第1話 転生者リョーシカ参上
リョーシカは亮二?
「どうしてこうなったの...」
リョーシカの呟きは歓喜に沸き返る民衆の叫び声で虚しく掻き消される。
僅か1年で魔王討伐を果たした勇者リョーシカと聖女シャオリー、賢者カリム、剣姫アンナの4人は凱旋パレードを行っていた。
「よくやったわ勇者リョーシカ!」
「リョーシカ様バンザイ!!」
「「「ステキ!!」」」
大通りを埋め尽くす人々からリョーシカを称える声が。
その大半が、うら若き女達の物。
だがリョーシカの顔色は依然冴えない。
「ほらリョーシカちゃん、笑顔笑顔」
「そうよリョーシカ様、もっと手を振って」
「...分かってる」
シャオリーに右腕を振らされ、アンナには目尻と口元を摘まれ、変な笑顔を作らされるリョーシカ。
その様子を見た群衆からは叫びに近い歓声が返って来た。
凱旋の馬車はようやく王城に到着する。
疲れ切った様子のリョーシカ。
崩れ落ちるように馬車を降り、王城内へと入った。
「...ふう」
リョーシカが勇者に選ばれた2年前に用意された特別の部屋。
3人と分かれたリョーシカは部屋に入ると、着ていた豪華な衣装を脱ぎ捨て、下着姿でベッドに倒れ込んだ。
たった半日の事だったが、疲れは魔王討伐の比では無かった。
「まあリョーシカ、こんなに脱ぎ散らかして」
「...カリム、なんでこの部屋に居るの?。
鍵はちゃんと掛かってたよね?」
平穏な時間は無慈悲にも賢者カリムの侵入で終わりを告げる事となった。
「そんな物...私の愛で溶かしましたわ」
「魔法で解かしたな!」
リョーシカの抗議も虚しく、カリムは笑顔で床に散らばっていた服を丁寧に拾い集め、最後に顔を沈めた。
「スー...堪んない」
「うわぁ...」
カリムの奇行にリョーシカは慌ててシーツを身体に巻き付ける。
貞操の危機を感じた。
「あら、恥ずかしいのですか?」
「当たり前だ!」
「仲間なのに?」
「それとこれは話が別!」
「フフ...可愛い」
「や、止め...」
妖艶な笑みを浮かべリョーシカのベッドに近づくカリム。
魔法はもとより、腕力もカリムの方がリョーシカより遥かに上。
なにより、カリムの発する女の色気にリョーシカは動けない。
強さと大人の色気を併せ持つカリムは絶世の美女と世間で言われている。
それはリョーシカも素直に認めていた。
「こらカリム!」
「抜け駆けはダメって言ったでしょ!!」
怒号と共に部屋の扉が木っ端微塵に吹き飛ぶ。
次の瞬間、剣をにぎりしめたアンナとロッドを構えたシャオリーが部屋へと乱入して来た。
「チッ!邪魔が入ったか」
「あのね...」
舌打ちをするカリム。
リョーシカは扉の破片が散乱する部屋と殺気立つ3人に溜め息を吐いた。
「リョーシカちゃん大丈夫?
痴女賢者に何もされなかった?」
「リョーシカ様、穢れ無き身体よね?」
「だ...大丈夫だから胸を触るな!
