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もう既に、その人はここを去った後なので

 

 と、いうことを、陛下との晩餐の際に相談してみた。


「何か不自由はないか」

 そう言われたので、誰に相談するべきか悩んでいたことを言ったのだが、彼はとても驚いていた。

 ちなみに、晩餐は陛下と時間の合った時に出来る限り一緒に摂る決まり事なのだが、王城に来て数十日経つが、本日が二回目だ。

 本人の申告通り、実に多忙な王様である。まぁ、飾りの妃に割く時間がないだけで、別の女性と仲良くしていたとしても、私には何か言うつもりも権利もないのだが。


 広い晩餐室に、広いテーブル。王城晩餐会のそれ程ではないが、二人で使うには広すぎるテーブルだ。

 実家の伯爵家では、子供達も皆家族一緒に食事を摂っていたので静かな食事は慣れない。

「……本当にディーノに関して、随分真剣に考えてくれているんだな」

「え? あ、そうか、これって私じゃなく教育係の方が考えることですか?」

「いや、教育方針に関してはそうだが、王子の近くにいる者があれの気持ちを真剣に考えるのは、良いこと……なのだろう」

 また自分は全然考えていないみたいなことを仰る、この人は。

 じと、と私が陛下を睨むと、彼はワイングラスで顔を隠した。最初は表情に乏しいし、あまりの造形の美しさに誤魔化されていたけど、だんだん表情が読めるようになってきたぞ。

「それで、どうしたらいいと思いますか?」

「……そうだな、まずそなたがどう考えているかを先に提示してくれ」

 堅苦しい言い方をされて、眉が寄ってしまう。会議じゃなくて、子育ての相談なんだけどな。


「では……すごく普通のことなんですけど、一緒にたくさん過ごすこと、話をたくさん聞くこと、を一番の方針にして、あとは他の人と相談しつつ適宜、というつもりなんですが」

「ほう」

 本当に普通だな、て顔してる。

 仕方ないじゃない、まずは相手を知ること。ディーノ様にとっての最善を模索していくしかない。

「あと、べったり過ぎても互いに思考が偏りそうなので、私の方でも何か王城で役目をもらって、適度に離れた時間を作るのもいいかな、て。互いにいない間の話や、知らないことの話を教え合ったりできるので」

「……そなたは母ではなく、友になるつもりか」

 高貴な人は、話をする時に食事をしないのだろうか。完全にカトラリーは皿に降ろされ、陛下の指先は思案するようにグラスのステムに添えられているだけだ。

 私の方は先程お肉を口の中に放り込んでしまっていたので、しっかり咀嚼し終わってから口を開いた。


「それが一番近いですね。私、ディーノ様のことを一番大切に考える、大人で家族の、友達になりたいと思っています」

 私は実母にはなれないし、子供を産んだこともない。経験もないし、知識だってきっとずっと不足してる。

 でも、私の手を握って、ちゃんと謝ってくれたいじらしくて可愛いディーノ様のことが大好きになったのだ。

 彼の為に出来ることはしてあげたい。その為には拙いながらもこれまで築き上げてきた経験を、存分に生かしたいのだ。

 ディーノ様の、誠実で良き友として。


「ウィレミナ」

 何故か私はものすごくハッとして、顔を上げた。

 ライアン様が真っ直ぐに私を見つめていて、彼の青い瞳がどこまでも澄んでいるのが見える。ああ、瞳に吸い込まれそう、というのはこういう状態なんだな、と実感した。

「はい」

「その方針で進めてくれ。あと」

「はい?」

「ありがとう、ディーノのことを本当に大切にしてくれて」


 変な人だなぁ、陛下って。

 自分の息子に関心がないのかと思えばそうでもなく、でもだからといって自分でどうこうしようとまでは考えが及ばない。

 考え方が分からないのかな? 愛し方が分からないとか? え、機械か何かなの??

 そりゃあお父さん業は人生初めてだろうけれど、自分が子供の頃は確実にあったわけだしそれこそうちの実母との接し方とかを思い出して、とか……


 そこで私は思い至る。

 私の所謂教育メソッドは、実母・アマンダから齎されたものではなく義母のレイリーネに育てられた中で自然と培ったもの。レイリーネは、貴族としての身分が低く比較的貧しい家庭の育ちの為、平民に近い子育て方法が彼女のそれだった。

 つまり、私の子育てに関する考えも貴族にしては珍しい平民寄り。

 対して、国王陛下の乳母に選ばれたアマンダの教育方法は、貴族のそれに則ったものなのだろう。

 加えて、アマンダは私の父と離婚した後も精力的に働き、女性が社会へと出て行くことを推奨している、アディンセルでも有名な変わり者の女性、なのだ。

 そんなアマンダに育てられ、今も彼女の娘だから、という理由で私を呼ぶほどライアン様は乳母を信頼している。

 変わり者の母の薫陶を存分に受けて育ったこの王様が息子の愛し方を知らないのは、まさかそういう理由なのだろうか?

 王様としては完璧なのに、どこか浮世離れした人。「王様育成」としては確かに母は優秀だったようだ。残念ながら、私には肝心な部分が抜けているようにしか思えないけれど。


「んもぅ、何やってんのよあの人は……」

 私が思わずぽつりと呟くと、ライアン様の瞳が不思議そうに瞬かれる。

 いけない、お話中だったわ。私は居住まいを正し、背筋を伸ばした。

「勿体ないお言葉です。私、ディーノ様のことが大好きになってしまいましたもの、張り切らせていただきますね」

 私がそう言うと、彼は満足げに頷いてようやく食事を再開した。


 でも、と思う。

 息子の愛し方も、大切にする方法も分からないこの人が恋をしたのが、ルクレツィア様なのだ。

 この人の恋は、どんな形をしているんだろう? 疑問に思ったところで、意味はない。


 私は愛することはない、と言われている二人目の王妃。

 彼の恋は、もうここにはいないたった一人に捧げられているのだから。


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