第2話 私達のリョーシカ 中編
シャオリーさんは...
アンナの話は何度聞いても飽きる事が無い。
リョーシカ様の少女時代を共に過ごしたなんて、アンナが本当に羨ましい。
「8歳から13歳まで、リョーシカちゃんと会える時はずっと一緒だったからね」
「むむ...」
「仕方ないでしょ?リョーシカちゃんの家は子爵なんだから」
「だけど...」
公務令嬢のアンナは定期的に王宮に参内し、私と交遊があった。
しかしリョーシカ様は一度も来たことが無い。
侯爵以上の貴族子息しか王宮に来る事が許されて無かったのだ
「5年も待ったんだから」
「シャオリー、よく我慢したわね」
王立学校でリョーシカ様と出会うまでの時間。
アンナからリョーシカ様の素晴らしさを事ある毎に聞かされた。
最初は友人を取られた様で面白く無かったが、あまりにも熱く語るので、自然とリョーシカ様に興味を持つ様になった。
「リョーシカ様と教会の炊き出しや、孤児院の訪問を定期的に行ってたのよね」
「そうよ」
「それは貴族の務めだから?」
貴族の務めとして、街の奉仕活動は珍しい事では無い。
家の名声を高めるのに有効な手段だった。
「違うよ、リョーシカちゃんはそんな義務感でしてたんじゃない、一生懸命だったし」
「そうよね...」
献身的に尽くすリョーシカ様を見て、国民は畏敬の眼差しで見ていたらしい。
一般的な貴族の義務では無く、本当の見返りのない慈愛。
その噂は他の人達からも聞いた。
「リョーシカ様ったら、そんなつもりはないって」
「照れ隠しなんでしょ?本当に恥ずかしがり屋さんなんだから」
「リョーシカ様は素直じゃないから」
後でリョーシカ様に聞いたが、噂になっている事すら知らなかったそうだ。
『そんなんじゃない!
家から外出する口実が欲しかっただけだから。
家に居ても何にもする事が無いし』
必死で言い訳していた、全く嘘が下手ね。
そんな天の邪鬼な所もリョーシカ様の魅力の1つ。
「きっとリョーシカ様は人を見る目を鍛えていたのよ」
「そう思うわ」
アンナも気づいていたか。
リョーシカ様の観察眼は本物、人間の本質を見極めてしまう神の目と言ってもいいだろう。
穢れ無き目で見られたら誰でも嘘は吐けない、吐いたとしてもリョーシカ様には見破られてしまう。
「お父様が再婚する時も助けて貰ったわ」
「それは私も知ってる」
アンナの公爵家では新しい後添えを娶る様に王命が下った。
当主であるアンナのお父様は当時30代、公務を滞りなく果たすには妻が必要だった。
新しい候補に沢山の女性が手を上げた。
何しろ上手く行けば公爵婦人になれるのだ、みんな必死だったろう。
その中から数人の候補者に絞り、アンナはお父様と一緒に数日間をお試しで過ごしたそうだ。
『ありゃダメだ』
その時、たまたま公爵家に来ていたリョーシカ様は婦人達を見て言った。
『何が?私あの方が一番素晴らしいと思ったんだけど』
『見れば分かる、あの人にゃ男が居る。
それとあの女も止めた方が良い、あれは腹に一物抱えてるぜ』
『...まさか』
『調べりゃ分かるさ』
自信に満ちたリョーシカ様の言葉にアンナのお父様が調べると、その女達には愛人が居るのを隠していたり、実家の借金を返済する為、公爵家の財産を狙っていた事が発覚した。
結局アンナのお父様が選んだのはリョーシカ様の子爵家から来ていた女性だった。
素晴らしい教養と、包み込む様な人間性。
まさに賢婦人だった。
「あんな素晴らしい女性をどうしてリョーシカ様は見抜いたのかしら?」
「そうよね何度聞いても、昔の自分に近い臭いがしたから、ってしか言わないのよ」
昔の自分って所がよく分からないけど、選ばれた女性にリョーシカ様は親近感を覚えたって事だろう。
「初めて入学式でリョーシカ様を見た時、気を失いそうになったわ」
「そうよね、シャオリーったら息をするのも忘れて固まってたもん」
懐かしい記憶。
あの時、私はリョーシカ様に会えるのが楽しみで数日前から殆ど眠れなかった。
王立学校の入学式も上の空、必死でリョーシカ様を探していた。
王族の私は新入生の一番前で、貴族は高位から順番。
たがら子爵のリョーシカ様はなかなか見つからなった。
『あれがリョーシカちゃんよ』
『なんて美しい...』
入学式の式典が終わり、隣に居たアンナが指を差す先に、1人佇む天使の姿。
溢れる気品と知性に圧倒された。
『初めまして!リョーシカと申します』
『は...初めまして...第2王女のシャオリーと申します』
今思い出しても恥ずかしい。
周りから王国の華だと褒めそやされ、嬉しがっていた自分を叩きのめしたくなった。
あれこそが本当の華なのだ。
リョーシカ様に比べれば私なんか、道の脇に自生する雑草だと思い知った。
「あの時、既にリョーシカちゃんはシャオリーの危機に気づいていた」