あと、お尻も!!」
リョーシカの身体を触りまくるアンナとシャオリー。
2人もカリムに負けず劣らずの美しさ。
一見するとリョーシカのハーレムパーティーにしか見えない。
「...頼むから出ていって」
しかしリョーシカは喜ぶ様子が微塵も無い、それどころか3人に怯えていた。
「仕方無いわね」
「また今度にしますか」
リョーシカの様子にカリムとアンナも気まずさを覚える。
「もう少ししたらお父様が主催するパーティーが始まります。
リョーシカ様、クローゼットの服にお着替え下さい」
最後にシャオリーがクローゼットを指差す。
第2王女のシャオリーに子爵の娘であるリョーシカは逆らう事が出来ない。
「部屋には結界を張りますから、もう誰も近づけませんのでご安心を。
解除の言葉はいつもの、[シャオリー愛してる]ですわ」
「...分かったから」
満面の笑みを浮かべたシャオリーは最後に部屋を出る。
シャオリーの結界は強力、魔王の攻撃すら全く通さなかった。
魔王の体力を消耗させ、隙を見ては結界を解除して魔王を攻撃。
この繰り返しで魔王は倒されたのだ。
「全くカリムは...」
「ごめんね、お詫びにリョーシカの服を触らせてあげる」
「こ、これはさっきまでリョーシカ様が召されていた!?」
「...スーハー...堪りませんわ」
廊下の外から聞こえる恐ろしい会話にリョーシカは項垂れた。
「止めて...」
リョーシカはノロノロとベッドから這い出る。
クローゼットの扉を開き、鏡の前に自らの姿を映した。
「...なんで」
そこに映っていたのは可愛いらしい姿の自分。
肩口に切り揃えられたプラチナブロンドの髪、少し垂れた大きな瞳に、ぷっくりとした唇、そして...
「...また大きくなってる」
大きく成長した胸とくびれた括た腰に丸みを帯びたお尻。
つまり、リョーシカは絶世の美少女だった。
「...女神はなんで私を女に」
ガックリと床に崩れ落ちるリョーシカ。
彼女は18年前、この世界に転生したのだ。
前世のリョーシカは亮二という名の男だった。
優れた容姿と爽やかな雰囲気を漂わせていた亮二。
しかし、亮二は人の女を寝取る事が生き甲斐のクズ野郎。
何人もの女を寝取り、飽きたら捨てる事を繰り返した。
そんな亮二の最後は、別れ話をした女に包丁で滅多刺しされ、更に陰部を切り取られ、瀕死で下水に落ち溺死と悲惨だった。
そんな亮二が何故か女神によって異世界で転生を果たした。
しかも16歳で勇者になれると言うではないか。
魔王討伐は大変そうだが、そんな物はどうでも良かった。
縁もゆかりも無い人間を助ける義理は無い。
16歳まで享楽的な人生を楽しんでやる、
歓喜に震え、意気込みながら亮二は転生した。
自分が女だと生まれて直ぐに気がついた。
計算外だったが、寝取りに性別は関係ないと考えた。
男であれ、女であれ、苦痛に歪む人間の顔さえ見られれば良かったのだ。
リョーシカとして裕福な子爵家の長女として生まれ、何不自由の無い生活。
美しい母と精悍な容姿の父、正に理想の家族から愛情たっぷりに育てられた。
『そろそろやるか...』
八歳になったリョーシカは遂に行動を開始する。
手始めは隣に住む公爵令嬢で同い年のアンナに決めた。
既に婚約している事を知り、婚約者からアンナを奪う計画を立てる。
...しかし計画はあっさり頓挫した。
初対面でアンナがリョーシカの可愛らしさに堕ちてしまったのだ。
『私...リョーシカちゃんと生きて行きます!!』
そう言ってアンナは婚約破棄を宣言してしまった。
当然周りは反対するかと思ったが、何故かあっさりと認められてしまった。
『仕方無いな』
『リョーシカちゃんならね』
周囲の納得、リョーシカは何もしていない。
結局アンナの婚約者に会わないまま、計画は失敗。
不本意なスタートだった。
『次こそは...』
13歳になったリョーシカ。
貴族の子息達が通う王立学校でターゲットを見つける。
入学式で知り合った第2王女のシャオリー。
見目麗しいシャオリーは王国の華としてその名は国内外に知られていた。
もちろん婚約者持ち、相手は隣国の王太子。
優れた容姿と頭脳で、誰もが振り返る美男子だった。
『次は男の方を落としてやる』
リョーシカは笑顔を振り撒き、王子とシャオリーに近づく。
自信はあった、その頃にはリョーシカは自分が美少女である事を充分に認識していたのだ。
前世が男だったリョーシカ、同じ男に媚を売る事に抵抗はあるかと思ったが、不思議と感じなかった。
自然と2人の間に入り、親友のアンナと共に友好を深めて行った。
今度こそ計画は上手く行くかと思われたが。
『ごめんなさい、私は貴方と結婚出来ません...
