愛されて強くなる、
「どういう意味だ……?」
陛下が不思議そうに瞳を瞬く。
いつかこの人が言っていた、ルクレツィア様も陛下のことを家族として愛していたと。
だからきっと、ルクレツィア様も嫌々お役目をこなしていたわけではないと思う。そうでなきゃ今でも皆に慕われる、完璧な先代王妃様になんてなれっこないもの。
「私だったら、陛下を恨んだりなんてしません。その私よりもうんと立派な王妃様だったルクレツィア様が、陛下のことを憎んだり恨んだりしてるわけないじゃないですか」
ルクレツィア様は陛下のことが大切だったから、彼の為に頑張ったのだ。
ディーノ様のことも、皆に望まれたから産んだんじゃない。ディーノ様のことを愛しているから、あの可愛い天使に会いたかったから産んだんだろう。
ディーノ様がルクレツィア様のことを今でも大切に思っているのは、お母様のその気持ちがよく伝わっているからだわ。
言葉にならなくても、会えなくなっても、愛されていることはちゃんと伝わっているのだ。
「…………」
陛下の長い指が、もうすっかり解けてしまった私の髪を梳いていく。
「もしルクレツィアが私を許してくれたとしても……私の妃になったから、彼女があのような最後を迎えたことは事実だ」
強情な王様ね。
確かに私がいくら想像して言い募っても、亡くなった人からの本当の許しの言葉にはならない。
そしてもしも、奇跡が起こってルクレツィア様からの許しの言葉があったとしても、陛下は自分自身を許さないのだろう。
「ウィレミナ……私はそなたに傍にいて欲しい、だがルクレツィアのようなことにはなってほしくないのだ」
「なりませんよ」
「そうだな……そう思いたいが」
不思議な気持ちだ。
そもそも私を王妃として娶る為に呼び出した時、まだ私のことを好きでも何でもなかった時でさえ陛下は私に選択肢を与え、彼に出来る最大限の配慮をしてくれていた。
これ以上王妃の空席は状況が許さず、だからこそ一番頑丈そうな私を選んだのに、それでもまだ私に逃げ道を用意していた。
なるべく私との時間を作ろうとしてくれて、話を聞いて、不満はないか困っていることはないか、と頻繁に聞かれたのはこういった背景があったのだ。
私は、ずっと前から陛下に守られてきたのだ。
「お披露目がなかったのも、公務を行うのを嫌がったのも、全部私を守る為だったんですね……」
王妃が必要だから娶ったのに、役目を任せようとはしない王様。彼は正しく私に「お飾りの王妃」でいて欲しかったのだ。私を、守る為に。
「そなたの矜持を傷つけたことは謝る。懸命に王妃として在ろうとしていることは……誇らしく、嬉しかったが……そなたが努力すればするほど、いつか挫けてしまうのではないか、と心配だった」
両手で頬を包み込まれ、額同士が合わせられる。陛下の長い睫毛が触れあうほどに近く、だが青い瞳はこちらを見てはくれない。
だから私も手を伸ばして、陛下の両頬を両の手で包むとぐいっと顔ごとこちらを向かせた。往生際悪く視線は少し泳いだが、やがて青い瞳と目があう。
実力も実績も、ついでに信用もない私。だけど、そんな私だからこそ出来ることもある。
「陛下。私はルクレツィア様とは違います」
「それは、」
「ルクレツィア様みたいに最大限努力して、無理をしても、あんな完璧な王妃様なんて私にはとてもなれません」
自分からやるって言ったのに出来ないことをはっきり認めるのは悔しいけど、妃教育を受ければ受けるほど、社交をこなせばこなすほど、それがどれほど大変なことなのか、よくよく身に染みた。
「では公務はせずに、私とディーノの家族として穏やかに暮らしてくれるのか?」
陛下の縋るような視線に笑みを返す。
「出来ないけど、諦めるなんて言ってません」
「と、いうと?」
至近距離にある唇にちゅっ、と音をたててキスをすると、私はニヤリと笑ってみせた。
「私が、陛下よりもルクレツィア様よりも自信のあること。それって自分には力が足りないってことを、よーく知ってることだけですよ」
そう言うと、陛下は驚いたように目を見張った。
「任せてください。私は、あなたに選ばれた頑丈な王妃なんですから」




