第2話 私達のリョーシカ 後編
女神マーサ?
「さて、何から話しましょうか?」
新しいお茶を受け取り、話を再開する。
アンナから借りた服はサイズがピッタリだ、このままパーティーに参加しよう。
ちょっと醜態を晒してしまったが、まあ良い、この二人には正体がバレているんだから。
本当は弱い女で、クズ男に脅されていた事を...
「どうしてカリムは王国の依頼を受けたの?」
「私もよ、最強と名高い大魔術師カリムが、なぜ一年間もリョーシカちゃんの特訓に時間を割く気になったか知りたいわ」
なるほど、先ずはそこから聞くのか。
確かに言った事が無かったわね。
「あの頃...私は死を願っていたの」
「え?」
「誰の...まさか」
「私のよ」
ちょっと刺激が強かったかな、でも本当の事。
二年前、私はマンフがリーダーを務める冒険者パーティーで魔術師をやりながら、一方で奴のハーレムパーティーで報酬を巻き上げられ、性処理をさせられていたのだ。
「聞いても?」
「ええ、それには私の生い立ちからになるけど構わない?」
「良いわ」
「もちろん」
重い話になるのをアンナとシャオリーは覚悟してくれた。
私は忌まわしい半生の記憶を話し始めた。
「私はここから遥か遠く離れた小さな国に生まれたの。
父親は流れの冒険者、母親は娼婦、最底辺の出自ね。
だから父親の顔も知らない」
「カリム...」
「そんな事が...」
こんな物で驚いて貰っては困る。
これは単なるスタートなんだから。
「5歳で母親に捨てられて、孤児院に預けられたの。
後から知ったんだけど母親は金持ちの妾にって、身請けされて、私が邪魔になったみたい」
悲しくは無かった。
孤児院の生活は楽で無かったが、貧しいながらも食事は与えられたし、最低限の読み書きも教わる事が出来たのだから。
「孤児院にはいつまで?」
「13歳までよ」
「そこはどの国も変わらないんだ」
アンナはリョーシカと孤児院の手伝いをしていたから知っていたのか。
子供達は13歳になると孤児院を出て自立しなければならない。
下に小さい子供が居るから、成長した孤児がいつまでも居座ったら邪魔になる。
「それで冒険者に?」
「そうよ、冒険者ギルドで魔力測定を受けて魔術師の素質を認められてね」
「期待されたでしょう」
「当然よ、過去最大値の魔力量を記録したから。
すぐ冒険者パーティーに入れて貰えてね、ギルドで魔法を教わりながら冒険者としての一歩をふみだしたの」
初めてのパーティー。
仲間はみんな気の良い人ばかりだった。
必要とされる喜び、私は冒険者になって良かったと実感した。
「そうなるわね」
「カリムなら誰でも欲しがったでしょう」
二人は納得した顔で私を視る。
だけど、それが私の次なる不幸の始まりだった。
「そこでアイツに目を付けられたの」
「アイツ?」
「マンフよ」
「ああ...」
皮肉な物。
最高の素質を持つ新人冒険者少女が現れたと評判を聞き付けたマンフ。
半ば強引に私を所属していた冒険者パーティーから引き抜いたのだ。
みんな私を止めてくれた。
『マンフは評判が悪い、カリム、使い潰されるぞ』
そんな言葉を掛けてくれた、でも。
「私はマンフとパーティーを組んでしまった。
最初の仲間達を見限ってね」
「なんて事を...」
「仕方ないでは済まないわ」
「今となっては本当にそう思う」
盲目だった。
人間性は最悪だったが、見た目は良く、実力も合ったマンフ。
奴に心を奪れた私は初めてを奴に捧げてしまった。
二人だけの冒険者パーティーは次々と依頼をこなし、私達は注目の的だった。
報酬はマンフが独り占め、私は奴から最低限の金しか与えられない。
それでも満足だった。
愛する恋人に尽くす喜びだけが、私の生き甲斐になっていた。
「そんな生活が8年も続いたの」
「8年も?」
「そうよ8年も、バカよね。
私がソロで依頼をこなしてる間にマンフは次々と若い女をパーティーに加えて。
私はせっせっと奴に金を貢ぎ、パーティーの名声を高めていたんだから」
「それでも離れられなかった」
「...そう」
シャオリーの言葉が突き刺さる。
私のした事は新しい被害者を招き入れていただけ。
何度もおかしいと思った。
忠告してくれた人も居た、だが私は信じるしか自分を保てなくなっていたのだ。
奴とのセックスと甘い言葉。
それは完全な洗脳だった。
「そんな時ね、勇者の教育係を募集しているとギルドで聞いたのは」
「それがリョーシカちゃんの?」
「そうよ」
あれが人生のターニングポイントだった。
私は僅かな手持ちの金を使い、リョーシカの事を調べて貰った。
天使の様な美しさを持つ少女。
外見だけでなく、心も清らか、世界の一部でその名を知られている事を。
「よくマンフはカリムを行かせたわね」
「本当に」
「前金で半分だったからね、全部アイツに渡したの」
「なるほど」
「結構な額だったから」
マンフは喜んで私を送り出した。
おそらく私に飽き始めていた...
