カブの収穫
翌日、いつものように起床してからいつものように厨房に行ってパンを作り始めた。醗酵させる間に、カブの収穫をしようと思い立った。
この辺りには酪農家が多く、この駐屯地の周囲にも何軒かある。
この屋敷の食材のほとんどが、そういう酪農家から直接購入しているらしい。
その酪農家の奥さんに、何種類かの野菜の種子をもらった。ついでに、基本的なことから教えてもらったのである。
作物を育てることが、これほど楽しいとは思いもしなかった。日々すくすくと成長していくのを見るのは、最高にうれしい。
(わたしに子どもが出来たら、こんな気持ちになるのかしら?)
どう考えても作物を育てるよりも子育ての方が難しいし大変なのに、そんなふうに想像する自分がバカみたい。
それはともかく、ついこの前はホウレンソウを収穫した。それが、一番最初の収穫だった。いろいろ悩んだけれど、結局ベーコンと炒めたりサラダに使った。
愛情をそそいで苦労をして育てたから、食べることが出来ないかと思っていた。しかし、結構美味しく食べてしまった。
『野菜だって家畜だって生きています。それを食うことは、その命をいただくことになります。美味く料理し、感謝して食い、しあわせになる。それが、奪った命にたいする礼儀です』
酪農家のご主人がそう教えてくれた。
それをきいてから、食事の前には手を合わせてすべてに感謝をするようにしている。
(カブはなににしようかしら? 薄くスライスしてハムとサラダにしてもいいし、チキンとシチューにしてもいいわね)
レシピを考えるのが、これがまた楽しくてならない。
考えるのに夢中で、畑の側にアンドリューが立っていることに気がつかなかった。
ちなみに、この屋敷には正式な庭はない。だから、屋敷の裏の草地を適当に耕した。
「閣下、おはようございます」
「おはよう」
夜は、じょじょに明けつつある。というよりか、じょじょに朝がやって来ている。
早朝の独特の鋭くて冷たい空気の中、言葉とともに出る息は、真っ白になっている。
もうすっかり冬である。祖国では、まだ冬の一歩手前かもしれない。
「閣下、今朝は冷えますね。どうされたのですか?」
「最近は、さらに調子がいい。毎朝、少しずつでも素振りが出来るようになったよ」
彼はもう銀仮面を着用していない。
その彼の痣に覆われた額やこめかみあたりに、汗が浮かんでいるのが見える。
(寒い中、汗がでるほど素振りができるだなんてほんとうに調子がいいのね)
彼の手に大剣が握られている。その腕は、これまでのように袖で隠されていない。
「ほんとうによかったですね」
「きみのお蔭だ」
(おそらく、気持ちの持ちようね。病は気から、というし)
そう結論付けた。
よくよく考えたら、わたしの力などではない。彼自身、そう思い込むことでほんとうに調子がよくなっているのだ。
「では、朝食をモリモリ食べていただかないと。カブを収穫しますから、今朝はカブとベーコンの塊のクリームシチューにしますね。パンはバゲットとロールパンにして、バゲットは、スライスしてガーリックトーストにします。ロールパンは、カブとハムのサラダをはさんでサンドイッチに。ランチにちょうどいいですね。あっ、申し訳ありません。ついつい興奮してしまって」
レシピがひらめいた勢いで、ついついひとりで一方的に話してしまっていた。アンドリューのクスクス笑いでハッとしたのである。
恥ずかしさでいっぱいになってしまう。
「いや、ありがたい。きみのイキイキした表情を見るのは、ほんとうに癒される」
やさしいアンドリューはそう言ってくれた。わたしを傷つけない言い方がうまいなと思った。
アンドリューがカブの収穫を手伝ってくれたので、ふたりで収穫し尽くしてしまった。
そのとき、彼が野菜嫌いだということを初めて知った。訂正。野菜嫌いだったらしい。
「唯一、ジャガイモだけだ。ジャガイモなら、揚げたりふかしたり焼いたりなんでも食べられる。もっとも、それもつい最近までは痣のせいで食べられなかったが。とにかく、ジャガイモ以外は、痣のせいではなく単純に嫌いだった。が、きみの作ってくれた料理だと、不思議と美味く感じられるんだ」
「申し訳ありません。そうとは知らず、野菜中心のレシピにしていました。保管庫にも豊富にありましたし。閣下も美味しそうに食べてくれていましたので」
「野菜の美味さを教えてくれたのもきみだよ」
(アンドリュー。それは、わたしのお蔭ではないわ。あなたの食べず嫌いよ)
心の中で苦笑してしまう。
そんなやり取りをしながら、無事にカブの収穫を終えた。