八つ当たりに関しては、ごめんなさい
「ですが、ひとつ質問が」
「許可する」
「王子をお育てするのに、陛下は参加なさらないんでしょうか?」
私は少し考えてから、そう訊ねた。再び場は凍り、陛下は秀麗な眉を顰めた。
「……それを任せる為に妃を娶るのだ。それに、世話自身は乳母がいる筈だが」
親はなくとも子は育つ。
私自身、実の父母はどちらも仕事で忙しかった為、ほとんど育ててくれたのは血の繋がらない現在の義母だし、血の繋がりなんてなくても義母のことを敬愛している。
まして相手は王子様。世話をする者にも遊び相手にも事欠かないだろう。血の繋がり、何てものに私が懐疑的な面もある。
でも、母を亡くした小さな王子様は、父親が生きているのに会えない現状をどう思っているのだろうか。
「実の息子を育てるのに、全く関わらないおつもりですか? それが王家の方針だというのなら、構いません。陛下自身に意思があるかを確認したいだけなのです」
勿論、自ら世話をする私の義母が珍しい方で、貴族は自ら子供を世話することは滅多にない。
でも陛下は、王子のことを気にかけていないわけでないのだ。
実際母親が必要だろうと、これまで避けていたのに妃を娶ろうとしているのだから。なのに、彼自身が実の父親として何もしないのか、と疑問に思うのだ。
「嫌味な言い方をしておいて、よく言う」
くっ、と愉快そうに陛下の唇がつり上がった。
陛下の表情を見て、何だか納得がいく。
ああ、前言撤回。
血の繋がりなんて気にしていないような言い方したけど、やっぱり両親に多忙を理由に放っておかれたことは、私、ちょっと根に持ってるみたい。
先代お妃様はお亡くなりになっているので責める筋合いじゃないけど、陛下に関してはせっかく生きて同じ王城に暮らしているのに、全然王子に関わらないなんてそりゃないんじゃない? て思ってる。何も四六時中一緒にいてあげて、何て無茶なことを言うつもりはない。でも陛下が王子を気にかけていることを、王子自身に伝えられたら、実感させてあげられたら、また何か違ってくるのではないか、と思ってしまうのだ。
自分のことを陛下に八つ当たりしちゃってるみたいで申し訳ないけど、王子様のことを考えてもあながち的外れな話じゃない筈。
「いいえ? 御多忙な陛下に過ぎたことを申しました」
「急に殊勝になられても、気持ちが悪いな」
乙女に失礼な。ちなみに父はまた隣で息を呑んでいる、本当に大丈夫ですか?
でもでもだって、この機会を逃したら陛下に直接聞ける時なんて来ないかもしれないし、次世代の王を育てるなら方針はハッキリしておきたいところじゃない!?
ほんの少しの後悔と怯え、でも必要なことだという自信に裏打ちされて、改めてしっかりとその場に立った私に、陛下は鷹揚に頷いてくれた。
「分かった。確かにアマンダの娘なのだから間違いない、と思ってそなたを選んだが、今日顔を合わせたばかりの者に丸投げするのは、王としても父としても無責任だな」
「ですね」
つい小声で反応しちゃうと、陛下は片眉を面白そうに上げる。お父様はもう息してないかも。生きて。
「小癪な。……まぁいい、王子を育てることに、私も出来る限り関わると約束しよう」
「……それがよろしいかと」
王様ったらフトコロが深いわ。一国民として誇らしく思います。
「だが、私は本当に多忙だ、そこは留意しておいてくれ」
「勿論です、その為に私が呼ばれたんですものね」
私が美しい所作でわざとらしく礼をしてみせると、陛下はあからさまに呆れた溜息をついた。
「まったく……ハノーヴァ伯爵。そなたは、いい娘を持ったな」
「は……! 身に余るお言葉でございます……」
陛下の言葉に、何とか息を吹き返したお父様が頭を下げるので私も倣う。
今、絶対、陛下は「いい娘」、のところを「いい性格した娘」ていう意味で言ったわよね。皮肉だ!
ちらっと陛下を見上げると、彼は大層ご満悦にニヤニヤと笑っていたので、私は自分の想像が当たっていたことを確信した。
そちら様も負けず劣らず、いい性格ですこと!




