3.私、見つける
そんなこんなで、そこからは、とんとん拍子に事が運んだ。
荷物もなにも持たない私は、住む場所は村はずれの1軒家を貸してもらえることになった。
その家は赤い屋根で、小さな庭と短いポーチがついており、待遇のよさに恐れおののいた。
家の中は誰も住んでいなかっただけあって、家具も全然なかった。
床で雑魚寝でもしようかと考えていると村の皆さんが次々とやって来て食料・衣服・寝具など生活に必要な様々なものをくださった。
そんなに優しくしてくれなくても大丈夫だと伝えるが、皆揃いに揃って、町へ出た息子や娘のお下がりだからと笑って、荷物を置いていった。
優しくしてもらっている分際でこんなこと思うのもなんだが、この村の人達はちと優しすぎやしないか。
このままではいつか悪い人に簡単に騙されてしまうのではないかと心配になった。
また、職に関してはミーテさんが旦那さんと経営するパン屋で配達のお仕事をすることになった。
本来は夫妻の息子さんがその仕事をしていたらしいのだが、ついこの前町へ働きに行ってしまったのだとか。
アキド村はそんな感じで若い人は町へ出稼ぎに行くため、お年寄りが多い町であった。若くても40前後といったところであろうか。
その仕事に加えてもう1つの仕事をもらった。
隣のラカン村に子供に計算を教えにいくというものだった。
数字の表記は異なるが、この世界でも10進法が使用されているため、足し算・引き算・掛け算・割り算お茶の子さいさいだ。
ラカン村には子供がおり、学校があるらしいのだが、現在、算数を教えることのできる大人がいないらしく、私が駆り出されることになったのだ。
ラカン村にも計算ができる者は多くいるのだが、みな自己流で、不完全な点もあり、流れの商人にぼったくられることも少なくないらしい。
アキド村にも計算のできる人はいたが、何せみんながみんなお年寄りのため、授業がある度に隣村まで行くというのが不可能であるのだ。それらの点で、私にぴったりの仕事であった。
いざ、新たな我が家へ!!
という良いところで村長からネックレスを渡された。紫色の宝石がついており、日本でいうヴァイオレットサファイヤに似ていた。(なんで私がそんなことを知っているかって??それは、宝石大好き人間の母親が欲しがっていたからだ!)
村長は外出時はそのネックレスを必ず着けるようにと言った。保護魔法がかけてあるという。
明らかに高そうな宝石であったため、返そうとしたが、ものすごい剣幕で睨まれたことと、私には自分自身を守るすべなどなということも相まってありがたく受け取ることにした。
今はもう我が家の布団の中で休んでいる。頂のものの布団だ。
昨日も今日も内容の濃い1日であったため、やっと落ち着くことができた。
布団の中で目をつぶる。
昨日はファンタジーだなんだと興奮していたが、頭が冷静になると寂寥感が広がる。
もとの世界に戻れるのだろうか。
家族とは仲が良かったのだ。
友達も人数は少ないがそれぞれとは深い関係を築けていたと思う。
彼らは私がいなくなっていったいどんな気持ちなのだろうか。もしかしたら、私は向こうの世界では死んでしまっているのかもしれない。
そんなことを考えながら泣いた。
嬉し泣きはよくしてしまうのだが、悲しくて泣いたなんていつぶりだっただろうか。
◇ ◆ ◇ ◆
ーー私がこの世界に来てから半年が経った。
こっちの生活にもだいぶ慣れてきた。
はじめの頃は、自分が魔法を使うことができなくて絶望したり、魔法を使えない人にとっての生活の動力源となる魔法石を使いすぎてボヤ騒ぎを起こしたりもした。
最近では、パン屋の配達という仕事のお陰もあって、誰がどこに住んでいて、どのような家族関係であるのかなどもすっかり覚えてしまった。
私が21歳だと知り、近所のユリアおばあちゃんはぎっくり腰で5日立てなくなったのは今でも笑い話になっている。
そんなこんなで、私は楽しい毎日を送っている。
今日は午前中にラカン村で算数を教える予定だ。
