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小さな魔法の物語  作者: かほなみり
第一章
25/26

16


 その後のアレクの予定は凄まじいものだった。

 本当は昨日のことを聞きたいけれど、私は話せないし来訪者が多すぎてゆっくり本を開いて文字を探す、なんてこともできない。とにかく、アレクのスケジュールはびっしり埋まっているようなのだ。

 分刻みで組まれた大臣や司教、貴族との面会に、昨日の報告が合間に入り、人に合わせ服装を変える。よく目が回らないものだと、定位置となったマントルピースの棚から観察していた。

 昨日までと違うのは、何かあっても下りられるようにと、棚の横に梯子代わりの椅子と箱、その上に火かき棒が立て掛けられたこと。

 テオがものすごく不審な顔をしていたけれど、結局そのままにしてくれている。

 それよりも見知らぬ猫を招き入れたことに随分と文句を言っていたけれど、それも結局受け入れてくれている。心配性で優しい人なのだと思う。

 室内に招き入れられたルアドは、どこかに身を潜めているようで出てこない。レトが嫌なのかもしれない。


「ちょっと休憩する」


 何人目かの面会の後、応接室から引き揚げて来たアレクがそう言いながら詰襟を緩めた。


「次はセオドリック殿下との昼食です」

「分かった。どのくらい時間ある?」

「十分です」

「じゃあ出て」

「……殿下」


 アレクの言葉に、遂にテオの不満が零れた。


「私を締め出して、一体何を企んでいるのですか」

「企むって」


 眉根を寄せものすごく不機嫌な顔をしたテオは、アレクににじり寄った。アレクはそんなテオにおかしそうに笑う。


(仲がいいわね。こんな風に従者と話せるなんて)


 初めは随分と厳しい従者だと思ったけれど、テオは心からアレクを敬愛し、心配している。手となり足となり、役に立とうと仕事をしているのだ。


「合間にユーリエ王女に手紙を書いてるんだけど、そんな姿見られたくないだろ」

「会ってもいない王女に恋してるみたいな言い方はよしてください」

「いいじゃないか。会うのが楽しみなんだから」


 アレクの言葉にかあっと顔が熱くなる。

 

(わ、わわっ、やだ、恥ずかしいわ!)


 どうしてそんなふうに思ってくれるのだろう。一人で恥ずかしがっていると、テオは納得のいかない様子で、けれど黙って部屋を後にした。

 パタン、と扉が閉められ、アレクはすぐにマントルピースの上から私を降ろし、テーブルに座らせた。


「さあ、さっき出してもらったお菓子を持ってきたよ」


 アレクはどうやって持ち出したのか、ポケットからハンカチを取り出し焼き菓子をテーブルに置いた。おいしそうなマドレーヌだ。

 そして床にハンカチを敷くと、今度は「君もどうぞ」と声を掛けた。すると、応接ソファの下からルアドがのそりと出てくる。やっぱりなんだか不機嫌そうな顔で、目が据わっている。なんだかツンツンしている。

 それでも差し出されたハンカチの上のマドレーヌをふんふんと匂いを嗅ぎ、両手で掴み食べる私の顔を交互に見て、何を納得したのかぱくりと一口で食べた。

 美味しいのだろう、満足そうにゴロゴロと一度だけ喉を鳴らした。


(食べ物で絆されたわね……)


 おかしくて笑うと、アレクも嬉しそうにルアドの背中を撫でる。

 ルアドは話せないけれど、表情で何を考えているのが分かるのだから面白い。不本意だけどと言う顔、けれどまんざらでもない表情だ。

 そんなルアドを見ながらもう一口、とマドレーヌに手を伸ばしたところで、急に扉の外が騒がしくなった。


「!」


 アレクは咄嗟に私を掴むと、自分のポケットにぎゅっと突っ込んだ。


(きゃああ!)


 急に視界が真っ暗になり、逆さまになったポケットの中でじたばたすると、そっとアレクがポケットの上から私を押さえた。小さな声で「ごめん」と呟くのが聞こえてピタッと動きを止める。

 するとすぐにバンッ! と勢いよく扉が開いて、聞き覚えのある声が辺りに響いた。


「アレク!」


 ズカズカと近づきぎゅっとアレクを抱き締めるその人。


(セオドリック殿下?)


