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小さな魔法の物語  作者: かほなみり
第一章
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急襲


 胸元のポケットに入れたエラの異変に気が付いたアレクシオスは、流れるように腰の剣に手を添えた。

 こういう時の己の勘をアレクシオスは信じている。己の目に何も見えなくても、エラの慌てぶりはただ事ではなかった。


(なんだ? 何かいる?)


 だが何も感じない。

 建物の周囲にはグラウディファの騎士も警護をしているし、建物にもアントレアの魔術師が結界を張った。これ以上の何かがあるとは考えにくかった。


「殿下、どうされましたか」


 アレクシオスの様子に、周囲の騎士たちが一瞬で警戒態勢に入った。それぞれが腰の剣に手をやり周囲に神経を向けている。

 静まり返った店内に何の気配もしない。だが、他の騎士がテオへ状況を説明し、念の為と店主を店奥へと避難させた。

 外から街の喧騒が聞こえて来る。馬車の行き交う音、露天商の掛け声、人々の会話。

 じっと気配を窺っていると、店の外で待機していたレトが急に激しく吠え立て始めた。

 その鳴き声にアレクシオスはじめ騎士たちの警戒が一気に強くなった。

 その瞬間。

 高い天井にある天窓の光が一瞬翳ったかと思うと、()()()()()()()()突然、黒い仮面をつけた男たちが現れた。


「サーバスだ!!」


 そう叫んだアレクシオスの声と同時に剣を抜いた騎士たちが、一斉に戦闘態勢へ移る。入口付近に控えていたテオが上を見上げ、すぐに店外の魔術師へ指示するため扉を開けようとするが、開かない。テオの怒鳴り声が階下から聞こえてきた。

 次々と天井から現れ降りてくる仮面の男たちを相手に、騎士たちは狭い通路で剣を交え、アレクシオスの側へ行けずにいた。店内の狭さが仇となり、無闇に魔法を使うこともできない。


「エラ、隠れていろ!」


 胸のポケットに低く声を掛けて、アレクシオスは目の前に現れた刺客の剣を躱す。この狭さでは長剣を振るうこともままならない。

 相手の剣戟を後方に下がり躱し、そのまま素早く回転して側面を叩きつけ、吹き抜けの下へと落とした。すぐに現れた次の刺客は、素早くアレクシオスとの距離を詰め剣を振り下ろす。店の狭さを知っていてか、刺客の剣は中程度の長さばかりだ。

 アレクシオスは長剣でその剣をはじき返すと己の短剣を素早く抜き、腰を低く落として突き上げるようにその腹へ短剣を刺した。そして刺した短剣を抜き取らないまま、背後から大きく振りかぶり襲ってきた刺客の剣を息絶えた刺客の身体で防ぐ。

 なお剣を振りかぶった刺客に、アレクシオスは素早く詠唱し、刺したままの短剣に雷を流して盾にした刺客共々通路の奥へと吹き飛ばした。本棚まで吹き飛ばされた刺客二人は、真っ黒に焼け焦げ黒い煙を上げている。

 そうしている間にもまた新たな刺客が天井から降りてくる。


(接近戦で魔法を使うしかない)

 

 アレクシオスは通路に落とされた短剣を拾い、襲ってくる刺客に間合いを詰め応戦した。突くように剣を振るう刺客の剣を最小限の動きで躱し、その懐に入り込み詠唱する。

 バン! と激しい音を立て刺客の身体が階下へと落ちていく。狭い通路で何人も相手にしながら、周囲を見渡し騎士たちも同じように応戦しているのを確認した。実力ではアレクシオスたちの方が上なのは明らかだった。だが、何故か次々と現れる刺客に、存分に力を発揮できずにいる。


(数が多い! 一体何処から……!)


 空中から突然現れる刺客。そんな魔法はこれまで見たことがないしあり得ない。だが今は、目の前に次々と現れる相手を倒しこの場を制圧しなくてはならない。

 アレクシオスは胸元に感じるぬくもりを意識しながら、極力大きな動きをしないよう剣を振るい続けた。

 そして何人かを相手にした頃。

 突然胸元が強く光り熱を放った。


(なんだ?)


 ポケットを見下ろすと、エラの腰で光る魔石から強力な魔力が放たれているのを感じる。

 すると、それまで降り落ちるように次々と現れていた刺客がぱたりと止んだ。


「殿下!」


 一人の騎士がアレクシオスの背後に回った。これで少しは動きやすい。

 アレクシオスは前進しながら正面の刺客の剣を躱し、詠唱し掌に雷を集めた。正面から切りかかってくる刺客の剣を跳ね返し、腕が上がったところを掌底で雷を打ち込み壁へ叩きつける。そのまま床に崩れ落ち、ぶすぶすと黒い煙を口から上げ焦げた刺客を踏みつけ、また次の刺客が襲いかかる。

 アレクシオスは掌の雷をそのまま剣に込め、剣戟をふるった。相手の剣を跳ね返し腰を落として、下から上へ向けて一気に剣を振り上げると、刺客が叫び声を上げまっ黒に燃え上がる。


(加減している余裕がない。店には後で謝罪をしなくては)


