ビルもやって来た
「ほんとうに大丈夫か? ケガをしていないか?」
アンドリューは肩で息をしつつ、わたしのことを心配してくれている。
大丈夫だと答えようとした瞬間、大きな拍手と歓声が上がった。
「さすがは将軍閣下。この国は、閣下がいれば安泰だ」
「閣下。いつもわたしたちを守り、助けて下さってありがとうございます」
「閣下、いつもありがとうございます」
「閣下、安心して暮らせるのは閣下のお蔭です」
騒ぎをききつけたのか、多くの人たちが路地の前の通りで歓声を上げている。
「閣下」
そして、その人たちをかき分けるようにし、警察が路地に入ってきた。
「逃げた連中を追ってくれ。こいつらも含め、尋ねたいことがある」
アンドリューは、右手で地面上の悪漢たちを示す。
「はっ」
警官たちは、指示通りに動き始めた。
アンドリューは、彼の表向きの妻であるわたしを殺すよう悪漢たちを雇った黒幕を暴こうというのだろう。
「歩けるか? よければお姫様抱っこするが?」
ふたたび騒がしくなった路地裏の喧騒に負けず、彼が冗談を言ってきた。
「閣下、大丈夫ですから」
もう同じことを何度伝えただろう。
「おやおや、大団円ですかね?」
忙しく行き交っている警官たちの間を縫いつつ現れたのは、ビルである。
彼は、将校服の上にコートを羽織った恰好でゆっくり近づいてきた。
「おいおい、ビル。まさか高みの見物としゃれこんでいたのではないだろうな?」
「ハハッ! すっかり元気になった閣下を見るのは、うれしいものです。まさかこんな日がくるとは……」
ビルは、嘘泣きを始めた。
アンドリューとふたりで顔を見合せ、ふきだしてしまった。
「ビル、つぎはもっと過酷な任務を与えてやるから覚悟しておけよ」
「勘弁してくださいよ。もっとも、あなたの優秀かつ機転のききまくるおれなら、どのような任務でも完璧にこなしてみせますがね」
「ああ、ああ、そうだろうとも。では、うまくいったんだな?」
「もちろんです。いまここで話しましょうか?」
アンドリューが頷くと、ビルはわたしを見てニンマリ笑った。
「レディ。あなたの家族ですが、残念ながらとんでもないことになりそうですよ」
「はい? わたしの家族?」
慌てた。家族になにかあったのかというよりか、身代わりのことがバレたのかと思った。
「ええ、あなたの家族です。王族や宰相を怒らせましてね。近いうちに断罪されるでしょう」
「断罪……」
「彼らの一番の罪は、長期間にわたってあなたを心身ともに痛めつけ、酷使し、追いつめたことです」
驚きすぎて口があんぐり開いてしまった。そのとき、アンドリューに肩を抱かれた。
そのあたたかさとやさしさで、なんとか落ち着くことが出来た。
「まぁ閣下を蔑ろにしてだましたこともですがね、レディ。いいえ、ユノ・サザーランド伯爵令嬢」
ビルにウインクをされ、すべてバレていたのだと悟った。
「ユノ、初対面ですぐにわかったよ。きみは、伯爵令嬢とはかけ離れすぎている。その荒れた手、痩せ細った体。チラリと見える二の腕や首や足の痣……。そして、趣味というには経験豊富すぎる家事の数々。どれをとってもふつうの伯爵令嬢ではない。噂に高い『美女』が『呪われ将軍』に嫁ぐのなら、身代わりをよこしたのだと推察した。それでビルに調査に行ってもらい、その状況に応じて然るべき対応をするよう命じた」
「閣下……」
(それはそうよね。こんなみすぼらしい姿では、疑うどころか断定されてもおかしくないわよね)
心の中で自分に呆れ返っていると、ビルが説明してくれた。