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小さな魔法の物語  作者: かほなみり
第一章
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アレクシオス


「体調を崩した?」


 運河と陸路を進み目的地であるグラウディファ王国へ到着したのは、アントレア王国を出発して一月ほど経ってからだった。

 母国を出発した頃は芽吹いていなかった木々が初夏を前に一斉に芽吹き、花々が咲き誇っている。

 アレクシオス一行は国境からさらに移動し、昨夜王都入りをしたばかり。これからいよいよ登城と言う時に、従者のテオがカードを手にアレクシオスの部屋を訪ねた。

 愛犬のレトがテオの足元をフンフンと匂いを嗅いで回るのを、蹴らないよう気をつけながらテオがアレクシオスにカードを見せた。


「先ほど王女宮から知らせが届きました」

「見せて」


 窓から街並みを眺めていたアレクシオスは、テオから王女宮の報せを受け取り中を確認した。

 金色に輝く魔法の印章が透かしのように入った白いカードには、ユーリエ第五王女が病み煩い(やみわずらい)のため出迎えられないことを詫びる言葉が書かれていた。


「――そうか。何ともなければいいけど」

「そもそも病み煩いなど、本当なんでしょうかね」


 従者のテオにカードを返すと、不満気に眉根を寄せた。


「婚約者になる王太子殿下と初めて顔を合わせるというのに、失礼ではありませんか」

「流行り病かもしれないだろう」

「ですが、体調管理がなされていないという点で婚約者となる姫は自覚が足りなさすぎます」

「テオ」


 アレクシオスは嗜めるようにやや強めにテオの名を呼んだ。ぐっとやや怯んだテオは、それでも言わずにいられないのか言葉を続ける。


「殿下、ユーリエ王女は我々の国の王太子妃、行く行くは王妃殿下となられる方です。今からこれでは先が思いやられるのでは」

「婚約はもう決定しているんだよ。噓を並べて会わないようにしたところで、今更覆ったりなどしないし、あちらに何の益もない」

「それが分からないほど」

「テオ」


 今度こそ強くアレクシオスがテオを制した。赤い瞳が強く光るのを見て、テオはさっと顔を伏せる。


「……申し訳ございません」

「貶めるようなことは言うな。私の妻となる人だよ」

「はい」


 アレクシオスは視線をもう一度街並みへ戻した。

 美しく舗装された広い大通りには馬車が溢れ、多くの人々で賑わっている。個人で開く小さな店から大きな店まで、活気にあふれた美しい街並みは、見ていて飽きることがない。

 アレクシオス一行がこの国に入ると、人々はまるで凱旋パレードを見るかのように喜び、歓声を上げた。この国の第五王女の婚約は国民の知るところであり、祝い事なのだ。少なくとも民心にそぐわない姫ではないのだろう。そのことにアレクシオスは安心していた。

 ユーリエ王女については特に素行に問題があるような話もなければ、目立った才能の持ち主でもないと報告を受けている。

 そう、何もない普通の末っ子王女。

 

(何にせよ、我々のような小国がこの国の王女を迎え入れられるんだ。それでどれ程の恩恵を受けられることか)


 ここから南東に位置するアントレア王国は、周囲を三国と海に囲まれた小国だ。大陸を横断する運河、そして出入り口にもなっている港を有するアントレアは人々の出入りも多く、多様な人種で成っている。

 過去には運河の利権を争い戦争も何度か起き、諸国と同盟を結びながらその土地を守って来た。

 大陸を流れる運河の大半はこのグラウディファ国内を横断し海へと抜ける。大陸の王者ともいえる豊かなこの国との繋がりを各国は求め、それはアントレアも同じだった。

 

(王妃と側妃が四名。その割には四名の王子と王女は五名しかいない。限られた繋がりを得られただけでも上出来だ)


 たかが対岸にある小国、だが良好な関係を築けなければ運河の運用は難しく利益も得られない。アントレアに反旗を翻す気はないが、グラウディファは機嫌を取るに越したことはないと考えたのだろう。

 もちろんアントレアもそれなりの対価を払うのだ。おかしな姫を寄越すようなことはないだろうとアレクシオスは考えていた。


(王太子妃として振る舞えるのなら、それ以上文句はない)


 この国の豊かさを実際に目にして、アレクシオスはこの婚約は国にとって利益となるだろうと確信していた。


 *


 宿を出発し王城へ向かうアントレア王国の行列は、その威信をかけたかのように豪華で堂々としたものだった。

 アントレアは小国ではあるが、豊かな資源と港の利益で国力を底上げし、多様な文化で構築された独自の文化を築き上げていた。先進的な技術を取り入れた馬車はグラウディファにはまだ流通しておらず、列を成す真っ黒に光る車体の側面に描かれた双頭の鷲は、人々に大きなインパクトを与えた。

