ムダですよ
が、「カミラではない」と否定したところで、彼らが「人違いだったのか。てっきりそうだと思ったよ」と笑って元の場所に連れ帰ってくれることはない。それどころか、すぐさま殺されるかひどいめにあわされるかもしれない。
だから、得意の手を使うことにした。
「チッ、高貴なる将軍閣下の妻女は、平民以下のごみクズとは口もきけないってか?」
悪漢たちのリーダーらしい男は、吐き捨てるように言った。
それを無視する。つまり、得意のだんまりをきめこんだ。
祖国にいた頃、お父様とお母様とお姉様によくひどいことを言われた。そういうときは、いつもひたすら黙っていた。どうせどんな言葉を口に出しても、ぶたれたりムチ打たれたりすることにかわりない。とはいえ、黙っていても「なにか言いなさいよ」と、ぶたれてしまうのだけれど。それでも、無言の抵抗を貫くことは、わたしに出来る唯一の意地だった。
そんな昔話はともかく、だんまりをきめこんでいると、悪漢たちのリーダーの男は、わたしがさも傲慢なレディであるかのように決めつけた。
だけど、彼らはすくなくともカミラという個人ではなく、アンドリューの妻女に用があるのだということがわかった。
だとすれば、彼らに「カミラではない」と否定しても同じこと。彼らは、アンドリューとわたしが午後いっぱい市で楽しんでいたのをどこかで見張っていたはず。彼らは、妻女に用があるのであってカミラだろうとわたしだろうとだれだっていいのだ。
(だとすると、彼らの目的は金貨かしら?)
わたしを拉致し、金貨をせしめようと画策している?
(ちょっと待って。だったら、場当たり的犯行なわけ? 今日の午後、たまたまわたしたちを見かけて計画を練ったの?)
だとすると、彼らはそうとう場慣れしていることになる。
(って、冷静に推測している場合ではないわ。それでなくても、わたしはアンドリューをだましているし、迷惑をかけまくっている。これ以上、彼に迷惑はかけられない。なにより、彼の地位や矜持を傷つけるわけにはいかない)
「このレディ、ほんとうにカミラか? カミラって、相当な器量よしなんだろう? これは……、そこまでのものか?」
わたしがある決断をしようとした瞬間、男たちのひとりが言いだした。
(ちょっ……。たしかにそうだけど、『これは……』だなんてひどくないかしら?)
家族からの誹謗中傷には慣れているけれど、まったくの他人からそこまで言われるいわれはない気がする。
「まぁ、噂などたいていは尾ひれがつく。これもそういう『あるある』だろう」
「尾ひれ? これなら、尾ひれだけでなく背びれ腹びれ臀びれ胸びれがついている」
「言えてるな」
男たちは、おおいに盛り上がっている。
(ひどい。わたしも一応レディなのに、そこまで『ひれ』をつけまくるだなんて)
ダメダメ。傷つくのはいつものこと。
それよりも、どうにかしないと。
「おまえたち、やめないか。死にゆくレディにたいして失礼なことを言うな」
そんな失礼すぎる彼らを、リーダーが叱ってくれた。
(って、なんですって? 死にゆくレディ? わたし、ここでいますぐ殺されるわけ?)
問うまでもない。そうにきまっている。
「悪く思わないでくれよ、レディ。依頼人は、将軍を精神的に追い詰めたいらしいからな。というわけで、まだ新婚でラブラブのうちに、あんたを殺った方が効果はあるってわけだ」
リーダーは、持論を得々と語っている。
(依頼人ですって? 新婚でラブラブですって?)
どうでもいいことだけど、気になるキーワードがいくつか出てきた。
「あの、それってムダだと思います」
自分でも驚いた。
彼らを前に、めちゃくちゃ冷静にそう切り出していたからである。
「ムダ、だと?」
「はい。まず、わたしはカミラではありません。まぁ、これはあなたたちにとってはどうでもいいことでしょうけど。それで、閣下とわたしは夫婦ではありません。たしかに、わたしは姉カミラの身代わりで彼に嫁ぐ為にこの国にやって来ました。ですが、閣下はそのつもりはまったくありませんでした。いまのわたしたちの関係は、雇用者と被雇用者です。つまり、閣下がご主人様でわたしはメイドなのです」
「バカな。昼間のあの様子を見れば、いまのが嘘だとすぐにわかる」
リーダーの言葉に、部下の男たちはうんうんと頷いている。
「嘘ではありません。閣下は、とても慈悲深いのです。それにすごく気分屋なので、気分のすぐれているときはああやって奢ってくれたり出歩いたりするわけです」
(あれ? アンドリューのこと、ちょっとイヤな男っぽく言ってしまったかしら? まぁ、いいわよね)
「それから、わたしもうすぐ死ぬんです。一年後の生存率がわずかしかなくって、いつどうなってもおかしくありません。だから、いまここで殺すだけ労力のムダだと思います。放っておいても死ぬんですから」
「なんだって?」
悪漢たちはざわめいている。