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小さな魔法の物語  作者: かほなみり
第一章
20/26

14


(すごいわ! なんてすばらしいのかしら!)


 アレクが訪れた書店は、王城の図書館とは違う品揃えだった。

 小さな店舗は二階建てで、一階には小説や娯楽作、二階には専門書を取り揃えていると言う。

 吹き抜けになったホールからむき出しの黒い鉄の螺旋階段を上ると、壁際にびっしりと分類別に書籍が配置されていた。高い天井から差し込む光は直接本に当たらないよう白い布が渡され、店内を柔らかく照らしていた。

 胸ポケットでじたばたしているのが伝わったのか、アレクが小さくクッと声を漏らした。

 ごめんなさい、つい興奮してしまったわ。


 やや離れた位置に護衛騎士たちが配置され、店内をアレクは一人で自由に動き回る。レトは入り口前の日当たりのいい場所を見つけ、早々に腰を下ろした。通りを行く人が時折その頭を撫でていく。テオは入口で店主と何やら話をしていた。


「……エラ」


 囁く声で名を呼ばれ、ポケットから見上げるとアレクが私を見下ろしてふっと笑顔を見せた。


「ユーリエ王女はどんなものが好きかな」


 アレクが視線で示した先を見ると、そこは魔法の専門書が並べられた書架だった。思わず身を乗り出すと、「おっと」と小さく声を出したアレクが私をポケットの上から軽く押さえる。


「落ちてしまうよ、気をつけて」


 アレクの掌に支えられながら本棚の背表紙をじっと見つめる。

 見たことがないものも多い。

 腕を前に出して何冊か示すと、アレクは本を手に取り私にも見えるように中身を確認した。


「これは……古代文字を図案にした刺繍の本だね。ユーリエ王女は刺繍が好きなの?」


 好きかと言われるとそうでもない。


(でも、古代文字の意味を含めた刺繍はしてみたいわ)


 それを、アレクにプレゼントできたら。このお礼に、私が出来ることはそれくらいだと思うから。

 この大きさでは気軽に刺繍が出来ないのは不便だけれど。


「それからこれは、……鳥の図鑑? どうしてこんなところにあるのかな」


 アレクはパラパラとページを捲り、「あ」と声を出した。


「私は国でこの鳥を飼っているんだよ。今回はさすがに連れてこなかったけれど、ユーリエ王女は鳥が好き?」


 ほら、と見せられたページに描かれているのは大きな翼を持つ猛禽類。鋭い瞳に美しい黒い翼を広げた絵は、馬車にも描かれているアントレア国の国旗の鷲のようだ。


(かっこいいわ! 私も近くで見れるかしら)

 

 その絵を見てこくこくと頷くとアレクは小さく「よかった」と笑った。

 その後もアレクは店内をあれこれと見て回り、まるで一人時間を楽しんでいるように見えた。

 きっと久しぶりの一人時間なのだろう。私もアレクのお陰で店内をあちこち移動するのとができてとても楽しい。

 たくさん本は読んできたつもりだけれど、世の中にはこんなにも知らない書籍がたくさんあるのだ。

 嬉しくて、人もそばにいないからと身を乗り出し外を見ていると、ふと視界が翳った。


(雲かしら)


 天気が悪くなったのかと天井を見上げても、白い布越しに明るい日差しが差し込んでいる。

 きょろきょろと周囲を見ていると、また視界が薄暗く翳る。

 天井を見上げじっと見つめていると、先ほどの人だかりで見た黒いもやがじわりと滲む様に白い布の向こう現れ、消えた。


(雲、ではない)


 黒い(もや)のような影がじわじわと現れては消え、それは少しずつ店内に入り込んでいるように見えた。


(あれは、よくない。よくないものだわ)


 何か分からない。けれど、禍々しさを感じるものだ。まったく気が付いていないアレクに知らせるため、ポケットの中からアレクの胸を両手でバンバンと叩く。アレクがぴたりと動きを止めて私を見下ろした。


「どうしたの?」


 囁き声で私に声を掛けるアレクに、上を見てとジェスチャーで天井を指さす。

 靄は白い布を超え、ついに店内に現れた。先ほどまで透けていた黒い靄は、今では厚みを増し天井を覆うように広がりだした。ドロドロと粘液のように、けれど分厚く重い雲のように、その黒い何かがどんどん大きく広がっていく。その様子を見て、背筋に寒気が走った。

 けれどアレクは、私が指さす天井を見上げて首を傾げるだけ。


「何かある?」

(あれが見えないの!?)


