呪いの痣
食後も楽しいひとときをすごすことが出来た。
アンドリューと居間でお茶を飲みながら、わたしが焼いたクッキーを頬張る。
あれだけお腹いっぱい食べたのにもかかわらず、話をしながらだと食べてしまえるから不思議である。
「これだけ食えるようになるとは、自分でも驚きだよ。きみの料理のお蔭に違いない」
アンドリューは、何度もそう言ってくれる。
「まさか美人と名高い伯爵令嬢が、料理が趣味だとは……。美しさを鼻にかけた、イヤな感じのレディだとばかり思っていたからね」
苦笑いをしている彼を見ながら、彼の美的感覚が他の男性とは違うことにホッとせざるを得ない。
どうやら彼は、美しいという基準がズレまくっている。
このわたしを美しく見えている時点で、彼の視力が相当悪いのか、あるいは感覚がおかしいとしか思いようがない。
ビルは、あきらかにおべんちゃらを言っているけれど、アンドリューはそんなことを言うタイプではない。ということは、やはりズレている。
彼の美的感覚のなさに心の中で感謝していると、彼はさらに驚くべきことを告白した。
「わたしは、美しいレディにはもともと興味はない。じつは、最初きみとの縁談を勧められた際には興味を抱いたんだ。このわたしの呪いを、きみが解けるかもしれないと知ったからだ」
「はい?」
寝耳に水とはこのことである。
わたし、というよりかお姉様にそのような力があるだなんて。というか、あるわけがないのに。
「サザーランド家の血を受け継ぐレディには、稀に聖なる力を有している者がいるとか」
「あっ……、それですか?」
すぐに思いいたった。
「閣下、申し訳ありません。それは、サザーランド違いです。いえ、わたしの家もまったく関係ないわけではありません。閣下のおっしゃっているのは、サザーランドの本家筋のことなのです。たしかに、本家にはそういう力を宿しているレディがいました。いまもいるかもしれませんが、たいていは覚醒しないまま終わるか、覚醒してもちょっとしたケガや病を癒したり、第六感的な予言や守護を行う程度の力です。わたしの家は、残念ながらそういう力を宿したレディの出現はありませんでした。もちろん、わたしも含めてですが」
嘘ではない。すべて事実である。
彼にとっては厳しい現実の話で申し訳ないけれど、事実はきちんと話しておきたかった。
すると、彼が急に笑い出した。ほんとうに楽しそうに笑っている。
「そうか。サザーランド違いか。いや、話してくれてありがとう。これでスッキリしたよ。期待はしないでおこう。この呪いを解くことの出来る聖なる力を持つレディなんているわけはない。きみにそのような力があって、なにかしらの文言を唱えればあっという間に痛みも痣も消えるなどということはない。頭ではそう納得させているのだが、感情ではそうはいかなかったから。これで諦めがついた」
笑うのをやめてわたしと視線を合わせて言った彼の声は、ドキッとするほど切なかった。
「閣下、その、お願いがあるのですが……。その面の下の素顔を見せていただけませんか?」
よりにもよってそんなとんでもないことをお願いしていた。
自分自身が一番驚いている。
もちろん、興味本位などではない。ましてや揶揄おうとか冷やかそうというわけでも。
なぜか見なければならない気がする。わたしになにかが出来るわけではない。たとえサザーランド本家の血筋であったとしても、聖なる力の発現は稀なのだ。しかもわたしは、そのサザーランド本家の血筋でさえない。
それなのに、なぜか見なければならないという使命感に動かされている。
「銀仮面を?」
アンドリューが戸惑うのもムリはない。わたしが彼でも戸惑うはずだから。
(それは断るわよね。わたしが彼でも断るわ)
結局は断られる。そう確信している。わたしが彼でも断るだろうから。
「わかった。だが、見ていて気持ちのいいものではないけれど……」
が、彼は承知してくれた。そして、自分の気持ちがかわらない内にとばかりに、銀仮面をはずしたのである。
内心で驚かざるを得ない。
夜の冷たい空気にさらされたその素顔は、火傷のような痣に覆われている。わたしが見守る中、彼は両袖もめくってくれた。