学校には7歳から15歳ぐらいの子が通っている。学校の子達は皆素直でいい子だ。生意気な子もいるがそれもまたご愛嬌。
また、算数の時間だけ22歳くらいまでの人も授業をうけている。彼らは算数の先生がいない間に学校を卒業してしまったらしい。
約7年間もの間、算数の先生がいなかったなんて吃驚だ。この世界はなにかと色々ゆるそうでこっちが心配になる。
教室につくと既にほとんどの生徒が座っていた。
「ハルせんせー!おはよー!!」
「せんせ、おはよ!」
「ハルー!おはよ!」
今日も私の生徒たちは可愛い。
「みんな、おはよう!」
デレデレしそうになるのをこらえて、
授業を始めたーー。
◇ ◇ ◇ ◇
今日の授業も終わり、アキド村への帰り道を急ぐ。
今日は午後からは休みなのでゲーテさんのお手伝いをすることになっているのだ。
お手伝いの内容は主に薬草や花摘みである。私が現れた例の森まで荷車で行くのだ。
荷馬車を使いたいところだが、私には馬は扱えないため使えない。荷馬車なら10分のところを荷車で40分だ。絶対に馬を扱えるようになると心に刻む。
ゲーテさんの家につくと、既に荷車が用意してあった。ちなみに彼女特製のパイと紅茶も一緒にである。これがまた美味しいのだ。
おばあ様要素がこんなにもたくさんあるのに、なぜ性格は『豪快』にステータスを全振りしてしまったのか。
人間って面白い。
そんなことを考えながらゲーテさんに声をかけ、荷車を押し始める。
森までの道すがら、大好きだったアニメのテーマソングを全力で熱唱するのが私の密かな楽しみなのである。11、12曲歌った辺りで到着した。
もう既にくたくたである。
カラオケがないんだ、ちょっとぐらい歌いたい。
森に着いてからはただひたすら薬草や花を摘んだ。薬草は根から丁寧に掘り起こし、花ある程度の長さの茎を残してハサミでカットする。
これがなかなか疲れる。
淡々とこの作業を続けるのだ。
ネックレスの加護魔法のお陰か、件の大きな虫も魔物も寄ってこない。
この作業をしているときは村長からもらったネックレスは外している。
それほど距離が離れていなければ、荷車に置いといても、虫はよってこない。
実験済みである。
もし首に着けていて少しでも汚したら、と考えての実験だ。
決して、汗で痒くなってたまたま荷車にネックレスを置いていたらその事に気づいたわけではない。決して。
作業をはじめてから2時間ぐらいたっただろうか。目的の8割ほどの量を、摘み終える。
残りは休憩してからにするとしよう。
さぁ、ここからが本番だ!!とばかりに荷車から紅茶の入ったポットとパイを取り出す。
キラキラと謎の光の舞う湖のほとりでプチピクニックをするのが私のお気に入り。
ちなみにそのキラキラは少しでも触ると私自信にまとわりついてくるので、魔法かかった気分も体験できるのだ。
また、湖の周りを囲むように、宝石のような花びらをもつ花が咲いており、ファンタジー気分を味わえる。
異世界すごい!
ルンルンと華麗なるスキップで湖に近づく。
ん??先客がいるようだ!
寝っ転がっている!私もいつもしてる!
ん?先客??
先客などいたこともない。
こんな辺鄙な場所来るのは村の人間くらいだ。それも主に私とゲーテさん。
歩を進める速度を落とす。
目を細め、遠くから観察する。そこには背丈は的におそらく子供であろう人間が寝転がっている。
服は赤い模様の入ったワンピースだ。この辺りにしては随分と奇抜な。
じっくりと周りを見渡し、他の人間が居ないかを確認するが、誰もいない。
もっとよく見ようと、ゆっくりと忍び足で近づく。
ーー次の瞬間、私は駆け出した。
子供の衣服に着いているのは模様でも何でもなく、血の乾いた後だ。
どうしてももっと早く気づかなかったのだろうか。
転がっていたいるのではない。倒れているのだ。
遠目から見えるだけでも物凄い血の量だ。命が危ないかも知れない。はやる気持ちを抑え、子供のもとへ急ぐ。
子供のそばまで来て、私は息を飲んだ。
ーー倒れていたのは、一瞬息をするのを忘れてしまうほどに美しい人形のような少年であった。