 禍々しい靄はすっかり天井全体に広がり、どろどろと蠢いている。そして遠くから、その黒い靄から何かが聞こえてくる。たくさんの気配、何かがいる気配。

 ()()()()()()()()()

 気が付いて欲しくてバンバンと胸を叩き続ける私のただならぬ様子に、アレクは天井に視線を戻し腰の剣に手を掛けた。じっと天井を見つめたまま動かない。


「殿下、どうされましたか」


 主のただならぬ様子に、離れた場所にいた騎士たちも剣に手を掛け視線の先を追うが、彼等にも見えていないのだろう。念のためと騎士たちがアレクの側に移動しようと動き出したその瞬間、黒い靄が一瞬赤紫の光を放った。


(……何か出てくるわ!)


 天井全体に広がった靄がどろりと溶けるように渦を巻く。その中心からまるで水面下から上がってくるように黒い仮面をつけた人間がぬるりと現れた。


「サーバスだ!!」


 アレクが普段の優しげな声とは違う、低くよく通る声で叫び抜剣すると、他の渦から次々と仮面をつけた人間が空間に現れた。


「殿下をお守りしろ!」


 騎士たちが一斉に抜剣しアレクの元に駆け寄ろうとするのを、現れた仮面の人間が行く手を塞ぎあっという間にあちこちで戦闘が始まった。

 剣の当たる高い音が響き、誰かが魔法を発動しようと呪文を唱える声がする。


「魔法は極力使うな! 接近戦に徹しろ!」


 アレクの指示に詠唱の声が止み、代わりに激しく剣を打ち合う音が響き渡る。

 

「殿下!」


 階下からテオの叫ぶ声がした。

 アレクの目の前に現れた仮面の男が腰を低くして下から剣を振り上げるのを、アレクは身を引いて躱しその勢いに乗せて身体を回転させ横から仮面の男を叩きつけた。

 仮面の男は叫び声を上げ、そのまま柵を超え吹き抜けを落ちていく。


「エラ、隠れていろ!」


 アレクの緊迫した声にさっとポケットの中でしゃがみ込む。


(これは何? サーバスって?)


 ドキドキと心臓がうるさい。私は必死に揺れるポケットの中で考えを巡らせた。

 明らかに仮面の人間たちはアレクを狙っている。この周辺はグラウディファの騎士たちも警備しているし、何よりアントレアの騎士たちも入店前にしっかりと周囲を確認していた。


(でも、あの黒い靄には誰も気が付かなかった)


 初めて見る黒い靄。

 靄のような、泥のような意思がある動きをしていた。赤紫の光を放ち、中心から人が現れる、――あれは魔法だ。


(でもあんな魔法、見たことがないわ)


 人を狙った場所に移動させるには多くの魔力と魔法陣が双方に必要だ。何もない空間に突然現れるなんて聞いたことがない。


(まさか、古代魔法……?)


 激しく動くポケットから顔を出し天井をじっと見つめる。小さくなって見えるようになった、いろんなもの。

 二人目、三人目と刺客を次々と切り倒すアレクの顔越しに、天井の靄を見つめた。


 どろりと垂れ込める重い雲のように動く靄の中に、時折光る赤紫の光。そして耳をすませば聞こえる、詠唱。


(やっぱり、古代魔法だわ!)


 赤紫の光は古代文字だ。うぞうぞと動き気味が悪い文字の羅列が黒い靄の中で魔法を展開している。そして微かに聞こえる詠唱する声。倒しても倒しても、次々と靄から刺客が送り込まれ、アントレアの騎士たちは未だアレクの元に辿り着けない。


(あれを、止めなければ)


 身を乗り出し古代文字を読む。蠢いている文字は靄に見え隠れして全容が分からない。けれど刺客を放つその一瞬だけ全体が見えるのだ。


(――見えたわ!)


 刺客を放つその一瞬だけ光る古代魔法の文字を、私は大きな声で叫んだ。

 

『  』


 すると、腰に結んでいた魔石が熱を帯び、強く光った。


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