「呪われ将軍」の提案
呪いなどありえないと思っていた。書物や子ども向けのお話しに出てくるようなものかと。だけど、ここの執務室に置いてある「呪い」や「呪術」に関する資料を読み、ほんとうに存在しているものだと知って驚いた。
いまでも手放しで信じているわけではない。だけど、まったく存在しないとは思ってはいない。
ビルの話では、アンドリューの呪いは彼だけのものではないらしい。大昔、スタンフォード家にかけられたものだという。基本的には男児に発症するらしいけれど、すべての男児ではなく隔世遺伝的に発症するという。
「そうなのです。『呪い』の真偽はともかく、隔世的に出現していますから、もしかするとなにかしらの奇病なのかもしれません」
「医師には?」
「将軍という立場上、医師からダメだしをくらえば引退せざるを得ません。戦争こそありませんが、災害時や大規模な土地の開発、自国だけでなく周辺国への災害派遣など軍は必要不可欠。その統率を出来るのが、閣下なのです。後進の育成も進めてはいるのですが、なかなかうまくいきません。そのような中、あなたの存在がいい意味で彼に刺激と癒しを与えたのです。それで話というのが、あなたにこのままここにいてもらえないかと」
「なんですって?」
(きき間違え、もしくは誤った理解をしているのかしら?)
耳が都合のいいように捉えたのかしら。
「それはそうですよね。こんなところからはやく帰国されたいですよね?」
「あ、いえ、ほんとうですか? ほんとうに、ほんとうにここにいてもいいのですか? 置いてもらえるのですか?」
「え、ええ、ええ。あなたさえよければ。可愛げのない閣下は、自分からはぜったいに言いません。ですので、彼にはおれからうまく言います。ぜひとも、このままここで彼を癒してやってください」
「わたしには癒しの力はありませんが……。とにかく、よろこんでもらえるよう家事をがんばります」
というわけで、わたしはここに置いてもらえることになった。
ビルと話をした日の夕食時、いつものように食堂のテーブル上に二人分の準備を終えた。
この日は肌寒かったので、魚介類のスープに鶏肉とキノコのポットパイ、温野菜のサラダに二種類のチーズを添えた。基本的に朝に一日分のパンを焼く。夜はだいたいハード系のパンを出すようにしている。デザートには三種類のフルーツを。いつも食後に居間でお茶を飲むので、そのときにはケーキやクッキーなどスイーツを出している。だから、夕食時のデザートにはフルーツを出すようにしているのである。
アンドリューとビルがやって来て、長テーブルで向かい合わせで着席した。二人とも、葡萄酒を一杯か二杯程度飲むので、葡萄酒もちゃんと準備している。
いつものようにそれぞれの杯に葡萄酒を注ごうとすると、ビルがなにか言いたそうにしていることに気がついた。
「なにか足りないものがありますか?」
「あ、いえ。そういうわけでは……。閣下、この期に及んで臆病風でも吹かせているのですか? なんなら、おれが言いましょうか?」
「臆病風だと? わたしがか? 気遣いは不要だ」
アンドリューは不機嫌そうに言うと、銀仮面をこちらに向けた。
彼は、わたしと視線を合わせたり顔を見合せることをほとんどしない。そんな彼にしてはめずらしい。
「その、なんだ。いっしょに食べないか? いつも甘えてばかりだが、きみは使用人ではなく客人だ。作ってもらっている上に厨房でひとり食うのは寂しいだろう? これからは、わたしたちといっしょに食べよう」
「はい?」
予期せぬ提案に困惑してしまった。
わたしとしては、ひとりが慣れている。だから、いい食材を使った料理を厨房でひとり心ゆくまで楽しむのはしあわせ以外のなにものでもない。
「ちゃんと言えるではないですか。なぜもっとはやく言わなかったのです?」
「うるさいぞ、ビル」
ふたりのやりとりを見つつ、どう答えるか考えてみた。というよりか、どうしていきなりアンドリューが「いっしょに食べよう」なんて提案してきたのかというところも気になる。