朝食
寝坊したかと思った。人生初の寝坊をしてしまったかと。
それほどよく眠ってしまった。
寝台は、広くてフカフカであたたかい。
意識を失い、目が覚めたら朝だった。カーテンを閉める気力もなかったので、室内は陽光に溢れている。
が、まだ早かった。
昨夜、ビルに尋ねたらこの屋敷に使用人はいないらしい。近くに軍の駐屯地があり、食事は駐屯地から運んでもらっているとか。洗濯も掃除も部下の兵士たちが交代でしに来るとか。
だから、朝食作りをかってでておいた。
お姉様に持たされたシャツとスカートを着用し、厨房で朝食の準備をした。
朝食の準備が終り、食堂のテーブルに二人分の朝食をセッティングをした。それが終りかけたタイミングで、食堂にビルがやって来た。
銀仮面を着用している男性を連れている。
(この人が、『呪われ将軍』……)
勘を働かせるまでもない。ここにいるのは、ビル以外には彼だけだから。
「きみか? 先に言っておく。きみも噂にはきいているだろう?」
「呪われ将軍」は、食堂に入ってきてわたしをチラッと見てそう切り出した。まだ自己紹介をしないうちから。それどころか、面と向かってもいないし視線も合わさない内から。
「わたしは、呪われている。呪いは、わたしの心身をどんどん蝕んでいる。その速度はどんどん速くなっていて、いつどうなってもおかしくない状態だ。いまのわたしにレディに時間をとられたり気を配ったりという余裕はいっさいない。ましてや、愛だの恋だのは。まったく興味も関心もない。だから今回の話は何度も拒否、いや、断ったのだ。それを勝手に送ってよこしたわけだ。そういうわけで、きみを妻や婚約者にするつもりはまったくない。そうそうに帰国して欲しい」
「閣下、言い方っ! 言い方ってものがあるでしょう?」
ビルは、肘で「呪われ将軍」の脇腹を突っついた。
「レディ、申し訳ありません。もっと言い方ってものがあるでしょうに、閣下はレディの扱いに慣れていないもので。ただ、閣下が今回のこの話を断ったのは事実なのです。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、しばらく滞在して体を休めてから帰国してもらえないでしょうか?」
ビルにも言われ、納得がいった。
わたしにとって、これほどのチャンスはない。
彼から拒否されたのである。そして、わたしに帰るところはない。
思うようにする、というよりか思うように出来るこんなチャンスはない。
とはいえ、いますぐここを放り出されても困る。
「知らなかったこととはいえ、閣下のご事情も考えずにおしかけてしまい申し訳ありません。すべて承知いたしました。ただ、数日間このままここに置いていただけないでしょうか? もちろん、その間はたいしたお役には立てないでしょうけれど、家事いっさいをいたします」
(その間にこれからのことを考えればいい。自由になって思うようにするにしても、このダンフォード国で生活するしかない。たった数日間だとその準備をすることは出来ない。けれど、多少の情報を得たり心構えは出来るかもしれない)
頭の中でいろいろ考えてしまう。
そんなわたしの前で、「呪われ将軍」とビルが顔を見合せている。
「仕方がない。こちらにも非はあるからな。いいだろう。好きなだけここにいて、それから帰国すればいい」
「呪われ将軍」の許可が出たのでホッとした。
あらためて自己紹介をしあい、朝食にした。
「呪われ将軍」とビルは、ときおり顔を見合せながらわたしの作った料理と焼き立てのパンを食べていた。