番外編・その意味は、至高の宝
デイジーと共に城の中をどんどん進む。
お兄様のお部屋にはいなかったので、もうお見合いに向かってしまったようだ。お部屋付の衛兵に場所を聞いて、そちらに進路変更。
「ねぇデイジー。ディーノ兄様はわたしと、その見合い相手、どちらのことが好きだと思う?」
「そりゃあ、姫様のことに決まってます。王太子殿下は、姫様がお生まれになった時からまるで目に入れても痛くないご様子でずぅっと可愛がってこられましたもの」
「そうよね!」
ふふん! 見合い相手の前でも存分にわたしとお兄様の仲の良さを見せつけて、かくの違いを教えてやるのよ!
教えてもらった中層の庭に意気揚々とやってきた私とデイジーは、ガゼボでお茶をしているお兄様と泥棒猫の様子をバラの植え込みの奥からこっそりと伺う。
あれが見合い相手!
お兄様のそれよりも濃い色みの金の髪に緑の瞳、同じ年の頃の令嬢に比べれば長身のほっそりとした体躯の人。
あろうことか、ディーノ兄様はその人と笑い合っていたのだ!!!
「うそ……兄様が、あんなに楽しそうに笑うなんて……」
よろ、と体がふらついて、慌てたデイジーに支えられる。
「お見合いの席ですし、愛想よくしておられるだけでは……」
「ううん。お兄様が本当に楽しい時の笑顔を、わたしは間違えたりしないわ」
せっかく収まっていた涙がまたぶわっ、とせり上がってくる。
きっとお兄様はあの人のことを気に入ったんだわ。恋をしているかまでは分からないけれど、あの人が婚約者になるかもしれない。
わたしは妹だからずっと兄様の傍にいられる、と思ったけど、兄様に新しい家族が出来たら、どうしたらいいの?
やっぱり奥様やお子様のことを優先するわよね?
父上様だって、わたしを大切にしてくれるのはわたしが父上様の子供だからだもの。姫だから、だもの。
母上様は……なんかちょっと変わってるけど、絶対ずっとわたしの傍にいてくれると思うけど……
お兄様はこれから王になるし、お妃様とか次の王様になる王子様とかの方が大事に決まっている。
わたしに姫としての価値があるのは、今だけ。
「……戻るわ」
ガゼボにいるお兄様や、周囲の警備の者に見つからないようにそっとその場を立ち去る。失恋だけじゃなく、自分のそんざいいぎすら危うくなってきちゃった……
のろのろと庭を歩き、奥まったところまで来るとまたぼろぼろと泣いてしまう。母上様のお膝に戻りたい。
わたしは、わたしが恥ずかしい。
今朝まで、思い通りにいかないことなんてないって信じていたのに。
今は、何も持っていない自分を分かってしまった。
わたしに価値があるんじゃない。姫っていう椅子に、価値があるのだ。
「う~~~……」
大声を出して泣き喚きたいけど、ここは王の家族のエリアじゃない。誰に会うか分からないから、みっともない泣き方は出来なかった。勿論本当は泣いている姿を見られるのもダメなんだろうけど、後から後から涙は零れて来る。
と。
ガサガサと葉擦れの音がして、突然目の前に何か大きなものが落ちてきた。
「きゃっ!」
「姫様!」
驚いて声をあげると、デイジーがわたしを抱きしめて庇ってくれる。二人で抱き合ってぶるぶると震えていると、その落ちてきた何かに話掛けられた。
「あれ? ちび姫じゃん。中層にいるなんて珍しいな」
「……レナード」
降ってきたのは魔物でも泥棒でもなく、お兄様の乳兄弟。オルブライト侯爵子息である、レナードだった。
同い年のお兄様より少し背が高くて、体はがっしりとしている。亜麻色の髪を短く刈り、透き通った翠色の瞳が不思議そうにこちらを覗き込んできた。
「なぁ。いつもは王の家族の階から降りて来ないじゃないか、なんでいるんだ?」
「お、お兄様に会いに来た帰りなの」
「ははーん、さてはディーノの奴が見合い中で構ってもらえなかったから、べそべそ泣いてたのか」
レナードは何もかもお見通しとばかりにニヤニヤと笑うと、親指の腹でわたしの目じりを拭った。
彼はお兄様の乳兄弟なのでわたしにとってももう一人の兄、幼馴染だ。
「あなたには関係ないでしょ!」
「いや、さすがに姫が護衛もなしに中層をうろついてちゃ放っておけないだろ。上までお供しますよ」
「……姫って呼ばないで」
自己嫌悪中の今、姫と呼ばれるとじくじくと心の傷が痛む。
「は? いつもは姫って呼べって強要してくるくせに、どうした? 変なもん食べたか?」
レナードはお兄様が正式に王太子になると、自分は見習いからのスタートで騎士団に入団した。
侯爵家の長男だし、レナードのお母様も元騎士だったからある程度の地位からスタート出来る権利を持っているのに、わざわざ一番下っ端の見習いから始めたのには驚いた。
「そんなわけないでしょ、あなたと一緒にしないでよ!」
「まぁこんだけ元気がありゃ大丈夫か」
今日はお休みのようで騎士の訓練服じゃなく、ドレスシャツなど着て珍しく貴族の子息らしい服装をしている。
……珍しい。
「ひょっとして……お兄様だけじゃなく、レナードもお見合いなんじゃないの?」
レナードはがさつだしお兄様と比べると雲泥の差だけど、これでも侯爵家の跡取りで王太子の乳兄弟、将来のゆうぼうかぶだ。
高位貴族の令嬢が数名、城に来ている今。レナードとの見合いも済ませておこうとなっていてもおかしくない。
「お、よく分かったな。さすがリーデルーシェ」
久しぶりに名を呼ばれて、わたしはハッとなった。




