寂しがりの王様と、私
ここで護衛を追い出してしまっては、ディーノ様を抱えて乗せたことが外の皆にバレてしまう。
常に王子たらんとするディーノ様の矜持を守りたくて、身じろいだ護衛に馬車の奥を示すと私は窓から見送ってくれている家族に手を振った。
「行って」
笑顔のまま言うと、馭者はすぐに馬車を出発させる。そのまま笑顔で手を振り続け、伯爵家の敷地内を抜け城へと続く大通りをしばらく行った辺りで私はホッと安堵の溜息をついた。
見れば、ディーノ様は座席に沈み込むようにしてぐっすりと眠っている。いつもならもうとっくにお休みになってる時間だものね。楽しくてついつい長居してしまったのだ。
「ふふ。起きていても寝ていても、天使ね」
ツンとふくふくしたディーノ様のほっぺをつついて私が言うと、奥に座る護衛が小さく笑った。
そうだ、天使の所為でこの人がいたのを一瞬忘れていた。
「あー……ごめんなさい、無理やり乗せちゃって。隊列とかあったのでしょう……?」
私がそう詫びると、護衛の彼は笑ったまま制帽を取る。
「いいや、元々乗って帰るつもりだったさ、私は」
ふわりと広がったのは、金の髪。最近ようやく見慣れてきた青い瞳に、美しいかんばせ。
そこに座っていたのは、護衛の制服を着たライアン・アディンセル国王陛下だった。
「陛下……!? 何故こんなところに、それにその恰好は」
唇を人差し指で封じられて、私は言葉を無くす。
それからライアン様の横で眠るディーノ様の寝息を慌てて確認した。ああ、起こしてしまわなくてよかった。
ほっとして、私は今度は落ち着いて陛下を見つめる。
首元のスカーフが口元まで隠していたし、制帽を被っていた所為で護衛としてしか意識していなかったが、どこからどう見ても、国王陛下その人だ。
「……ひょっとして、ずっといたんですか?」
「ああ。この為に仕事を前倒しで終わらせるのは、さすがに骨が折れた」
悪戯が成功したことにご満悦の陛下は、座席に深く座って溜息のような笑みを漏らす。
「だったら王様としていらっしゃればよかったのに」
「それでは、伯爵家の者が驚いてしまうだろう」
「……確かに」
さすがに大らかな実家の面々も、突然国王陛下が屋敷に来るとなれば大騒ぎになっていただろう。
「それにせっかく実家でのびのび過ごすのに、夫がしつこく追いかけてきてはそなたにも迷惑だろう?」
「そんなこと、絶対ありません!」
ほんの少しだけ寂しさを滲ませた陛下の言葉に、思わず伸びあがって彼の頭を抱きしめた。実家でのスキンシップ過多の影響が出てしまって、ハッと我に返ると私は慌てて体を離そうとする。
が、ライアン様に引き寄せられてその膝に乗せられてしまう。お膝抱っこ!! 子供の頃ですら誰にもされたことないのに!
顔を真っ赤にしていると、改めて抱きしめられる。
「ひゃっ」
近い! 最近かなり慣れてきた陛下との甘い雰囲気だが、実家に帰ってお姉ちゃんモードだった所為か、耐性が振り出しに戻ったような気がする。陛下の御顔の美しさに、耐えられない!
「ウィレミナ……そなたは優しいな」
囁くように告げられた言葉に、私は羞恥を忘れて微笑む。まだ鼓動は早いリズムを刻んでいるけど、何だかしょんぼりしている夫の前では小さなことだ。
「優しいのは陛下の方ですよ。いつも私の突飛な我儘に付き合ってくれて、ずっと見ていて守ってくれる」
「そなたは私の妃だ。当たり前のことだろう」
手を伸ばして抱きしめ返し、宥めるように背中を撫でる。
「私があなたに優しいとしたら、それも当たり前ですよ」
「……そうか」
私がそう言うと、ライアン様は目を細めて優しく微笑んだ。やっぱりディーノ様と表情がそっくり。
でもディーノ様の笑顔は見ていて幸せな気持ちだけが溢れたけれど、陛下の笑顔は胸がきゅっと締め付けられるような気持ちになる。少し怖い。でも嫌なカンジじゃないの。
私はこの感覚の名前をもう知っている。これが、恋なのだ。
「……おかえり、私の妃よ。楽しかったか?」
「ええ、旦那様。素敵な休暇をありがとうございました。寂しい思いをさせてしまって、ごめんなさい」
そう言って笑った私の唇に、陛下のそれがそっと重なった。
「構わん。ちゃんと最後に私の元に帰ってきて、傍にいてくれるのならば」
その声には、やっぱり寂しさが滲んでいた。
ゴトゴトと石畳みの上を音をたてて進む馬車の中。
私と陛下は抱きしめ合って、互いの存在を噛みしめていた。