 黒い伝統的な民族衣装に身を包んだ騎馬隊が規則正しく行進し、深い緑に黄金で描かれた双頭の鷲の紋章旗を青い空の下に靡かせるその様は、王都の人々を熱狂させるに十分な効果を果たした。

 

「アントレア王国アレクシオス・リュサンドロス王太子殿下。遠いところをよくお越しになった」


 王城に到着し門をくぐってすぐ、グラウディファ王国のセオドリック王太子が笑顔で出迎えた。アレクシオスも笑顔でその差し出された手を取り、力強く握手を交わす。


「グラウディファ王国セオドリック王太子殿下、お会いできて光栄です」

「私もだ。――っと、堅苦しい挨拶はここまでにしよう、久しぶりだなアレク!」

「そうだね。久しぶりだなセオドリック」

「ああ! 本当に!」


 アレクシオスが両腕を広げると、セオドリックは破顔し互いを抱擁した。力強く背を叩かれ、アレクシオスは苦笑する。


「相変わらず馬鹿力だなぁ」

「そうか? お前は全然変わらないな」

「そんなことはないよ、君と同じ年なんだからそれだけ歳を取ってるさ。妃は息災かい?」

「ああ。今は腹に子供がいてな」

「そうか! それはおめでとう!」

「ありがとう。ああ、お前と話したいことはたくさんあるよ」


 グラウディファ王国の王太子セオドリックは、アレクシオスがこの国に留学したときに出会った級友だった。同学年、同じ学園で共に過ごした級友とは卒業後は中々会うことはなかったが、それでも交流は続いており、こうして久しぶりに顔を合わせても懐かしい友として言葉を交わすことができた。

 アレクシオスは今回の婚約についても、セオドリックの働きかけがあったのではないかと考えていた。

 再開を喜びあった二人は昔のように言葉を交わし、近況を報告しながら歩き出した。王城のアーチをくぐり、広い回廊を学生時代を思い出しながら二人、肩を並べて歩く。


「ユーリエが出迎えられなくて悪かった」

「体調を崩したと聞いたけど、大丈夫?」

「ああ……、いや、分からないが多分大丈夫だ」

(――なるほど、放置されていた王女か)


 何も言わない級友に、セオドリックは困ったような顔で頭を下げた。


「悪いな、子供のころはよく一緒に過ごしたが、最近はあまり交流がないんだ。早くに母君が亡くなってからは王女宮で静かに暮らしている。年中行事でたまに姿を見かけるだけだ」

「気にしなくていいよ、悪い人ではなさそうだし」

「そういう話は聞かないが……」

「が?」


 アレクシオスは隣に立つセオドリックの顔を見る。

 昔から美丈夫として人々の注目を集めてきたセオドリックは、明るい栗色の髪に緑色の瞳の持ち主だ。剣技が得意な彼は学園を卒業したあとも鍛錬を怠らなかったのだろう、以前よりも身体つきが大きくなっているように思えた。


「妖精姫として有名だよ」

「……妖精姫?」


 目を丸くするアレクシオスに、セオドリックは困ったように笑いながら続ける。


「亡くなった彼女の母君に似ているんだが、金髪に不思議な瞳の色をしている。たまにしか行事に姿を表さないから、人々にそんなふうに呼ばれているらしい」

「それはまた、可愛らしい呼称だなあ」

「俺の記憶にあるのはまだ幼い姿のままなんだがな。庭の花を育てたり読書が好きだと思ったら、木登りも得意だった」

「へえ! 木登り!」

「王城の中庭にある池で遊んでいて怒られたこともあった」

「はは! それはもちろん君もだろう?」

「俺だけじゃない、他の王子もいたさ」

「ははっ!」


 アレクシオスは妖精姫と呼ばれる王女の活発な様子に声を上げて笑った。大人しく奥ゆかしい人物よりも、その方が人間らしくて好ましい。

 

「妖精姫なんて呼ばれているが、活発でよく動くし明るく笑う、年相応の子だったよ」

「そうか。それは会うのが楽しみだな」


 セオドリックに笑顔を向けながらアレクシオスは初めて、ユーリエに会うのが楽しみだと感じた。

 ――明るく活発な妖精姫。

 彼女も十八歳だ。いつまでも子どものようなことはないだろうと思いながら、体調不良という連絡が気にかかり、顔は合わせられなくても見舞いには行こうと決めたのだった。

 


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