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魔法のお花と優しい王子様、そして

 

 そうしてようやく迎えた、夜会当日。

 いつもお世話をしてくれているミラベルに加えて、髪担当・着付け担当、化粧担当、などなど担当分野の違うメイドが複数人やってきて朝からずっと支度に追われていた。

 夜会は嫁ぐ前の令嬢時代にも何度か出席してはいたものの、王妃の支度はその比ではない。しかも今回は少人数とはいえ実質私のお披露目の会なので、侍女やメイドの気合いの入り方が違う。

 悪戦苦闘の末、髪の一筋から爪の先に至るまでぴかぴかのつるつるに磨き抜かれ、この日の為に誂えた芸術品のようなドレスを身に纏った私は、姿勢を崩さないように椅子に座っていた。始まる前から疲労困憊だ。

 でも皆の汗と努力と神がかった職人技のおかげで、凡人の中の凡人である見慣れた私の姿は大変身。何も知らない人からすれば、見た目だけは「完璧な王妃」となっていた。

「とてもお美しいです! 妃殿下」

 ミラベルが感激して拍手をくれる。うむ、悪い気はしないわ。

「ねー! すごいわね、王城のお化粧技術! これはもう変身といっていいんじゃないかしら」

「妃殿下は元々お綺麗ですもの」

 にこにこと微笑んで大袈裟に褒めてくれるミラベルに、私の緊張は僅かに緩む。

 今日を迎えるにあたって出来る限り対策は講じてきたけど、結局はその時の相手の出方次第なので、出たとこ勝負になってしまう。

 一度夜会で失敗したところですぐに王妃失格の烙印を押されるわけじゃないと思いたいけど、イメージを下げるのは間違いない。

 今夜の参加者側からしても、一年近くもほとんど公の場に姿を現さなかった王妃がようやくお目見えするのだ。悪意がなくとも、注目してしまうに違いない。


「ああ……また緊張してきちゃった」

 それこそ一年前までは気楽なイチ国民だったのに、今や注目の王妃。どれだけ神経図太い私でも、さすがに緊張してしまう。

 ぎゅっと両手を握りしめると、手袋をしていても指先が冷えているのが分かる。

 ミラベルと護衛のエリックは付き添ってくれているが、今夜はファニーもアマンダも出席者なので、自分の支度で忙しくここにはいない。

「……もう一回出席者リスト確認しておくわ」

 テーブルの上に置かれているリストを取ろうとすると、指先が震えてそれを床に落としてしまう。

「あ」

 慌てて屈んで取ろうとするが、ドレスがごてごてし過ぎていて上手く屈めない。オロオロとしていると、ミラベルがサッとリストを拾い上げてくれた。そのまま、私のすぐ傍らに跪いてこちらを見上げられる。

「大丈夫ですよ、妃殿下は今日まですごく頑張ってきたじゃないですか!」

「ミラベル……ありがとう」

 リストをしっかりと渡してもらって、もう一度最後に目を通していく。うん、大丈夫。ちゃんと情報は頭に間違いなく入ってる。

 そうやっておさらいをしていると、扉をノックする音がした。夜会が始まるにはまだ時間がある筈だけど、予定が早まったのかしら。

 そんなことを考えつつ時計を眺めていると、エリックが訪問者を部屋に通した。


「ウィレミナ!」

「ディーノ様! ディーノ様!!」

 現れたのは大好きな王子様・ディーノ様で、私は嬉しくなって二回も呼んでしまう。

 ディーノ様はそれにキョトンとした表情を浮かべた後、すぐに優しい笑顔になった。

「今日のウィレミナは、すごく綺麗だな!」

「まぁ……! 嬉しいです、ありがとうございます」

 どうしましょう、すごくキュンときました。

 笑顔のままディーノ様はとてとてと部屋を進み、私が座る椅子の前まで来るとサッと後ろに隠し持っていたものを差し出した。

「お花?」

 可愛らしいピンクと赤の花に、小さな白い花を添えたミニブーケだ。

「王妃様。今夜はお披露目の会、おめでとうございます。僕は一緒に行けないから……一足先にお祝いに来ました」

「…………っ!!」

 我慢!!!!

 危ない、涙が出るところでした。お化粧チームの芸術が文字通り水泡に帰すところだった。

「ぅ、あ、ありがとうございます、ディーノ殿下……すごく……すごく嬉しいです」

 ブーケを受け取ると、摘んだばかりの瑞々しい花からは柔らかな甘い香りがした。

 私が目を潤ませて花を見つめている姿を、ディーノ様は微笑んで見ている。

「ウィレミナ、これは王の庭に咲いている花だ。お父様にお許しをもらって、庭師に摘んでもいい花を聞いてブーケにしたんだ」

「これ……ディーノ様が自ら摘んでくれたんですか? ……永久保存する魔法とかご存知ありませんか!!」

 ぎゅっと茎の部分を掴んで、私はブーケを睨む。ドライフラワーじゃなく、この美しい姿そのままを留めておきたい。

「枯れてしまったら、また僕がブーケを贈るから大丈夫だ」

「でも……」

「大丈夫。僕はウィレミナのことが大好きだから、またいつでも作ってあげる」

 ディーノ様は大丈夫、と繰り返してブーケを持つ手ごと、私の手を小さな掌できゅっと握った。

「頑張れ、ウィレミナ。僕もお父様も、ウィレミナのことが大好きだから、大丈夫だ」

 言葉にはしないけれど、失敗しても変わらず愛してくれるのだと伝わって、一粒だけ涙が零れる。

 ディーノ様は本当に、頭が良くて優しくて、天使みたいな素敵な王子様だ。

 彼の家族になれて、私は本当に幸せ者。そんな素敵な王子様に恥じないような、王妃になりたい。

「……はい、頑張ってきます」

「うん!」

 そう言って笑ったディーノ様は、やっぱり天使のように愛らしかった。



 ふぅ、と緊張の所為で震える吐息をつく。

 夜会会場である大広間へと続く、大きな扉の前。隣には正装したライアン様がいる。

 この扉の向こうには大勢の人がいて、今夜は皆私を知る為に来ているのだ。そう考えると眩暈がして、すぐに部屋に戻りたくなってしまう。

 でもそんな弱気は、急遽胸の飾りに増やしてもらったピンクと赤い花を見て宥める。ディーノ様のブーケから一輪拝借した、今夜のお守りだ。

 どんな大きな宝石よりも華やかに、強く、私を勇気づけてくれる。

「……美しいな」

 上から落ち着いた声が降ってきて、顔を上げると陛下がすぐ近くに立っていた。私は嬉しくなって、胸元を指す。

「そうでしょう? ディーノ様からいただいたんです!」

「ああ、違う……そうだな、花もよく似合っているが……」

 彼は少し考えるように口元に手をやり、その手でそっと私の耳元に触れた。

「今夜の我が妻は、いつもに増して美しい」

「ひぇ」

 途端、ポン、と音が鳴りそうなほど顔が赤くなったのが分かる。陛下はゆっくりと指で私の輪郭をなぞり、それから最後に花びらを撫でて離れていった。

「……さぁ、時間だ。行くぞ、王妃」

「はい。頼りにしています、国王陛下」

 差し出された手に自分のそれを乗せる。


 ゆっくりと扉が開き、私は一歩、踏み出した。



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