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トラブルに巻き込まれる

(あれだけ並んでいるんですもの。しばらくかかるわね)


 陽は暮れ、周囲は灯りが灯って明るくなっている。


 この広場を囲むようにして建っている建築物は、大昔は修道院や教会だったらしい。歴史的にも貴重な建築物で、夜はライトアップされてその荘厳さを目の当たりにすることが出来る。


 それらを眺め、それからまったく途切れることのない人の往来を眺めた。


 今夜は遅くまで市が行われるので、多くの人たちは夕食をすませたり、お酒を飲んでから家路につくという。


(これだけの人たち、いったいどこからやって来るのかしら)


 あらためて感心してしまう。


「あの、レディ。ちょっといいですか?」


 そのとき、すぐ目の前にフード付きのマントを頭からすっぽりかぶった男性が現れた。


 周囲に馬車や荷馬車がたくさんあるとはいえ、突然出現した感じだったので内心で驚いてしまった。


「はい、なんでしょうか?」


 彼は、わずかに距離を置いたところで立ち止まった。


「連れの具合が急に悪くなりまして……」

「それは大変ですね。お医者様には?」

「ええ、まぁ。それが医者に診せるにも銅貨の一枚もなく、それどころか休ませるのに運ぶことすら出来ないのです。石畳の上でひっくり返ってしまったもので……」

「陽が暮れてすっかり気温が落ちてしまったというのに、石畳の上で倒れたままだなんてよくありませんね」

「レディにこんなことを頼むのもなんなのですが、そいつを近くにあるおれのうちに運ぶのを手伝ってもらえませんか?」


 彼の体格は、マントの上からでも痩せて小柄なことがわかる。


「わたしも力がある方ではないのですが……。ふたりで運べばどうにかなるでしょう。一刻もはやく、あたたかい場所に移動した方がいいですし」

「レディ、ありがたい。恩に着ます」

「どちらですか?」


 彼に尋ねつつ、荷馬車から降りた。


「ブルルルル」


 馬が鼻を鳴らした音でハッとした。


(そういえば、アンドリューが『もしもわたし以外の男性に誘われても、けっしてついていきませんよう。ここを動きませんよう』って王女様のお守り役みたいな冗談を言っていたわね)


 冗談だったとはいえ、なにか意味があったのかしら?


 通りの向こうを見ると、さらに人の列が出来ていてアンドリューの姿を見ることが出来ない。


「すぐに戻ってくるから待っていてね」


 仕方がない。すぐに戻ってくればいいだけのこと。


 馬の鼻面を撫でてから、マントの男性に「案内してください」と声をかけた。


 このとき、わたしはただ単純に倒れた人を運ぶのを手伝いたかった。


 まさかトラブルに巻き込まれるとは、というよりかトラブルを招くとは、というよりかトラブルを招き寄せたとは、思いもよらなかった。



 人ごみの中、背の高くないわたしがマント姿の彼を追うのは難しい。必死についていった。


 彼は、行き交う人をかわしつつ足早に歩いていく。


(祖国にいた頃から、家事や雑用で体を動かしていると思っていたのに。そういう体の動きと、歩いたり走ったりするのは別物なのね)


 彼を見失わないよう集中して彼を目で追いつつ、左右の足を速く動かさねばならない。


 自分の体力のなさに、あらためて気づかされた気がする。


 実際はたいした距離ではないのだろうけど、わたしの中ではけっこう小走りした感覚がある。


 その頃になると、人も少なくなってきた。


 周囲も静かになっていて、不安を抱いてしまう。


「あの、まだでしょうか?」


 彼の背に問いかけた。


「そこの路地です」


 すると、彼はこちらを振り返ることなくそうつぶやいた。そのちいさな声がきこえたくらいだから、ずいぶんと静かな場所なのだ。


 同じような家々が並び、ところどころ同じような路地がある。彼がそのひとつに入ったので、彼のあとに続く。


「遅かったじゃないか」

「すまん。このレディ、歩くのが遅すぎるんだよ」


 路地は、真っ暗とまではいかずとも街灯の灯りが届かずかなり暗い。


 彼ともうひとりの声がきこえた。だから、てっきり彼の倒れた友人とばかり思った。


 が、暗さに慣れてきた目に飛び込んできたのは、控えめにいっても人相のよくない複数の男たち。


 わたしをここまで連れてきた彼もまた、マントのフードをおろしている。その人相の悪い顔には、ニヤニヤ笑いがうかんでいる。


 彼の右頬には、大きな傷が目立っている?


「カミラ、だな?」


 先程、マントの彼と会話を交わしていた同じ声が尋ねてきた。


 書物に出てくるような悪漢のリーダー感溢れる男である。 


「カミラ?」


 一瞬迷った。


 この男たちの様子を見れば、さすがに自分がよくない状況にいることはわかる。


 彼らは、わたしを姉と思っている。だから、「カミラではない」と否定するか迷ったのである。



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