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小さな魔法の物語  作者: かほなみり
第一章
14/26

10


(どうしよう、話すきっかけを失ってしまったわ)


 言葉を解するかどうか聞かれた時、咄嗟に返事ができずに頷くだけだったのを、そのままズルズルと引きずっている。


(でも妖精と思っているようだし)


 話せるとなると何か色々と聞かれそうだし、隠し通せる自信がない。このまま喋らずにいるのがいいかもしれない。

 そんなことを思っていると、アレクシオスはテーブルの上に私を座らせ、空になった小さなミルク入れに果実水をほんの一滴入れた。


「うーん、これでもまだ大きいな」


 小さなミルク入れは私にはピッチャーのよう。

 それでも、持ち上げることができるし口をつけて飲むことができるので、とてもありがたい。


「テオに服以外も頼んでいるから、夜はもう少し不便じゃないと思うよ」


 果実水を飲みながらアレクシオスを見上げると、興味深そうにじっと私を観察していた。とても、ものすごく、目をキラキラさせている。


「君はこの国の妖精? それとも、ユーリエ王女の母君が残した魔法なのかな」

(お母さま?)


 お母さまのことを調べてあるのだろうか。

 北にある小さな国の王女だったというお母さま。お母さまの国の人々は、不思議な魔法を使うことができる人々がいると聞いたことがある。

 花を咲かせたり虹を作り出したり、おとぎ話のような素敵な風景を作ることができると言っていた。


『――お母さまとユーリエの、二人だけの秘密よ』


 白く細い人差し指を唇の前で立て、しいっと囁いたお母さま。

 金色の波打つ髪がキラキラと輝き、翡翠のような瞳が綺麗で、いつも優しかったお母さま。


「妖精さん?」


 アレクシオスの声に意識が引き戻される。眼の前にお茶とともに用意されていた焼き菓子が小さくカットされて差し出された。


「お腹は空いていない? これも食べるといいよ」


 優しく私を気にかけてくれるアレクシオスに、黙っていることが心苦しくなってくる。本当は話せるんですと、口に出して伝えたい。

 黙ったまま動かなくなった私を見て首を傾げたアレクシオスは、焼き菓子をつまみ、口にした。


「……うん、美味しい。テオが毒見をしてくれているから大丈夫だよ」


 首を傾げ、ほら、と両手を広げて安全だと主張する。そんなことは心配していないのだけれど、あまり心配をかけてはいけないと、私もお菓子のかけらを手に取りぱくりと口にした。香りのいいバターとしっとりとした生地が美味しい。つい手が伸びて、口に運んでしまう。


「よかったらもっと食べてね」


 アレクシオスは私を見下ろしながらまたぽつぽつと話し出す。


「君に名前はあるのかな。ユーリエ王女は君をなんて呼んでいるんだい?」

(不思議な人……)


 黒髪を後ろに撫で付け、切れ長の赤い瞳は冷たい印象すら受けそうなのに、柔らかく細め見たこともない小さい私を優しく見守っている。

 

(優しい人なのね)


 湯浴みもお菓子も、こうして世話をしてくれた。

 なんだか絆されているみたいだけれど、少なくとも悪意や害意を感じない。この国に到着したばかりで疲れているというのに、王女宮まで私の様子を見に来てくれた。


(ちゃんと、早くお話しなくては)


「……ユーリエ王女は、私のことをどう思うかな」

(!?)


 その言葉にぱっとアレクシオスの顔を見上げると、顎に手をかけ窓の外を見つめていた。


「私の瞳の色はとても変わっているからね。この色を恐ろしいと言う者もいるくらいだ。怖がらせたくないんだけれど、隠すわけにもいかないから」

(恐ろしいだなんて! とても美しいのに)


 透明な水晶のように澄んだ赤い瞳は日の光を浴びて美しく光り、長い睫毛が白皙の肌に影を落とす。

 小さいと、今までよりも色んなものが見えてくる。

 

「ユーリエ王女は何が好きかな。君のドレスや家なんかを送ったら喜ぶだろうか。私が君の事を知ったというのは話してもいいかな? 使用人たちは君が妖精だってことは知ってる?」


 ひとり言のように次々と言葉を掛けられ、答えられずにおろおろしていると、そんな私を見下ろしたアレクシオスがクスクスと笑った。


「ごめん、こんなこと聞かれても困るよね。これでもね、緊張しているんだ」

(緊張?)

「私の妻となる人に初めて会うんだからね」

(つ、妻!)