 雷や火では火事を起こしかねないが、この状況では致し方ない。店内が狭い故に減らした護衛の数が仇となっている。

 それに、こんなところまで自国の刺客が現れるとは思っていなかった。入国すら許されない彼らが、なぜこんなところにいるのか。

 そんな考えに気を取られながら正面の刺客と対峙していると、左横に通路があることに気が付くのが遅れた。隠れていた刺客が大きく振りかぶった剣を振り下ろす。


「アレクシオス・リュサンドロス! 冥府へ落ちろ!」

「……ちっ!」


 雷の魔法を詠唱していたアレクシオスは反応が遅れ、咄嗟に左腕でその剣を受け止めた。服の下に着けた籠手が鈍い音を立てる。叩きつけるような剣に片手では薙ぎ払えず、身体を柵に押し付けられる。その時、己と刺客の間にある温もりに気を取られた。


(エラ!)


 アレクシオスは己の左側をかばうように身体を内側に捻り相手の力を後方へ流すと、素早く詠唱しながら仮面の男の首を掴み、炎と雷の魔法を放った。


「ぎゃあああ!」


 一瞬でまっ黒に焼け焦げた刺客を腕で払いのけ、アレクシオスは急いで階下へ降りる。


「殿下! こちらです!」


 テオがどうやったのか、先ほどはどうしても開かなかった店の扉の横に大きな穴をあけ、その穴から店内を覗き込んだレトが激しく吠えている。その場を素早く確認し、アレクシオスはレトを伴い店外に出た。


「殿下、御怪我を……!」

「何でもない。急いで屋敷に戻ってくれ」


 店内はほぼ制圧していた。自分が残っても意味はないだろうと判断し、この場は部下に任せアレクシオスはいったん滞在先の屋敷へと戻ることにした。グラウディファの騎士たちも店内に入り馬車の警護にも回っている。

 急ぎ馬車に乗り込もうと横付けされた場所に向かうと、人々の喧騒に紛れ「ニャア」と鳴き声が聞こえた。


(……猫?)

 

 一瞬気を取られたが、すぐにレトと共に馬車に乗り込み屋敷へと出発した。

 一緒に馬車に乗り込んだテオは急いで魔法の伝書を飛ばし、どこかとしきりにやり取りをしている。

 そんなテオを視界の隅に収めながら、アレクシオスはそっと服の上から胸のポケットを優しく押さえた。


(……温かい)


 だがその温もりは動かない。胸に挿していた花はいつの間にかなくなっている。

 アレクシオスは酷く焦る気持ちで、じっと馬車の揺れに身を預けていた。


 *

 

「殿下! 今、侍医が参ります!」

「大丈夫。全員、一旦部屋から出て」

「しかし!」


 屋敷に着いてから、アレクシオスの腕の怪我を見たテオが素早く侍医の手配を行い、怪我を負った腕を見せろと迫った。だが、アレクシオスの気持ちはそれどころではない。


「治癒魔術師の手配もしております、どうか一度……」

「いいから出ていろ!」


 何人もの使用人や護衛たちが顔を青褪め取り巻くのを、アレクシオスは常にない声色で制した。その場がぴたりと静かになる。


「私が呼ぶまで室外で待機するように」


 アレクシオスのその声に、テオはぐっと何かを呑み込む様に唇を噛みしめ、その場にいた者たちを連れて室外へと出た。

 アレクシオスは背後で扉が閉まる音を確認すると、急いで寝室へ行きベッドの前に跪いた。そして、胸ポケットから繊細なガラス細工を取り出すように、そっと小さな体を取り出す。


「……エラ」


 ベッドの上に横たえ、囁くように名前を呼ぶ。

 だが、その小さな身体はピクリとも動かず、あの不思議な色をした瞳は閉じたままだ。

 耳を近づけて心音を聞こうとするが、よく分からない。


「エラ、……エラ?」


 温もりはある。じっと見ていると、その小さな身体が呼吸に合わせ上下しているようにも見える。見える気がするだけかもしれない。


(先ほどの、大きな魔力と強い光。あれのお陰であの場を制圧することができた)


 あれはエラの力によるものだとアレクシオスは確信していた。あの状況で何人があの光に気が付いたか分からないが、その後、降って湧いてくるような刺客は途絶えたのだ。

 そしてあの魔力に、アレクシオスは覚えがあった。


(エラが魔石に込められた魔力を使ったのだとしたら。恐らく魔力の補助を受け魔法を発動したのだろう。()()はその反動か?)


 エラの腰に巻かれた小さな魔石。魔力を使用したのだろう、その輝きはくすんでいる。この魔石は、高価なものを見た目がいいからとエラに着けている訳ではない。エラを守るために、意図的に魔力を込め付けている。アレクシオスは、そう確信した。


「……だから、来ると思いました。大切なのでしょう?」


 アレクシオスは静かに立ち上がり、ゆっくりと振り返った。

 そこには、銀色の髪をふわりと靡かせ白いローブを纏ったダグザが、その薄水色の瞳を細め静かに立っていた。


「久しぶりだ、アレクシオス」


 ダグザはそう言うと、優しく微笑んだ。


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