第2話 私達のリョーシカ 前編
「カリムったら油断も隙も無いわね」
危うくリョーシカちゃんを奪われる所だった。
まだまだ怒り足りないが、カリムからリョーシカちゃんの上着を貰ったから許す事にした。
「そうね、すっかりリョーシカ様に骨抜きなんだから」
「天才魔術師様も、ああなったら手遅れね」
カリムと分かれ、私は自室にシャオリーを誘った。
彼女の手にはリョーシカちゃんの上着がしっかり握られている。
後でもう一回貸して貰おう。
「気持ちは分かるけど」
「まあね」
シャオリーが椅子に座る。
私は戸棚からお茶の道具を取り出した。
「リョーシカ様どうしてるかな?」
「結界を張ったんでしょ?
カリムでも解除出来ないわよ」
「そうだけど」
全く、何が『シャオリー愛してる』だ。
なんどもリョーシカちゃんが叫ぶから戦いに集中出来なかったぞ。
「まあ折角だからお話しない?
まだ時間あるし、最近ゆっくりリョーシカちゃんの素晴らしさを語って無かったから」
「するする!」
カップにお茶を注ぎ、私はシャオリーと向かい合わせの椅子に座る。
私達は本当にリョーシカちゃんが好き。
それにはちゃんと理由があるのだ。
「...リョーシカ様に私達は救われた」
「ええ、リョーシカちゃんが居なかったら今の幸せは無かったわ」
間違いなくそう。
もしリョーシカちゃんが居なければ、私達はここに生きていなかっただろう。
「アンナが初めてリョーシカ様に会ったのは確か...」
「10年前よ、8歳の時ね」
「良いな~」
「羨ましいでしょ」
「...うん」
あれは10年前。
私は母の命令で無理矢理婚約者を宛がわれた。
相手は同じ公爵家の三男で私より20歳以上も年上の男。
当然父上は反対したが、婿養子だった為、前当主の娘である母に逆らえず、絶望の中で決まった。
「その時よね」
「ええ、リョーシカちゃんが私の家を初めて訪ねたのは」
突然の来訪だった。
たった1人でリョーシカちゃんは私の家にやって来たのだ。
隣家に子爵家の屋敷があるのは当然知っていた。
その家に私と同い年の女の子が居るのも。
しかし公爵のプライドが高い母は、下位である子爵家との交流を禁じていた為、一度もリョーシカちゃんと会った事が無かった。
その日、母は例の婚約者である男の実家へ行って留守だった。
父上は突然表れたリョーシカちゃんに私を会わせる事にした。
女の子だから良い友達になれるとおもったのだろう。
その事は未だに感謝している。
『初めましてリョーシカです』
『...初めましてアンナと申します』
ゲストルームのソファ一に座り、私に微笑むリョーシカちゃんを見た瞬間、私は言葉を失った。
そこに居たのは紛れもない天使。
この世の美を凝縮した様な美少女がそこに居たのだから。
「良いな...8歳のリョーシカ様」
「ええ、あの光景はステンドグラスにでもして飾りたいわ」
それだけリョーシカちゃんは美しかったのだ。
彼女のお話も楽しく、聞いた事の無いお伽噺も沢山聞かせてくれた。
馬より速い車の話、空飛ぶ乗り物、まるで私は世界中を旅している様だった。
「その話は私も聞いたわ」
「ええ、何度もせがみましたからね。
でも、あの頃のリョーシカちゃんは男の子みたいな言葉遣いで」
「らしいわね、リョーシカ様のお兄様からの影響でしょうか?」
「かもしれませんね」
でもちょっと違う。
だって貴族の子供が使うにしては、少し粗野な言葉だった。
でもそんな事は全く気にならなかったのはリョーシカちゃんの愛らしさ故だろう。
「その日に不貞を暴いた...」
「そうよ、母のね」
夢の時間はあっという間に過ぎ、気がつけば夕方となっていた。
子爵家からの迎えが来てしまい、私は悲しくて泣きじゃくった。
『泣かないで、また来るからさ』
『本当に?』
『本当だ、次は婚約者の話を聞かせてくれ』
『うん』
どうしてかリョーシカちゃんは私の婚約者について聞きたがった。
その意味は直ぐに分かる事となった。
『あら誰よこの子?』
母が帰宅したのだ。
リョーシカちゃんを睨む母、知らない筈は無い。
私と違って、屋敷に閉じ込められている訳ではないのだから。
『リョーシカです。
今日はアンナちゃんと友達になろう...なりたくって』
『止めてくれる?子爵の小娘風情が公爵令嬢のアンナと』
リョーシカちゃんを侮辱する母に私は我慢出来ず、気がついたら叫んでいた。
『私...リョーシカちゃんと生きて行きます!!』
『はい?』
『なにをこの子は...』
母は驚いていた。
それまで大声はおろか、逆らった事さえ無かったのだから。
『アンナの好きにさせても』
お父様がそっと私の背中に手を当て、頷いた。
『お前達ふざけるな!』
お父様が母に口ごたえしたのも初めて、
激昂した母が私に掴みかかろうとした。
『おい、外から帰ったら男の臭いくらい消して来いよ』
母が固まる、その言葉はリョーシカちゃんからだった。
『...まさか』
お父様も固まる。
子爵家の迎えに来ていた人も。
空気が凍った瞬間だった。
『し、失礼します!』
慌ててリョーシカちゃんは頭を下げて帰って行ったっけ。
「あの時のリョーシカちゃんの顔ったら」
「何で分かったんだろ、密会してたって」
「さあ...下着も代えて、香水までふってたのにね」
本当に不思議。
あの後、お父様は必死で言い訳をする母を部屋に閉じ込め、徹底的に母の身辺を調べ上げた。
何かを以前から感じていたのかもしれない、事実は直ぐに判明した。
「自分の情夫を娘の婚約者になんてする?」
「本当に、あの事件は王宮をも揺るがしましたね」
えげつない真相。
この国に於いて、愛人を囲う事は一応黙認されている。
しかし、自分の娘を愛人に差し出すのは前代未聞。
王国は国民に分からぬ様、秘密裏に事件を葬った。
婚約者の男は私の実家を乗っ取ろうとした罪で死罪。
母はお父様と離縁の上、辺境の街にある粗末な屋敷で生涯幽閉と決まった。
それ以来母と会ってないし、会いたくもない。
「本当にリョーシカちゃんは私の天使よ」
「あら、私にとってもだから」
「そうだったわね」
そう、リョーシカちゃんはシャオリーも救ったのだ。
引いてはこの国をも...