 一番上の兄、この国の王太子セオドリックが約束の時間を繰り上げて直接ここまで足を運んだようだ。


「セオドリック? どうしたんだ、まだ時間には早いのに」


 アレクが驚いてその肩をポンポンと叩くと、セオドリックは身体を離しアレクの全身を確認するように眺め回した。こっそり覗いていた私は慌てて頭を隠す。

 

「お前が怪我をしたと聞いた。具合はどうだ」

「ああ、テオかな。なんともない、大げさに騒いで申し訳ないね」

「お前は我が国の国賓だ。責任持って徹底した警備を実施するよう言っていたが、こんなことになって申し訳ない」


 セオドリックはぐっと眉根を寄せ謝罪した。アレクは大げさだと笑い、セオドリックをソファへ促す。


(学園の同級生というだけではなくて、仲がいいのね)


 あまり目にすることのない兄の姿に、なんだか意外な気持ちになる。


「店主に謝罪と保証をしたいんだけど」

「大丈夫だ、店の保証はこちらで対応している」

「私からもちゃんと謝罪したいんだ」

「分かった。任せるよ」


 アレクの言葉にセオドリックはすぐに返事を返す。何か不自然な緊張感がある気がして落ち着かない。

 そこへ侍女がワゴンを押し入室する音が聞こえて、会話が途切れた。


(ここにいては様子がよくわからないわ)


 真っ暗なポケットの中で耳だけ済ましていると、やがて使用人たちを下がらせたのか室内は静かになった。


「……報告を聞いたが」


 切り出したのはセオドリックだった。


「サーバス族が現れたらしいな」

「うん。正確にはサーバスに雇われた傭兵だったみたいだ。うちの騎士も一緒に尋問に立ち会っているだろう?」

「ああ。だがアレでは何も分からない」

「そう」


 カチャカチャと茶器の触れる音がする。


「……仮にサーバスに雇われたのだとして、この国に入国していること自体が問題だ。あってはならない」

「それは私も考えていたんだ。どうやって入国したんだろうってね。でも……分かったんだね」


 アレクの声に、セオドリックがふっと息を漏らす音が聞こえた。


「ああ。魔法陣の痕跡を見つけた。巧妙に隠されていたが間違いない。古代文字を組み合わせていた」

「私の国でも聞いたことがないよ」


 セオドリックが何か言う前に、アレクは言葉を重ねる。


「あんな厄介な魔法陣は知らない。知っていたら対策は打ったし、各国に共有するのが筋だろう」

「筋、ね」


 セオドリックはそのまま黙った。先程までの友好的な雰囲気からは遠い、ヒリヒリとした空気が場を支配している。


「古代魔法だと思うか」

「恐らく」


 アレクの答えに、室内にセオドリックの大きなため息が響いた。


「……厄介だな」

「今回はわたしが標的だったけど、サーバスが使役しているとしたら、今後は私の国の問題だけではなくなるね」

「早急に報告をまとめないとな」


 ふうっとセオドリックのため息が聞こえる。そしてまた沈黙。何だか落ち着かなくてもぞりと動くと、ポケットの上から宥めるようにアレクが優しく撫でた。


「サーバスの現在の動きはどうだ」

「私を王位継承第一位から引きずり下ろしたいことに変わりはないよ」

「我が国に来てまでこんな騒ぎを起こすとはな。道中はどうだった」

「何もないよ」

「ふん、ここではうまくいくと思ったのか。舐められたものだ」

「私がユーリエ王女と婚約式を行うのは一年以上前から決まっていたことだからね。ここで時間をかけて準備したんだと思うよ」

「ユーリエは」


 ひとつ声を大きくしたセオドリックが、私の名前を口にしてそのまま黙った。


(……何かしら)


 自分の名前が出ると思わなかったので、急にドキリと心臓がなった。聞いてはいけない話を聞いているようで落ち着かない。ぎゅっと胸の前で手を握りしめると、アレクが先に口を開いた。


「私が守るよ」

(……!)


 その言葉に、また顔が熱くなる。慌てて頬を両手で触ると本当に熱い。きっと真っ赤なんだろうと思う。


「……ユーリエにはまだ会っていないんだな?」

「うん。本当は今日にも会いたかったんだけど、中々時間が取れなくてね」

「……そうか」


 セオドリックはそう言うと、ガタンと音を立てた。ソファから立ち上がったようだ。


「怪我は大丈夫と言っていたな」

「うん、治癒魔術師に診てもらったけど……何?」

「ならば確かめられるな」

「確かめる?」


 アレクもゆっくりと立ち上がり、少しおかしそうな声音で応える。セオドリックが何を言いたいのか分かっているような様子。

 気になってそっとポケットから外を覗くと、立ち上がったセオドリックが胸を張りアレクに向かってビシッと指を向けた。


「お前がユーリエを守るに相応しい実力か確かめよう」

(え、ええ!?)


 変な声を出さなかった自分を褒めたい。

 驚きのあまり両手で口を抑えて絶句していると、「ワン!」と楽しそうなレトの鳴き声が響いた。


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