飛んだ部分が多すぎる。というか心臓以外の部分の処置もしないと。もう心臓動いてない。でも、血は止まってる? 違う、これもう体に血がないんだ……。取り敢えず縫合は終わった。


「ヒール! あぁもう!」


 体に魔力は無く、何も起こらない。やれることをやるしか無いのだ。


「人工呼吸! ラルフ、心臓マッサージお願い」

「あぁ……」


 エランの口から空気を入れようとして、屈んで唇に触れたところで私の心は折れた。あまりの冷たさに急に冷静になった。


「拍動の停止」

「やめろ、人工呼吸始めろ……。お前の指示だろ!」


 ラルフの声が震えている。今まで前衛で戦ってきた二人の絆は強い。ラルのエランへの思いは強いものだろう。


「呼吸の停止」

「おい! ぶつぶつ言ってねえで早く治療しろ!」


 全てから逃げ出すようなラルフの大声が私の耳に入ってきたけど、それが酷く遠くに聞こえた。


「瞳孔の拡大」


 辺りを照らす魔法のライトを使おうとしたができなかった。かと言って、対光反射が無いことくらい、光の無い目を見ればわかることだった。エランが死んだ証拠ばかりがそこにあった。

「勇者、エランのし」


「エランは死なねぇ! こいつが死ぬわけないんだ。そうだろ? 今までだってそうだった。四天王との戦いの後もボロボロで! 死にかけたけど生きてたんだ。今回だってそうだろ?」


 私もエランは死んでいないと思いたかった。だが、私を勇者パーティーにまで導いた知識が、経験が、目の前の死を強烈に知らしめる。


 エランとは、幼馴染だった。同じ村で生まれ育った。私とエランが数えで十歳の時に、この村に勇者が暮らしているという予言があり、予言された男の子はエランの特徴と一ミリのズレもなかった。すぐに国の偉い人が来て、エランを連れて行った。私はエランが乗る馬車をを追いかけて、転んで、顔を打って鼻血を出したのを覚えている。私はエランと同じ場所に行くまで必死に努力した。幸い才能があって、環境があった。勇者を生み出した村としてして観光地になり、宿屋だった私の実家は裕福になった。同年代の子達が働きに出る歳になっても、医学を学ばせてもらい、神聖力を伸ばすために修行にも行かせてもらった。医療所で実績を積み、勇者パーティーの選抜試験を突破して、久しぶりに会ったエランに会った時、私は泣いてしまった。


 「ノエル? ノエルだ! 久しぶり。ここにいるってことは勇者パーティーに入るってことだよね。心強いよ」


 そう言ってエランはくしゃりと笑って手を出してきた。私はその手をしっかりと握った。それから今、エランの死体が私の目の前に転がっている。あの笑顔を見ることはもうできない。


 赤い緩い水たまりは粘度を持っていて、立ち上がると糸を引いた。


 みんな、何も喋らなかった。シルバの寝息が聞こえる程の静寂は先程までの狂騒を嘘にした。全員、魔王を倒したことなど忘れていた。ここまでの目標をやっと達成したのに。誰もの心が曇っていた。


「んっ、ん」


 シルバの意識が戻ったようだ。生死の境目を彷徨っていたシルバだが、何とかこちらに戻ってこれたようだ。


「シルバ、大丈夫?」


 サフィが恋人であるシルバの身体を起こすのを手伝うが、シルバはまだ現状が理解できていないようだ。

「ま、魔王は?」

「倒したよ」

 サフィの返答は簡潔だった。


「やった、これで世界が平和に近づくんだね? ……みんな、どうして喜んでないの?」


 シルバは何かを間違えたことを察して、私たち一人一人の顔をおそるおそる見ていた。そして、私たちの勇者の姿が無いことに気がついた。


「ねぇ、エランは?」

「……」


 誰も答えず、エランの死体に目をやった。シルバは私たちの視線を追って、理解してしまった。


「嘘でしょ? エラン? エラン!」


 まだ完全に治っていない身体をひきずって進み、エランの遺体を揺らす。


「守れていれば、僕は盾師なんだ。僕が気絶していなければ良かったんだ!」


 私はもう何も見ないで欲しかった。回復のための魔力が残っておらず、医学に頼った治療をしていることがわかれば、シルバは尚のこと自分のことを責めるだろう。そして、その願いは届かなかった。


「この治療法を使ったってことは魔法は使って無いの? えっ? 僕が、僕がしくじったせいじゃないか。ノエルの魔力が無くて助けられなかったんだろ?」

「それは違うよシルバ、私の魔力が全部あったって無理だったよ」


 それは嘘だった。魔法が使える状態なら、問題なかった。エランを助けることはできた。でも、その事実を知って誰が喜ぶだろうか。シルバも多分私の嘘には気がついている。


「うっ、うっ」


 夢から覚めたばかりのシルバの方が、私たちよりも現実を直視できていた。誰も泣いていなかった。まだ本当に起こったことだと思いたくなかっただけだ。全身を使って泣いているシルバを見て、ようやく私も泣くことができた。


「さよなら、私の一番大切な人」

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