「そうよね、あの糞野郎の企みに...」
はしたない言葉だが、奴にはピッタリだ。
思い出したくも無くもない、私の元婚約者マダン。
奴は隣国アスホ王国の王太子。
私は第2王女とはいえ、兄が三人おり、王位継承の可能性は殆ど無かった。
隣国のアスホ王国は小国ながらも軍事国家。
侮れない存在であるアスホ王国と友好を深める為、私は差し出されたのだ。
「シャオリー、嫌がってたもんね」
「当然よ、奴の機嫌を取らなくちゃ駄目だから、愛想だけは良くしてたけど」
「リョーシカちゃんは奴の人間性を見抜いていたのね。
だから二人の情報を私から事前に聞き出してたの」
「さすがね」
アンナはリョーシカ様に奴の情報を教えてくれていた。
当然だが、当たり障りの無い事だけだったそうだが、何かを感じたのだろう。
積極的に私と奴の間に入り、何かを掴もうとしてくれた。
奴に料理を振る舞い、警戒を解き、必死で守ってくれた。
本来ならば、私がしなくてはならない役目をリョーシカ様は身を挺し、代わってくれたのだ。
そんなリョーシカ様の献身に応えるべく、私はアンナと奴の身辺を調べ上げた。
奴は私より二歳年上、先に王国学校で過ごした二年間が怪しかった。
だが、なかなか尻尾を掴めない。
焦りを感じつつ、時間ばかり過ぎて行く。
そのうち、奴がリョーシカ様に向ける目も本気に近づいていた。
何度も奴の隣でリョーシカ様は私を見つめていた。
きっと『早くして!』
そう叫んでいたのだろう。
私は国王であるお父様に助力を申し出た。
『バカな事を』
最初は相手にしてくれなかったお父様だが、このままではリョーシカ様の身が危ない事を訴えると。
『何だと?我が国の宝玉に何たる事を...』
そう言って本格的な調査をしてくれた。
そしてようやく掴んだのだ。
奴の正体を...
「まさか機密を盗んでいたなんて」
「全くよ、堕とした貴族令嬢を使って機密を盗み出すって、呆れた手口ね」
王国学校に通う令嬢を密かに堕とし、実家から機密を盗んで来させる。
見た目だけは優れていた奴にはうってつけだった。
当然だが、この事は大問題に発展した。
何しろ奴は隣国の王太子、本来ならば即処刑は免れない。
しかし、此方の方も騙されたとはいえ、奴に情報を渡していた落ち度もある。
令嬢に厳罰は当然だが、奴は怪しげな薬を使い、女達の自我を奪っていたのだ。
父上は隣国に対し、表面上は私と王太子の婚約を破棄し、奴を隣国に帰国させる事を決めた。
『ごめんなさい、私は貴方と結婚出来ません...
私はリョーシカ様と共に一生歩んで行きたいのです』
王立学校で、婚約破棄の場を用意して貰い、私は父上の前で奴に言った。
奴は驚いて目を剥き、私達を見た。
冷ややかな私達の視線に企みが破綻した事を知り、奴は悄然と王宮を去ったのだ。
「リョーシカちゃんホッとしてたな」
「ええ疲れからか、大きく溜め息を吐いていたわ。
やっと役目が終わったって、思ったんでしょうね」
「『当然よね』私思わずそう言っちゃったもん」
「薬をリョーシカ様が飲まずに済んで良かった」
「本当に、何で分かったのかしら?」
「さあ」
リョーシカ様は奴の使う薬を飲まなかった。
『これはフェアじゃない』
そう言って突き返したそうだ。
奴は隣国に帰国後廃嫡され、即刻処刑された。
「へえ...そんな事があったの」
「「わ!!」」
突如現れたはカリム。
透明化する魔法を使っていたのを解除したのだ。
魔法で衣服は消せないから、裸になるのは仕方ない。
しかし、カリムの見事な裸体には同じ女だが、思わず見惚れてしまう。
「そんなに驚かない、気配は感じていたでしょ?」
「まあね」
「それくらいは」
先程からカリムが部屋に潜入して来たのは知っていた。
別に聞かれて困る事では無い。
それに、リョーシカ様を魔王から守って戦ってくれたカリムには私達と同じ、仲間としての信頼もあった。
「いい話ね」
「ありがとう」
「どういたしまして」
カリムは空いていた椅子に座り、足を組む。
悔しいが、大人の色気ではカリムに勝てそうも無い。
あと5年くらいすれば...私達だって。
「クシュン!」
「何か着たら?」
「そうね、借りるわ」
鼻を啜りながらアンナのクローゼットから服を借りるカリム。
彼女はリョーシカ様の前では隠しているが、ポンコツな一面もあるのだ。
「どうぞ」
「...ありがとう」
アンナから震える手で暖かいお茶の入ったカップを受けとるカリム。
寒かっただろう、晩秋に素っ裸で30分以上立っていれば。
「...私もリョーシカに救われた女」
「カリム...」
静かに呟くカリムの目。
そう、カリムもリョーシカ様に救われた1人。
史上最低の男、マンフから...
「私も話に加わっても良いかしら?」
「「ええ」」
話は魔王討伐へと移り始めた。