いや以前から飽きていたに違いない、止められる事は全くなかった。
「それでリョーシカ様の特訓を?」
「やっぱり知りたいのはそこよ、リョーシカちゃんと一年も離れ離れだったんだし」
私の半生と食い付きが違うな。
まあクズに尽くした話なんかより、リョーシカの話よね。
今の私もそうだから。
「王国で国王から直接頼まれたのはリョーシカを無事に帰還させる事。
リョーシカが自分自身を護れる様にして欲しいだったわ。
魔王討伐は他の人間が全力を尽くすから、止めだけを果たせる様にと」
「知ってるわ」
「そうよ依頼内容はお父様に私が直接頼みましたから」
「やるわね、魔王を自分達だけで倒すつもりだったなんて」
呆れてしまうが、それだけアンナとシャオリーはリョーシカを守りたかったのだ。
二人が血を吐くような訓練をしているのは聞いていた。
その訓練内容に目眩がした、人間がこなせる物では無かったのだ。
元々素質があったとしても、リョーシカとアンナはそれまで普通の生活をしてい一般人。
自らに課したあのノルマはリョーシカを死なせる訳に行かない、そんな決意だったに違いない。
「リョーシカ様をどう思いました?」
「どうって...」
「そのリョーシカちゃんの素質よ」
「ああ」
聞きたいのか。
魔王討伐は既に終わっているが、なぜ一年間頑張ってもリョーシカがあれだったかを...
「最初にリョーシカを見た時感じたのは、彼女は呪いを受けているな、だった」
「呪い?」
「リョーシカ様が?」
「だって、リョーシカから魔力を全く感じなかったもの」
どんな人間にも力の強弱はあるが、魔力は宿っている。
それは全ての人間に与えられた神の祝福だ。
一部の人間を除いてだが。
「嘘...」
「そんな...リョーシカ様がまさか...」
「間違いない」
女神に呪われた人間は魔力を一切持たない。
どれだけ努力をしようとも決して。
そして力も、いくら剣を鍛えてもスライムすら倒せないのだ。
「あり得ないわ!
だって、リョーシカちゃんは女の子よ?」
「そうよ、前世で罪を犯した男にしかマーサの呪いは受けないって伝承が!!」
「なら説明出来るの?
剣も駄目、魔法も全く使えない人間に勇者が神託された理由を」
過去に女神の呪いを受けたのは全て男性だった。
前世の業を背負った彼等は能力を持たないまま、勇者を神託され、全員無様な最後を遂げた。
「う...」
「そんな...リョーシカ様が呪いを...」
信じられないだろう。
私だってそうだったが、他に説明の仕様が無いのだから。
「でもなぜ?
過去に呪いを受けたのは全員男性よ?
それに呪いを受けた人間は誰からも愛され無かったって」
「そうよ!
リョーシカちゃんは世界中から愛されているわ、今日だってあんなに沢山の人達から歓声が!」
「それには仮説があるの」
「仮説?」
「ええ」
言う事が憚れる仮説。
狂信者に聞かれたら八つ裂きにされかねないが、リョーシカを愛する私達なら口にしても大丈夫だ。
「女神の嫉妬よ」
「女神って女神マーサ?」
「女神がリョーシカちゃんに嫉妬したの?」
「間違いない。
私がリョーシカを初めて見た時に感じたのは神の化身だったもの」
「確かに...」
「そうだったわ」
「私もリョーシカと孤児院に何度か行った。
あれだけ慕われている人間が呪われているなんて絶対にマーサの嫉妬よ」
女神マーサは世界で信仰されている神の一柱。
私は孤児院で育ったから分かる。
孤児は常に飢えているのだ、美味しい食べ物にも飢えているが、それだけでは無かった。
リョーシカの愛に孤児達は天使を見たに違いない。
「女神と因縁浅からぬ関係だった...だからリョーシカちゃんは呪いを受けたのよ」
「間違いない、女神も所詮は女。
リョーシカ様の美しさに嫉妬しない筈が無いわ」
どうやら納得してくれたか。
私がその考えに至ったのは神を信じて無かったのが大きい。
生まれてからリョーシカに会うまで、すっと不幸の連続だった。
特に女神マーサを信じられなくなるのは仕方ないのだ。
「だからマンフと別れようと?」
「当然よ、リョーシカと生きるって決めたんだから」
リョーシカとの素晴らしい一年が終わり、マンフとけりを着ける決心を固めた。
街に戻った私は残り半分の報酬を奴に叩きつけたのだ。
『急にどうした?』
『何かあったのか?』
既に金を使い果たしていたマンフは女達にも逃げられていた。
狼狽えながら私にすがり付いたが、もう洗脳は解けていた。
