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「呪われ将軍」とのひととき

「ですが、わたしといっしょでは、閣下も面白くないと思います」

「面白くない? 断るにしては面白い言い訳だな。そうか。たしかに、わたしのような醜い男といっしょでは美味いものも美味くは感じられないな。すまなかった。さきほどの提案は忘れてくれ」


 視線をまともに向けないようにしていたけれど、誤解きわまりない彼の言葉に反射的に顔を上げて彼を見てしまった。


 彼もわたしを見つめている。銀仮面の中の瞳がわたしの大好きな色である夏の空と同色であることに気がついた。


(すごくきれい)


 つい見惚れてしまった。


「閣下、どうしてそうひがむのです。レディは、そういうつもりで言ったのではありません」


 ビルの怒鳴り声でハッとした。


「そ、そうです。そういうつもりで言ったのではありません」


 彼の瞳に見惚れている場合ではない。とにかく、誤解を解かねば。


「いや、ほんとうにいいんだ。さあ、せっかくの朝食が冷めてしまう。ビル、いただこう」


 アンドリューは頑なだった。


 結局、誤解を解くことはかなわなかった。



 この日、一日中罪悪感に苛まれた。


(どうしてあんなつまらない言い訳をしてしまったの?)


 自分自身を責めたところで、いまさらどうしようもない。


 アンドリューを傷つけてしまった。


 あくまでも誤解である。が、彼はそうは思わない。いいえ。そうは思ってはいない。


(わたし自身どうしていいかわからなかったばかりに、彼を傷つけてしまうだなんて。わたしって、ほんと最悪だわ)


 朝食後、アンドリューとビルは駐屯地に出かけてしまった。


 緊急の会議があるらしい。


 ひとり屋敷に残って家事をこなしたけれど、なかなか手につかなかい。うっかりなにかを落としたり、ぶつけたり転んだりけつまずいたりと、散々な一日だった。


 いいえ。わたしなどよりアンドリューの方がよほど不愉快で悲しい一日をすごしたに違いない。


「そうだわ。ここを去ろう。アンドリューを傷つけてしまった以上、彼もわたしを見たらよりいっそう不愉快に思うに違いないわ」


 声に出して言うものの、なかなかふんぎりがつかない。


 ここから出ていくのなら、黙って出ていく方がいい。お礼と謝罪の書き置きを残して。だったら、いまこのタイミングがいい。とりあえずここから出ていき、あとはそれから考えればいい。


 と決意した途端、やはり現実的ではないと思い直す。


(なにより、出ていくのだったらアンドリューに直接謝罪してから出ていくべき。逃げるようにして出ていくのはダメよ)


 自分の臆病さや不安をそんなふうに言い訳してしまう。


 結局いつものように夕食も準備をし、アンドリューの帰りを待った。


 アンドリューは、ちゃんと帰って来てくれた。当たり前だけど。


 が、タイミングが悪いというか間が悪いというか、帰ってきたのはアンドリューひとりだった。


 ビルは、急な任務で出張したらしい。


(どうしよう)


 ふたりきりという現実に、罪悪感より絶望感に満たされる。


 そんなわたしの絶望感をよそに、アンドリューは、いつものように食堂にやって来た。


「ビルはいないんだ」


 アンドリューは、着席しながらつぶやくように言った。


「あの、さしでがましいのですが、せっかく準備しましたので、今夜はわたしもごいっしょさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「だが……」

「今朝は、申し訳ありませんでした」


 おもいっきり頭を下げていた。


 ここで誤解を解かなければ、もうチャンスはないかもしれない。ときが経てば経つほど、謝罪しにくくなるし誤解の根も深くなっていく。


「その、わたし自身の問題なのです。わたしが慣れていないもので、もしかすると閣下にご不快な思いをさせてしまうかもしれない、と」


 誠心誠意、謝り許しを請う。


 彼は、黙っていた。それこそ、許すとも許さないとも言わないまま。


 一瞬、ほんとうのことを言おうかと思った。


 自分が姉の身代わりであること、一年後の生存率がわずかもないことを。


「ビルの言う通り、わたしはわが身ばかりが不幸を背負っていると思い込んでいて、自棄になっている上にどうしようもないほどのひがみ屋になっているようだ。わたしこそすまなかった。さあ、今夜はふたりで食べよう」

「閣下……」


 頭を上げると、今夜も彼はわたしを見ている。


 あの夏の空と同じ色の瞳で。


 ただ、いまは違う。


 その瞳に悲しみはない。すくなくとも、いまのわたしに悲しみは感じられない。


 その夜、初めてアンドリューと食事をともにした。


 彼との食事は、とても楽しかった。


 彼と穏やかな時間を共有することが出来た。


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