磨き抜かれて、さらに強くなる、
翌日。
王妃として呼びつけると、すぐさまアマンダ・ファウスは王城へと駆けつけた。
「よく来てくれました、アマンダ」
「王妃様のお召しでしたら、いつでも喜んで」
にっこりと二人で笑い合ったが、人払いを済ませ応接室に私とアマンダ、あとは私の側近であるファニーとミラベル、護衛のエリックだけになると、途端にアマンダは表情をしかめっ面に変える。
「あなたのほうから私を呼びだすなんて、どういう風の吹き回しなの?」
「今度の陛下主催の大臣達との夜会、あなたも出るわよね?」
アマンダの質問に答えることなく、私のほうからも質問する。すると彼女はちょっと不機嫌そうに眉を寄せたが、頷いた。
「……ええ、陛下が招待してくださったわ。だけど誤解しないでちょうだい、私はあなたの母親として出席するわけじゃな……」
「そんなことはどうでもいいの。あなたなら、夜会の出席者の奥様達にも詳しいでしょう?」
思いがけないことを言われて、アマンダの動きが止まる。
母と子であることに、目を背けつつも拘ってきたのはお互い様だ。私は強烈にアマンダを意識し、アマンダの方もそうだった。血の繋がった親子でありながら、和解することも決定的に決別することもなくここまできた私達。
でも今私は初めて、アマンダを母として意識することなく相対しているのだ。
「教えて、彼女達のことを。私が社交界を生き抜いていく方法を」
それを常々私に教え込もうとしていたアマンダならば、出来る筈だ。
真っ直ぐに自分と同じ色の瞳を見つめてそう言うと、アマンダは面白そうに唇を吊り上げる。
人よりも優れた点がないということを重々自覚している私は、人に助けを乞うことを躊躇しない。適材適所として私よりも上手く出来る人がいるならば、その人に任せることも多い。
むしろその為ならば、今まで関係に溝のあった人に頭を下げることだって厭わない。だってその方が物事が滞りなく進むのだから。
でも、ライアン様の妻と、ディーノ様の継母の立場だけは誰にも任せたくない。譲れないのはそこだけ。
その為なら、使えるものは何でも使うわ。それこそ、実の母親でもね。
「私は教師としては厳しくってよ」
「望むところだわ。夜会までに仕上げたいの」
私の返事に、アマンダは満足げに頷いた。
それからは猛特訓。
メイフェア夫人の妃教育や他の講師達の授業と並行して、アマンダから社交界での戦い方を学ぶ。人間関係に、現在の流行、知っておくべきゴシップ、などなど。
「いいこと? 以前も言ったけれどあなたの一挙手一投足に注目が集まっているの。淑女として完璧であることは勿論、それ以上が求められるわ」
アマンダの言葉に、私は首を振る。
「今の私にはそれは無理だわ。付け焼刃で隠しおおせるものじゃないでしょう?」
つい最近まで両腕におちびちゃん達を抱えて走っていた女なのよ、私は。突然最上級の淑女になったら、そいつは私じゃない偽物だと疑って欲しいぐらいだわ。
「そこに自信を持って言われてもね……じゃあ、どうしようっていうの?」
アマンダは片眉を上げて、いかにも気難しげな女性教師といった様子でこちらを睨む。
「味方を増やすわ。私が失敗をしても助けてくれる人、必要な助言をくれる人や、後ろ盾になってくれる人を」
「他力本願にも程があるんじゃないの……?」
「ルクレツィア様に無理だったのに、私一人に出来るわけないじゃない。頼り過ぎる気はないけど、新米王妃が人の手を少し借りることも許されないぐらい、社交界は心が狭い人ばかりなのかしら?」
呆れた様子のアマンダに、つい嫌味をこめてケロリと言ってしまう。
すると、いつの間にか部屋に入ってきていた陛下が声を上げて笑いだした。
「陛下!」
アマンダが慌てて立ち上がり、それに倣って皆臣下の礼を取る。
エリックやミラベルは当然気付いていたけれど、陛下に言われて静かにしていたみたい。淑女の部屋にこっそり入ってくるなんて、紳士じゃございませんこと!
そんな気持ちを込めてジロッと彼を睨みつけると、陛下はまだ笑っている。
何だか随分寛いだ様子が珍しくて、元乳母のアマンダがいるからかしら、と思って振り向くと彼女も驚いたような表情を浮かべていた。……あれ?
ようやく笑いを収めたライアン様は目の前まで来ると、私の手を取ってその甲にキスをした。
「ひぇ」
思わず短い悲鳴をあげたが、陛下はちっとも気にしてくれない。彼は上機嫌で私を見つめ、随分と色っぽい笑い方をした。
何その笑顔……
「そなたの話を聞いていると、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。我が妻は、まこと頼もしい」
「勿論、陛下にも遠慮なく頼らせていただきますから、いつでも私のことを助けてくださいね!」
堂々と私が情けないことを宣言すると、本当に楽しそうにライアン様は笑った。
「請け負おう」
あとで陛下が部屋を出て行ってから、アマンダに聞いた話。あんな風に声をあげて笑う陛下を見たのは、彼女も初めてのことなのだと。
「淑女としてはまだまだだけど、奥さんとしてはまずまずのようね」
「奥さん落第の人に言われたくないわね」
「人が珍しく褒めたっていうのに、本当に口の減らない子ね」
そう言って、アマンダも笑う。
彼女を頼る時が来たからって、過去のことを綺麗さっぱり水に流せるわけじゃない。
でも、アマンダはアマンダなりに私のことを考えていて、今私に頼られて嬉しい気持ちは母としての気持ちなのだ、ということは分かった。
すぐにレイリーネとの関係のようになれるとは勿論思っていないが、少なくとも一歩、関係が進んだような手応えは感じていた。