甘えた声の囁きも、セックスの誘いも、全て吐き気しか覚えなかった。
「まさかついて来るなんてね」
「それは不覚だったわ。
気がはやってて、分からなかったの」
王宮に戻り、討伐隊に加えて貰った私だが、秘かにマンフも王宮に自分を売り込んでいたと知った時は目の前が真っ暗になった。
腐っても奴の実力は一流、国王に翻意を迫ったが無駄だった。
リョーシカの壁にでもなればと思ったのだろう、そんな人間では無いのに。
「本当に気持ち悪かったわ」
「リョーシカちゃんの手を握った時は八つ裂きにしようかと思った」
「そうね...」
マンフがリョーシカとアンナ、シャオリーを自分の女にする気だったのは明白だった。
討伐の旅が始まりると、マンフは何度もリョーシカ達に近づこうとするので、私は阻止するのが大変だった。
「でもマンフは途中からボロボロになったけど、カリム何かした?」
「いいえ」
「変ね、急に大人しくなったから」
確かにそうだったな。
旅を始めて2ヶ月程経った頃からマンフは急速に精細を欠き始め、魔王と戦う時は廃人の様だった。
「そう言えば...」
「何?」
「何か思い出した?」
「リョーシカに聞かれたの、
『マンフさんと上手く行ってないかな?』って」
「それで?」
「リョーシカ様は何と?」
「確か...」
私は恥を忍んでリョーシカに全てを打ち明けたんだ。
14歳から8年間、ずっと奴に洗脳されていた事。
奴は女と見れば見境の無い事。
そしてリョーシカ達が狙われている事を...
「すっかり忘れてた、ごめんなさい」
「で、リョーシカちゃんは?」
「一言よ『馬鹿が...見てろよ』って。
凄く男言葉が板に付いてた」
「ああ、なるほど」
「あれはリョーシカ様の差し金だったのね」
二人はうんうんと頷いている。
何をしたんだろ?
「私達リョーシカ様に頼まれましたの」
「マンフにね、お灸をすえるって」
「お灸?」
沢山の世界を回って来たけど、お灸なんて言葉を聞いた事が無い。
「懲らしめるって意味ですって」
「初めて聞いたわ」
「私達もよ、ひょっとしたら神様の使う言葉かもね」
「そうかも...きっとそうよ!」
リョーシカが神の化身なら、そうに違いないわ。
「それで、どんなお灸をすえたの?』
「大した事してないわよ、訓練と称して叩きのめしたり」
「リョーシカ様に言われた言葉を何度もマンフに言っただけ」
「言葉?」
何を言ったんだろ?
それにしてもマンフを叩きのめすって、確かにアンナは強いけど、マンフだって相当だよ?
「マンフはリョーシカちゃんを食事に誘ってたでしょ?」
「そうだったわね」
その都度マンフを止めたが、まさかリョーシカは?
「内緒でリョーシカちゃんは何度か応じたそうよ。
後から聞いてリョーシカちゃんを叱ったけど」
「それは...つまり?」
「さあ、何を食べたのかしら?
随分ボーとしてて、具合悪そうだったけど」
「訓練の後はアンナと二人で罵り...いいえ励ましたのよ。
『そんな小さいの笑えるわね』とか、
『何それミミズでもお腹に這ってるの?』とか。
後は...」
「『早いわね』
『信じられない、笑えるわ』とかね。
何の意味があったのか分からないけど。
翌日には忘れていたみたいだから、それを魔王と戦うまで、何回も繰り返しましたの」
「うわあ...」
処女の二人には意味が分からないだろう。
そんな言葉を美少女の二人に言われ続けたら、そりゃボロボロにもなるわ。
良い気味だ。
「だから魔王に倒されたのか」
「本当に、早く結界に戻れば良いのに。
仕方ない結末でした」
「そうね」
魔王と最後の戦いで、マンフはシャオリーの結界に戻るのが遅れ、奴は下半身付近に集中して攻撃を受けてしまった。
酷い怪我をしたマンフを私は魔王城の外に転移させたのだが、戦いが終わった後、城から出るとマンフの姿は何処にも見えなかった。
「たぶん死んでないでしょ?」
「そうね、リョーシカちゃんも下半身以外は大丈夫って言ってたし」
下らない事を考えるのはよそう。
これからが大事なのだから。
「そろそろ行く?」
「そうね、リョーシカちゃん着替えたかな?」
「楽しみにしてて下さい、リョーシカ様の可愛らしさ満点の衣装を用意しましたから」
「それは楽しみね、リョーシカの部屋に行きましょ」
「カリム、もう襲わないでよ」
「大丈夫よ、みんな一緒なら...ね?」
私達は笑顔で部屋を後にする。
なんだか新しい人生を踏み出せた気がした。