 その言葉に顔が熱くなった。こんなに素敵な人が、私の夫になる。そう、全然現実味がないけれど、そうなのだ。私たちは一年後、夫婦になるのだ。


「今日は会えなかったけれど、婚約式の前には会えるといいな。ああでも、無理だけはさせたくない」

(体調が悪いからと会えない私をそんな風に慮ってくれるなんて)


 本当に申し訳なくて胸が痛い。

 ああ、早く元の姿に戻れたらいいのに。


 私は立ち上がり、テーブルの上を移動してアレクシスを見上げた。アレクシオスは「なんだい?」と私に顔を寄せる。両手を広げると、アレクシオスは少し首を傾げて手を差し出した。その掌に乗ることなく、私は両手でその手を撫でた。


(私も、貴方にきちんと会ってお話しできるように頑張ります。怖くなんかない。素敵な人だと思うわ)

「どうしたの? 慰めてくれてるのかな」


 くすぐったそうに笑うアレクシオスは、ふっとその笑みを止め、しっと口の前で指を立てた。


「戻って来たみたいだ。申し訳ないけどまた少し我慢しててね」


 アレクシオスはそっと私を抱き上げると、部屋のマントルピースの上に座らせた。小さな絵や花瓶、置物が飾られた棚の上に私を座らせると扉をノックする音が室内に響いた。


「殿下、戻りました」

「どうぞ」


 応接セットに腰掛け答えると、扉が開きテオが騎士と使用人を数人伴い入室した。


「早かったね」

「知らない土地で無闇に探す訳にはいきませんから。執事長に頼んで明日にはここへ持って来てもらうことにしました」


 テオはそう言いながら、応接セットのテーブルを見て眉根を寄せた。


「人形遊びでもしていたんですか?」


 テオはきょろきょろと室内を見渡し、棚の上の私を見て更に怪訝そうな顔をした。アレクシオスはそれには答えず、静かにカップを傾け紅茶を飲む。ちらりと視線だけを棚の上の私に向け、小さく笑ったような気がした。


「殿下、お疲れのところ申し訳ありませんがこの後の予定が詰まっています。お召替えを」

「分かった」


 アレクシオスが立ち上がると、テオと一緒にていた使用人が近付きその肩からマントを外す。手袋を外し使用人へ渡しながら、彼らは衣装室へ移動した。声だけが居室に届く。

 

「国王陛下、王妃殿下に謁見し、その後は王太子殿下夫妻とお会いします。晩餐はユーリエ王女も同席の予定でしたが、やはりいらっしゃらないとのことです」

「無理はしないでほしいからいいよ」

「ですが」

「テオ」

 

 少しだけ低い声でぴしゃりと名前を呼ぶと、テオが黙った。


「明日は時間が取れるかな」

「はい」

「街を見たいな。ここに来るまでの賑わいは中々見ものだったから」

「お忍びは駄目です」

「分かってるよ。他人の国で無茶なことはしない」


 そんな会話を聞きながら視線を外へ向けると、窓の外にあるバルコニーで黒い小さな影が動いた。細い尻尾がふわりと揺れる。


(ルアド!)


 レースのカーテンの向こうで黒猫のままのルアドが室内を覗き、棚の上の私を見て目を丸くした。


(ルアド! 今はまだ駄目、待っていて!)


 室内に待機する騎士を視線で示し、小さく首を振ると通じたのかルアドはさっと身を隠した。

 アレクシオスに着いて衣装室に移動していたレトが居室に戻り、ルアドの姿が見えた窓まで走って来た。ふんふんと匂いを嗅ぎ、カリカリと前脚で引っ掻くのをハラハラした気持ちで見守った。


(ルアドを食べないで、レト!)


「レト、お前はこの部屋で留守番だよ」


 着替えを終えたアレクシオスが衣装室から戻ってきた。


(まあ……素敵だわ、異国の衣装ね)


 先ほどの軍服とは違い、薄い灰色のロングコートのようなひざ下まであるコートドレスに黒いロングブーツを合わせたその姿は、アレクシオスの凛々しさを引き立てていた。細い装飾ベルトに美しい銀細工が施された宝剣を差し、肩には黒く細いストールを巻き、それを留める銀細工のチェーンがシャラリと音を立てた。

 カツカツとブーツを鳴らしテオと話しながら部屋を出る時、アレクシオスはちらりと私を見ながらレトに声を掛けた。


「レト、ここの護衛を頼むよ」

「護衛?」


 その言葉にいぶかしげな声を上げたテオに、アレクシオスは朗らかに笑った。


「ユーリエ王女の大切な人形を守ってもらわないとね」


 美しい衣装を身に纏ったその人が笑うと、レトが「ワン!」と嬉しそうにひとつ吠えた。


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