私はリョーシカ様と共に一生歩んで生きたいのです』
シャオリー突然の婚約破棄。
婚約者もあっさりシャオリーを諦め、両国王からの反対も無く、婚約は円滑に破棄された。
またしてもリョーシカの計画は失敗に終わったのだった。
『当然よね』
何故かアンナは納得顔で頷いていた。
『どうなってるの?』
さすがのリョーシカも違和感を感じ始める。
なぜ寝取りが上手く行かないのか?
そして、周囲はなぜ納得するのか?
リョーシカは気づかない内に自分の思考が女性に近づきつつあった。
そして二年前、リョーシカ16歳。
遂に運命の時を迎えた。
魔王が復活したのだ。
『まさかリョーシカ様が勇者なんて...』
『そんな...リョーシカちゃん...』
『...忘れてた』
突如リョーシカの右手に浮かび上がった勇者の紋章。
シャオリーとアンナは呆然と涙を溢した。
勇者が神託された以上、魔王討伐をしなければならない。
さすがのリョーシカも焦った。
なぜなら、これまでリョーシカは剣一つ握った事が無い。
魔法すら使えない、出来るのは料理や化粧、家事全般。
それらは相手の胃袋を掴み、自分を良く見せる為に磨いたスキルで、当然魔王討伐に使える筈も無い。
勇者だから魔王を絶対に倒せる訳では無い。
過去に数人の勇者が魔王に敗れ、殺されている。
『安心してリョーシカ』
『ええ任せて、今度は私達がリョーシカを護る番よ』
アンナとシャオリーはそう言って微笑んだが、翌日2人は姿を消してしまった。
絶望に沈むリョーシカ。
付け焼き刃と分かっているが、1年間の猶予を貰い、勇者として役に立とうと必死で鍛え始める。
それはいつの間にか目覚めた勇者としての矜恃だった。
国王もそんなリョーシカを鍛える為、国外から優秀な魔法使いを招聘した。
『カリムです、1年間宜しく』
『お願いします』
その中の1人がカリムだった。
最強の魔法使いとして、その名は世界に知られていたカリム。
余りの美しさに息を呑んだ。
しかし、全く強くならないまま1年か過ぎ、いよいよ魔王討伐に出発する前日を迎えてしまった。
『聖女シャオリー様です』
『え?』
王城で行われた討伐隊の顔合わせ、下を向き悄然とするリョーシカは聞き覚えのある名前に顔を上げた。
『宜しくね勇者様』
そこに居たのは紛れもない親友シャオリーの姿。
リョーシカは何が起きたのか理解出来なかった。
『剣姫アンナ様です』
『ち、ちょっと...』
困惑するリョーシカを他所に次の名前が読み上げられる。
混乱するリョーシカ、またしても親友の名前。
呆然とするリョーシカの前に、懐かしい親友が凛々しい剣士の出で立ちで姿を表した。
『ごめんねリョーシカちゃん、1年も掛かっちゃった』
『リョーシカ様は絶対に守ってみせますわ』
『ありがとう...アンナ、シャオリー』
堪えきれない涙を流すリョーシカ。
2人がどれだけリョーシカの為に努力をしたのか、その気持ちに我慢が出来なかった。
『賢者カリム様です』
『宜しく』
『...え、どうして?』
次の名前に衝撃が走る。
カリムは契約が終わり、母国に帰ったと聞いていた。
『弟子を見捨てる師匠は居ないわ。
これからは仲間よ』
『ありがとう...』
最高の親友と最強の魔術師。
絶望していたリョーシカの心に明るい希望の光が射した。
『最後は戦士マンフです』
『宜しくねリョーシカ...』
『あ、はい...』
最後に呼ばれた1人の男。
戦士マンフの名は知っていた。
最強の戦士と名高いのと同時に、カリムの恋人として。
『気に入らないわね』
『...ええ』
『ごめんなさい、付いてくるって聞かなくって』
リョーシカの手を馴れ馴れしく握るマンフを3人の女達は殺気の籠った目で睨んでいた。